12-31 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(11)

 選手交代で、矢面にはヒーサからライタンが立った。


 そして、開口一番にとんでもない爆弾発言が広間を震撼とさせた。



「いいかよく聞け、愚物共! 私の名はライタン! 法王である!」



 ここでライタンは堂々と「自分は法王です」と名乗った。


 場所が場所だけに、誰しもが呆気にとられた。


 なにしろ、今は宗教裁判・異端審問の真っ最中である。そんな中にあって、堂々と法王を“僭称”したのだ。


 当然ながら、ロドリゲスのみならず、居並ぶ法衣に身を包んだ教団関係者から、一斉に非難の声が上げられる事となった。



「なんという不信心者か! 神を恐れぬ涜神の背信行為! もはやただの極刑では済ませられぬぞ!」



「生憎と、私を裁くことができるのはただ一つ。そして、それは貴様ではない、ロドリゲス」



 相手が枢機卿であろうと容赦なし。ライタンは平然と殺意を向けた。


 後方勤務に移って久しく、数年は雑務をこなしてきたライタンではあったが、思ったほど自身の隠された刃が鈍っていないことを確信した。


 その証が、放った気配から感じる相手の反応だ。


 さすがにロドリゲスはそれなりに場数を踏んでいるので、平然と睨み返してきているが、その他の有象無象は明らかに気が引けていた。


 それこそ、気圧されている証拠であり、ライタンは更に一段、放つ気配の勢いを強めた。



「私は選ばれて、法王になった! そこになんの後ろ暗い事はない!」



「ハンッ! 何を言い出すかと思えば、増長極まる! そもそも、法王とは、選挙によって選ばれ、それからようやく名乗る事を許されるのだ! 法王選挙コンカラーベを経ずに法王になった例は、教団草創期の初代法王のみ!」



「いかにもその通り! 私は、その“初代”だと言っているのだ!」



「思い上がりも甚だしい! 高々、一教区を分離させ、それを以て法王を名乗るか!」



「そうだ! だが、私はその教区……、シガラの地に住まう“民衆”によって支持されている! 貴様らのような富豪、貴族に寄生するだけの愚物とは根本的に違う! 高位聖職者の醜い足の引っ張り合いの結果としての、ギラついた珠玉の座ではなく、労働と献身の成果としての今の地位だ!」



 ライタンには確固たる自負があった。


 ヒーサの“奸計”に乗せられる形で法王を“僭称”することとなり、当初は頭を抱えたものであった。


 とはいえ、根が真面目な事もあり、いったん引き受けたからには毒食わば皿までとばかりに、至極真面目に法王を演じることにした。


 ただ、教団の法王と、ライタンの決定的な差は、“一般民衆との距離”であった。


 ライタンは普段、仮の法王庁としてモンス・シガラの神殿から領内の町村に赴き、“労働”に従事したことだ。


 ヒーサの提案で、農作業や工房での作業に術を用いた新工法を用いるようになって、とにかく術士の人手が欲しかったのだ。


 まして、ライタンは二十年以上前線で働き、その技量は群を抜いていた。どこでも欲しがる人材であり、それによって“尊敬”を集めたのだ。


 どこへ行っても民衆の歓迎を受け、今までの教団とは違う姿勢を示し続けるライタンに、これ以上に無い程の賛辞が送られ、人望も高まっていった。


 山の上でふんぞり返っているだけの教団幹部への当てつけもあったが、ライタンはその真逆を行き、それが実った形となった。


 さらにその流れに拍車をかけたのが、各方面からの流入者であった。


 ヒーサの宗教改革宣言によって、特に大きく変わったのが、やはり何と言っても“教団による術士への管理運営”が崩されたことだ。


 術士については、教団が一括管理することが古くからの習わしであり、教団に所属しない術士は一部の例外を除き、全て“異端者”として厳罰に処されるのが常であった。


 その異端者は邪教の信徒、異端の宗派『六星派シクスス』と見なされた。


 だが、ヒーサはこれに大きな変更を加え、教団の一括管理の原則を崩した。


 アーソ辺境伯領の隠棲者がそうであったように、別に邪教を奉じているのではなく、教団への反発心からあえて異端の道を選んだ者がいたため、その教団の権が及ばぬ領域として、シガラ公爵領を全ての術士が安心して暮らせる地にすると宣言したのだ。


 するとどうだろうか。その話を聞きつけた隠棲していた術士がこぞって公爵領に流入。それどころか、教団にこき使われるだけであった下級の神官達まで、持ち場を抜け出して公爵領にやって来たのだ。


 ライタンには、それら流入した術士達が決して他人には思えなかったのだ。



(そう、これはかつての私自身だ。いつ果てるともない闘いの日々、いつ死ぬかもしれぬ不安から、いつも心に何かが突き刺さっていた)



 幸いなことに、ライタン自身は才能が恵まれていた事と、ある程度の運気を持ち合わせていたことによって、どうにか使い潰されるだけの生活から抜け出し、出世することができた。


 だが、抜け出してきた神官らは、まさにかつての自分の生き写しであり、それだけにライタンはますます精力的に働いて、彼らに多大な便宜を図った。


 結果、ヒーサの想定以上に術士が流入し、かつすんなりと定着させることに成功したのだ。


 ライタンが「我こそは法王である」と自負するのも、領内の新設された教団をまとめ上げたと言う実績と、数多くの民衆や流入した術士などの支持があるからに他ならない。



「はっきりと言おう! 貴様らは何をしている!? 戦時下だと述べながら、何か具体的に行動するでもなく、無意味な議論とくだらぬ足の引っ張り合いばかりではないか! こうしている間にも、前線では名もなき兵士が、あるいは使い潰されるだけの術士が、血と泥にまみれて戦っている! その嘆きと叫びも、高い山の上までは、どうやら届いていないご様子ですな!」



「無礼な! 我らには我らのやり方や仕事がある! 背信者にとやかと言われる筋合いはない!」



「背信結構! 神を蔑ろに、自らが神にでもなったかのような傲慢なる存在から、背信者呼ばわりされるのはむしろ本望である! 私には、シガラの民から受けた支持と信頼がある! これに背くつもりはない!」



 一点の曇りもないライタンの答弁に、ヒーサは満足そうに頷いた。アスプリクさえ、称賛の拍手を贈るほどだ。



(いいぞ、ライタン。見事な“時間稼ぎ”だ。ああ、ようやくだ。ようやく“見つけた”ぞ)



 ヒーサはニヤリと笑い、激論を交わすライタンをロドリゲスを見やった。


 だが、意識の半分は遥か彼方へと飛ばしており、その赴く先では“ヨハネス救出作戦”が決行されているのであった。

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