12-30 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(10)

 面倒な事態になった。これは被告席の四人の共通認識だ。


 教団の法理部から許可証がロドリゲスの下に届き、単なる聴取の席が、いきなり宗教裁判による異端審問へと変わってしまった。


 世俗の裁判と違い、はっきり言って聖職者のやりたい放題である。マリューを始めとする世俗の司法官は手出しも口出しもできず、審理のすべてを教団関係者が行うためだ。



(さて、どうしたものかな? 少し早いが、城外の顔触れを動かすべきか、否か……)



 分身体ヒーサを裁判に出席させ、時間稼ぎをしながら準備を整え、本体ヒサコが王都に密かに侵入させている部隊を率いて乱入する。そういう手筈であった。


 だが、予定外な事に、法王ヨハネスがこの裁判に出席していなかった。


 術式【真実の耳】を使えば、アスプリクへの嫌疑のいくつかが晴れると考えていたが、その肝心のヨハネスが不在なのは面倒であった。



(今少し時間を稼ぎたかったが、そう言う状況でもないし、兵を動かさねばならんか)



 理想としては、裁判で無罪を勝ち取り、ダメ押しとして王宮の制圧をしたかったが、現実はそう簡単にはいかなかった。


 武力で強引にひっくり返すことには、印象の悪化を招きかねず、後々に影響が出かねないと、あくまで“最後の手段”としての切り札と考えていた。


 止む無し。そう判断してヒーサが動こうとした瞬間、ポンと肩に手を置かれた。


 振り向くと、そこにはライタンが立っていた。


 そして、耳元で囁いた。



「公爵、ここから先は私が引き受けます。少しの間、交代いたしましょう」



「ふむ……。いいのか?」



「ええ。何と言いますか、久しぶりに前線に戻って来た気分です。あるいは、こちらの方が私には向いているのかもしれません」



「戦う者としての性質か。なら、任せよう」



「安んじて、見物していてください」



 表情こそいつもと変わらなかったが、その声色には明らかな怒気が含まれていた。


 あまり個人の感情を表に出さず、任された仕事を淡々とこなすライタンにしては、珍しく感情をむき出しにしていた。


 ヒーサはすぐにライタンに場所を譲った。


 ヒーサは分身体であるため、もし本体ヒサコが部隊を率いて突撃となった場合、脳の処理が追い付かず、身動きができなくなる可能性があった。


 ライタンが矢面に立ってくれるのであれば、椅子に腰かけ、楽ができる。


 仮にヒサコが動くような事態になっても、対処しやすくなった。



「呼ばれもせんのに、被告は勝手に前に出て来るな!」



「黙れ、俗物」



 ロドリゲスの一喝など物ともせず。ライタンは前に進み出て、堂々たる態度でロドリゲスの目の前に立った。


 そして、露骨すぎるほどの見下す視線をロドリゲスに浴びせた。


 当然、ロドリゲスは怒って睨み返した。



「立場を弁えろ、異端者!」



「私が異端者だというのであれば、貴様はさながら不能者といったところか、愚物」



 口調もいよいよ厳しくなる一方で、ライタンが完全に戦闘状態に入った事をヒーサは察した。


 実のところ、ヒーサはライタンが戦う場面を見たことが無かった。


 なにしろ、二人が出会ったのはライタンがシガラ公爵領に赴任してからであるし、そうなると机仕事ばかりその姿を拝む事となった。


 術を使う場面にも出くわすこともあったが、戦闘での使用ではなく、癒しや農作業に用いたそれであって、戦う場面ではなかった。


 だが、今は違う。まとう気配が完全に戦闘状態なのだ。


 【術封じの枷】を嵌められているので、術式は使用不能ではあるが、気配が完全に戦う気配に代わっており、そのズバッっと吹き抜ける風のような鋭い気配に、思わず感嘆の声を上げそうになったほどだ。



(この圧力……、大したものだ。術士としてはアスプリクの一段ほど見劣りするが、アスプリクにはない経験の差がある。案外、一対一サシでやらせたら、ライタンが勝つかもしれんな)



 初めて感じたライタンの気配に、ヒーサはいたく感心した。


 なにしろ、ライタンは齢にして四十程度であるが、何の後ろ盾もない貧民出身から実力のみで、上級司祭にまで上り詰めた叩き上げである。


 商人の身から立身出世を果たし、一国をも差配した松永久秀にとっては、ある種の同属なのだ。


 天賦の才と血筋によって一気に上り詰めたアスプリクと違い、最前線で戦い続けて地位を勝ち取ったライタンで、どちらも実に使い出のある才覚の持ち主であった。


 これなら任せても大丈夫だと安堵し、“外”の部隊の編成に集中できると考え、意識は最低限残し、のんびりとライタンの戦いぶりを観戦することとした。

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