12-6 懐柔せよ! 甘いも苦いも織り交ぜて!(1)

「失礼いたします! 王都より、コルネス殿がお越しでございます!」



 ヒーサがいると思われる本営の天幕の前で、コルネスを案内してきたサームが叫んだ。


 相変わらずよく通る声だと、コルネスは感心した。


 良将たる者は兵を指揮し、あるいは鼓舞するために、響く声が必須であり、その点ではサームは恵まれていると羨んだ。


 ここまで案内される途中、コルネスはシガラ公爵家の部隊を眺めたが、財に物を言わせた良質の装備が整えられており、かつてヒサコの指揮下で戦った時のことを思い出した。


 術士が一人もいなくても、銃火器を巧みに用いた戦術で帝国軍を翻弄し、数的不利を感じさせない戦いぶりを見せ付けられ、敵でなくてよかったと素直に感じたほどだ。



(だが、今回ばかりはそうはいかん。最悪、“敵”になることすらある。多量の銃器と練られた戦術はやはり脅威だ。穏便に済ませねばならんし、下手に戦闘になったらこちらが倍するとは言え、相当な被害を覚悟せねばならんかもな)



 それこそがコルネスの不安な点であった。


 サームの話では、つい先程、アスプリクが王都から戻って来たと聞いていた。


 そして、王都ではアスプリクが宰相ジェイクを殺害し、逃亡したことになっている。


 これがヒーサと示し合わせてのことなのか、それともアスプリクの単独犯か、あるいは法王ヨハネスの予想通り、誰かの罠にハメられたのか、それを見極めねばならなかった。


 その結果如何では、この場で戦闘すら有り得るので、コルネスは先程から緊張しっぱなしであった。


 自分の判断にあるいは王国の今後がかかっていると考えると、胃は痛いし肩もズシリと重い。


 戦友たるサームの先導が無ければ、ここに踏み入る事すら躊躇しかねない。それほどの緊張であり、かつて戦い抜いたどの戦場よりも気が重かった。



「構わん、入れ!」



 中から許可が出たため、入口の衛兵が帳を開けた。


 サームは入口のところで一礼をして中に入り、続けてコルネスもそれに倣って一礼をして、天幕の中へと入っていった。


 入ってすぐに、まずは状況確認であった。

 


(正面、上座にいるのは公爵のヒーサ様。その隣が夫人のティース様。お産が死産に終わり、気落ちしているかと思ったが、どちらも壮健なようだ)



 コルネスはこの二人とは面識があった。


 かつて王都で行われた二人の結婚式とその後の披露宴にて、ジェイクの随伴として侍っていたため、軽くではあるが挨拶を交わしていたのだ。


 それを覚えているようで、ヒーサは笑顔でコルネスを出迎え、ティースも会釈して歓迎の意を示した。



(そして、問題の妹君と、その叔母)



 ちらりと視線を送り、アスプリクとアスティコスの姿も確認した。


 白化個体アルビノにして半妖精ハーフエルフ、見間違う事のない特異な容姿であり、しかも随員が王国では珍しい森妖精エルフである。


 当人に間違いないと、コルネスは確信した。



(で、緑色の法衣をまとっている司祭は面識はないが、事前の情報では“僭称”の法王を随伴していると聞いている。となると、こちらが上級司祭のライタン殿か)



 シガラ教区は宗教改革と銘打って、教団本体から分離独立し、独自に法王すら立てて対決姿勢を見せていた。その反抗の象徴として、勝手に名乗った法王が存在し、それがシガラ教区の代表者であったライタンなのだ。


 しかし、穏健派のヨハネスが法王選挙コンカラーベで勝利を収め、話し合いの余地が出来上がると、あっさりと矛を引き、『教団大分裂グラン・シスマ』を解消するべく、話し合いの席が設けられることとなった。



(だが、今の王都は……)



 年に一度の大祭である“星聖祭”の最中ではあるが、その喧騒とは別の大騒動が発生していた。


 それこそ、宰相ジェイクの暗殺であり、その下手人が目の前にいるアスプリクであった。


 なお、王都ではこの時点で、国王フェリクがアスプリクの化けたカシンによって暗殺され、更なる混乱を生んでいた。


 だが、それが発生したのがコルネスが王都を出立した後の出来事であり、玉座が空っぽになった事を知らないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る