10-28 計画失敗! 悪役令嬢は生きている!

 アーソでの後始末は、それほど苦労するものでもなかった。


 宴の裏でヒサコとナルによって行われた暗闘も、都合の悪い情報は全てもみ消すことに成功した。



「これは帝国側の『六星派シクスス』が引き起こした、あたしへの暗殺です。戦場で勝てないからと、刺客を差し向けてきたのです。お兄様からの使者がこちらに派遣してくるのをいいことに、道中でそれを殺し、そっくりさんに成りすまして、隙を見て襲い掛かって来たのです」



 これがヒサコは周囲に話したあの夜の事情説明であり、皆がこれを信じた。


 暗殺の動機は十分であるし、そもそも“聖女”ヒサコの暗殺を目論む者など、帝国側の連中しか考えられなかったからだ。


 もちろん、裏の事情を知る者にとっては、その限りではない。


 今回の暗殺事件の真犯人は、主犯・ティース、共犯・ヒーサ、実行犯・ナル、この三者の意志によって行われていたのだが、それを知るものはごく少数だ。


 しかも、初めから失敗することを前提に計画を進めていたのは、ヒーサのみである。


 情報は完全に隠匿され、都合の良い情報だけが表に飛び出し、独り歩きしていた。


 そのため、ナルの死も確定されたも同然であった。入れ替わりが行われたのであれば、元の人物を生かしておく理由もなく、遺体も隠匿されたであろうと誰しもが考えた。


 そうした情報操作による後始末が完了してから、再びスキル【入替キャスリング】を使用した。


 これでヒーサ・ヒサコの中身が入れ替わり、ヒーサが本体に、ヒサコが分身体へと変わった。


 そして今、全ての準備が整ったヒーサは、いよいよ今回の暗殺事件の“真の成果”を手にするべく、自身の執務室に伴侶ティース従者マークを呼んだ。


 呼び出された二人の面持ちは、強張っていた。呼び出される理由など、ナルに関することしかないからだ。


 さて、ここからが演技のしどころだぞと、ヒーサは無表情のまま気合を入れ、そして、緻密に考え込まれた台本の台詞を放った。



「さて、二人を呼んだのは他でもない。ナルと、ヒサコに関することだ」



 もったいぶる様に言い放った後、机の上に無造作に“それ”は放り投げられた。


 それはナルの使っていた髪留めであり、彼女の血がべっとりと付着していた。


 無論、二人にとっては見慣れた物であるが、それを着けていたナルがこの場におらず、しかも血がべったりと付いていることから、導き出される答えは一つしかない。


 だが、その答えを信じたくないのか、二人の目は髪留めに注がれてはいても、どこか焦点が合わずに泳いでいる状態だ。


 そんな二人の様子を見ながら、ヒーサは話を続けた。



「それは“ヒサコ”からティースへの返礼だそうだ。『美味しい鵞鳥の肥大肝フォアグラをありがとうございます』だとな」



 その一言がとどめとなった。


 髪留めが無言で告げる“ナルの死”と、ヒサコからの返礼と言う“暗殺計画の失敗”の報告、何もかもが裏目に出た瞬間であった。


 掛け替えのない家臣を失い、父兄の仇はのうのうと生き延びる。


 それが告げられた瞬間、ティースは泣き崩れた。


 悲痛な叫びと言うにはあまりに陳腐な表現であり、それほどまでにティースは取り乱した。


 だが、ヒーサは発狂寸前の伴侶を見ても、眉一つ動かさずただそれを眺めているだけだ。そこには嘲りもなければ、労りもない。


 次にどう喋れば有効か、そればかりを黙々と考えている風すらあった。


 そんな薄情なヒーサに、マークはあらん限りの怒りを乗せた表情で睨み付けた。普段、表情が乏しいだけに、その変化は苛烈であった。



「あなたには、人の心がないのですか!?」



「言っている意味が分からんな、マーク。ナルを殺したのはヒサコであって、私ではないぞ。まあ、ヒサコの暗殺を依頼したから、全くの無関係というわけではないがな」



 なお、ヒーサとヒサコは同一人物であるので、今の台詞は真っ赤な嘘なのであるが、それに気付けるのは秘密を知る者だけである。


 そんな他人事同然の態度にマークは激怒し、踵を返して歩き出し、扉の方へと向かった。


 マークの頭の中には復讐の念が、これでもかというほどに刻み込まれた。


 主君ティースを嘆きの渦に放り込み、義姉ナルを冥府へと送り出した聖女ヒサコを許しては置けないと、扉に向かって駆け出した。

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