11-52 天幕の密談! 英雄と魔王候補の揃い踏み!(1)

 他人には聞かれたくない二人だけの密議。互いにそれを察したからこそ、ヒーサとアスプリクは床入りを口実に


 だが、その前にアスプリクには確認を取っておかねばならないことがあった。



「ところでさ、ヒーサ。“アレ”はいいの?」



 アスプリクは自身の背後を指さしながら尋ねた。


 なにしろその指さす先、天幕越しの外側には露骨なほどに、人の気配がしていたからだ。



「ああ、マークだな。ティースめ、とんだ変態であるな。十二歳の少年に、男女の睦み合いを盗み聞きさせるなど、教育上よろしくない」



「なにやってんの、あれ? バレバレにも程があるわよ」



「わざとバレるように、気配を消してないだけだ。ちゃんと聞いているぞ、と言う無言の威圧だ。下手な事を喋れば、即ティースの耳に入るんだぞ、とな」



「主従揃って、良い性格してるわね」



「性格上、どちらも“むっつり”だからな」



 そう言うと、ヒーサは何やらゴソゴソと側に置いていた袋に手を突っ込み、中から一冊の本を取り出した。



「なにそれ?」



「私が著した性に対する指南書だ。ナルに言わせれば、春画本なのだがな。内容は挿絵付きで、しっかり描かれている」



 そう言って、ヒーサはその本をアスプリクに差し出した。


 本を開いて中身を確認すると、確かに“性”に関することがぎっしりと書き込まれており、中には男女がまぐわう精巧な挿絵付きのページまであった。


 興味を覚えつつも、そこはやはり年頃の女の子である。顔を真っ赤にして、パタンと本を閉じた。



「あのさぁ……、こういうの、女の子に差し出すの、どうかと思うけど!?」



「だが、興味はあるだろう?」



「それは否定しないけど、時間と場所を弁えてよ!」



 アスプリクは本をヒーサに返すと、なんだか急にドッと疲れが全身から噴き出した。


 王都での暗殺騒ぎからこの方、緊張の連続であった。追われ、逃げ、そして、ようやく信用の置ける相手の所に身を寄せることができた。


 ところが、だ。事態が逼迫しているというのに、その頼りになる相手は真面目なのか、おちょくっているのか分からない状態ときた。


 しかも、寝所で二人きりになりながら、いきなり春画本を取り出すという暴挙だ。


 今少し真面目になって欲しいし、あるいは優しく抱きしめてそのまま押し倒して欲しいとも期待していたら、春画本での講義レクチャーが始まった。


 そんな非常識すぎるヒーサの行動に、張り詰めていた気が緩んだ分、アスプリクは体に溜め込んでいた疲労が吹き出してきたのだ。


 困惑と疲労感に沈むアスプリクの頭を撫でて、気持ちを宥めた後、ヒーサは腰かけていた寝台から立ち上がり、天幕の裾を摘まみ上げた。


 地面と幕に僅かな隙間ができ、その隙間に本を差し入れた。



「マァ~クゥ~、前に言っていたと思うが、例の本だ。それをやる。まあ、今回の報酬とでも思ってくれればいい」



 気配から、放り出した本に何者かが飛びつくのが、手に取るように分かった。


 工作員として、このあけすけな行動はどうなのだろうかと、アスプリクはなんだか心配になって来た。


 腕がいいのは知っているが、マークも所詮は十二歳の思春期男児である。バカバカしい失敗を犯さないかと、不安が積み重なっていった。



「にしても、春画本が報酬ってどうなの!?」



「十二歳児には破格の報酬だが?」



「刺激が強すぎるわよ! てか、実践するのも先じゃない!?」



「なんなら、お前が筆下ろしを手伝ってもいいんだぞ」



「冗談やめてよ。あ、いっそのこと、ルルと引っ付けよう。公爵領じゃあ、仕事で一緒になる事も多かったしさ」



「お前の発想も大概だな。だが、悪く無い案だ」



 ルルはアスプリクと同じく術士として農場や工房で働いており、実に忠実かつ腕のいい術士として重宝していた。


 まだ若い娘で、年も十六歳であったとヒーサは記憶しており、マークと引っ付けるのも悪くはないかと考えた。



「ヒーサもさ、折角こうして二人きりになれたんだし、もう少し雰囲気考えるとか、真面目にやるとかできないのかな!?」



「私は常に大真面目なのだがな。あと、厳密にはマークも薄布一枚の向こう側にいるから、二人きりとは言えんな」



「真面目にやった結果が春画本!?」



「布教活動の一環だよ。手書きになるので、量産には時間がかかるのが欠点だがな」



「若き英雄たる公爵様はご乱心だわ」



 ボケとツッコミの応酬に、アスプリクは更に疲労感を増していった。


 そこをヒーサが再びすぐ横に腰かけ、そして、その顔から笑みが消えた。


 今まで散々バカなやり取りをしていたのに、一瞬でそのお茶目な公爵様が消え去り、乱世の梟雄に変じていた。


 あまりの突然の変化に、アスプリクもたじろいだほどだ。



「さて、そろそろ本題に入ろうか。これを聞いているのは、私、アスプリク、マークの三名のみ。これで話し合うことはただの一つしかないわな」



「……魔王」



 アスプリクの口から重々しい単語が飛び出した。


 この世に破滅をもたらすとされる魔王。それが今この場にいることを、アスプリクは黒衣の司祭カシンから聞かされていた。



「アスプリク、マーク、果たして、本物の“魔王”はいずこかな?」



 すでに目星は付けてあるらしく、ヒーサは堂々と名指しで出してきた。


 アスプリクは緊張し、寝耳に水であったマークはより緊張した。


 薄暗い夜、他に誰もいない中、“英雄”と“魔王候補”二人のやり取りが静かに始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る