12-32 法廷の裏側! 攫われた法王を取り戻せ!(1)

 カウラ伯爵家の少年従者マークは大忙しに駆け回っていた。


 今回の作戦の要は何と言っても“情報の共有”だ。


 王都に小集団単位で潜入したシガラ公爵軍の精鋭達の繋ぎ役を行い、最終的な“一斉攻撃”を成功させねばならない。


 そのため、『木の上のウサギ亭』という酒場に擬態した諜報拠点を活用し、マークはそこの給仕役ウェイターに扮することで、情報を各方面に拡散させていた。


 そして、いよいよ王宮内では裁判が始まり、あとはいつ突入するかの段階まで話が進んでいた。


 時期についてはすでに各小隊に伝達しており、その合図を待っている状態なのだが、ここでヒサコから緊急の指示が入った。



「王都郊外のこの地点、ここにちょっとした屋敷があるから、ここに急行して、付近で待機。指示は追って現場の工作員が教えるから」



 王宮内では裁判が始まり、いよいよという時期になんだとマークは不貞腐れたが、指示を出したヒサコからは余裕が感じられず、若干焦っている風にも感じた。


 つまり、“最重要案件”であると察し、マークは主人ティースからの了承を受け、その郊外の屋敷に急いだ。


 人のいる城下町では駆け足で走り抜け、城外に出てからは人目を避けつつ、術式で身体強化を行い、馬並みの脚力を発揮して現場に急いだ。


 そして、ヒサコが指示を出した屋敷の近くまで来ると、その異様さに即座に気付いた。



(なんだ、あの屋敷は!? 警戒が厳重過ぎる!)



 マークが迂闊な接近を躊躇う程の厳重警戒であった。


 ざっと見ただけで、完全武装の衛兵が二十名。さらに三名の法衣を着込んだ存在も確認し、間違いなく術士であると感じ取った。


 目的の屋敷を取り囲むように配備され、門扉の前もガチガチに固められていた。



(ここまでの徹底した厳重警戒……。考えられるのはあの中に、相当な要人、あるいは重要な物資が存在すると言う事。そして、ここは聖山から王都へ向かい街道の脇にある。つまり、あそこの中にいるのは法王ってことか!)



 ヒサコが焦った理由が、ようやくマークにも理解できた。


 アスプリクのかかっている嫌疑をを晴らすための、一番手っ取り早い方法はヨハネスの使う【真実の耳】による審問を受ける事だ。


 嘘を聞き分ける術式であり、正直に応えればすぐに言葉の真偽を判別することができた。


 だが、その肝心のヨハネス不在で裁判が進められるとなると、色々と不都合な事が起きる。


 最悪、ロクな審理も行われずに有罪、処刑台直行となりかねない事態となる。



(まあ、そうなったら手順を切り替えて武力制圧という流れになるだろうけど、あくまで裁判には勝ちたいわな)



 無罪、あるいは情状酌量の余地ありと決されるのと、有罪判決の上で武力介入によるどんでん返しとでは、人々の受ける印象というのはガラリと変わってくる。


 あくまで裁判は勝つつもりでいるし、そのための必須の人材が今、あの警戒厳重な屋敷の中にいるとなると、解放しなくてはならない。


 しかも、“一人”でである。


 無茶ぶりにも程があると、マークはヒサコに向かって悪態を付きたくなった。


 さてどうしたものかと悩んでいると、そこに一匹の“仔犬”が近付いてきた。全身が黒一色の毛並みで、目が赤く輝いていた。


 尋常でない気配を察し、マークは警戒したが、すぐにその存在についても理解が及んだ。



「たしかこいつは公爵の飼い犬で、名前は“つくもん”だったか。こいつはまさか、使い魔……?」



「はい、正解! 飲み込みが早くて助かるわ」



 仔犬の口から漏れ出た声は、明らかにヒサコのそれであった。



「フンッ! 相変わらず、まだ伏せていた手札があった、というわけですか」



「当然。情報の隠匿は基本中の基本よ」



 なお、マークは知らない事であるが、目の前の黒い仔犬、“黒犬つくもん”こそ義姉ナルを殺した張本人であるが、その事にはさすがに気付きようもなかった。



「それで、状況は?」



「昨夜は祭りの最終日。締めと言う事もあって、ヨハネスは聖山に戻っていたわ。んで、翌朝には王都に向かって出発したんだけど、その途中で身柄を拘束され、あの屋敷に無理やりご逗留ってわけ」



「護衛が買収されていた、と言う事ですか」



「ヨハネスは法王と言えど、得票ギリギリで選挙に勝った分、立場が弱くてね。おまけに権謀術数には疎い。こういう裏工作があっさり効いちゃうのよね」



 ヨハネスは真面目で誠実であり、教団幹部の中では珍しい事に“正義感”も携える稀有な存在であった。


 一方で、そんな性格であるから謀略を駆使して相手をハメるようなことはせず、基本的には正面から説得するような言動がしばしば見られた。


 その性質は平時においては“美徳”でもあるが、今のような混乱期にはむしろ邪魔にしかならない。“悪徳”とさえ言えた。


 それを補っていたのがヒーサやジェイクだ。買収、脅迫などの裏工作を行い、ヨハネスにはあくまで誠実な人のままでいてもらった。


 それが三頭政治の実態なのだ。



「しかし、それだと、相手の苛烈さが見えてきませんが? もし俺なら、ヨハネスの身柄を拘束したらば、即座に消しますけど」



「それをしないのが、“表面的”にはいい子ちゃん揃いの教団上層部なのよね」



「と言うと?」



「あたしも最近知った事なんだけど、教団幹部は暗黙の了解として、『互いの血を求めない』という不文律が存在するようなのよ。まあ、本来は教団関係者は仲良くしましょうっていう感じだったんだけど、時代が進むごとに利権やそれに絡む対立が出て来て、けこうなゴタゴタがあったのよね」



「で、その対立の結果の不文律というわけですか」



「そう。直接的な暴力はダメ。頭脳戦やら、多数派工作、それくらいにしとけってことよ」



 ヒサコの感覚では非合理極まる事だが、それくらいの事をしていないと、収拾がつかないほどに根が深い、とも考えられるため、彼らなりの自衛手段とも取れた。


 もし、その不文律を破ってしまえば、抑えが利かなくなるレベルでの殺し合いが発生すると、ある意味で自白しているに等しい。


 だったら徹底的にやって、生き残った者が新たな秩序を打ち立てろよと思ってしまうのであった。


 松永久秀ヒサコのなかみとしては、“戦国的合法手段”に訴えかけ、きれいさっぱりやってしまいたくなるのであった。


 

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