10-4 毒殺! 悪役令嬢を暗殺せよ!(後編)


「非常に言いにくいことなのだが、私は一つ嘘を付いた。それは、先程飲んだ中身なのだが、どちらにも“毒”は入っていなかったのだよ。入っていたのは、昨日の夕餉だ」



 ヒーサは囚人が動かなくなったのをしっかりと確認し、用は済んだと言わんばかりに牢屋から出た。


 表情一つ動かさず、ただ淡々と作業でもするかのように、あっさりと人を二人も殺めた。


 そのあまりの“あっさり過ぎる”対応や笑顔で人を殺せる様に、ティースは怒るよりも先に恐れおののいた。


 夫の優しさは本性を覆い隠すための、分厚い化粧だとは感じていたが、こうまで徹底して隠匿されていたとは、予想の遥か上を行っていた。


 マークも表情にこそ出していなかったが、同様にヒーサの闇の深さに冷や汗をかいていた。


 テアも同様だ。


 ただ、ナルだけがようやく潜んでいた本性を出す気になったかと、納得さえしていた。


 そんなそれぞれの反応を見ながら、ヒーサは足元に転がっていた二つの杯を手に取り、再び先程の水差しから中身を杯に注いだ。


 ハッとなってティースはそれを止めようとしたが、ヒーサはその二つの杯の中身を一気に飲み干してしまった。


 だが、先程の二人のような反応はない。平然として、笑顔さえ向けてきた。



「え……? なんで!?」



「言ったではないか。これには毒は入っていない、と」



 平然と答えた夫に、ティースは呆気に取られた。


 毒が入っていないと嘘を言ったのかと思ったら、本当に毒など入っていなかったからだ。


 では、どうして囚人にだけ毒の反応が出たのか、それが謎だった。



「見事な毒でございますね。して、今ではなく、夕餉に仕込んだとはどういう意味でしょうか?」



 状況の訳の分からなさに戸惑っている主人に代わり、ナルがヒーサに尋ねた。


 二人の人間をいとも容易くボロ雑巾にしてしまう、そんな強力な毒である。暗殺者としては、その製法や使用法には興味が尽きない事であった。



「ああ、これは言ってしまえば、例の毒殺事件の意趣返しとでも考えればいい。あの時、“ヒサコ”は義父ボースン殿の下戸を利用し、“ヒトヨタケ”を父マイスや兄セインに食べさせた。ヒトヨタケは酒に対する耐性を失わせ、下戸にする効果がある。酒さえ飲まなければ、割と美味しいキノコなのだがな」



 当然ながら、ヒーサの説明は嘘っぱちだ。


 ヒサコがヒトヨタケをボースンに握らせ、マイスやセインに食べさせたのは事実だ。


 だが、ヒサコとヒーサは同一人物であり、スキル【性転換】を利用して、あたかも別人であるかのように振る舞っているだけだ。


 ティース達は毒殺事件の犯人をヒサコであると認識しているが、ヒーサとヒサコが同一人物だとはさすがに気付けていない。


 こうした嘘を平気で、平然と話してしまえるのは長年の経験から来るものであった。



「その効能を応用して、普段は無害な毒を作り、特殊液と結合すると毒性が飛び出す、という毒薬を生み出した」



「なるほど。つまり、毒を盛ったのは昨夜の食事で、その特殊液とやらが先程の杯に注がれた水の中に含まれていた、と」



「そうだ。で、その特殊液の濃度によって、毒の効果が表れるまでに時間差が生じる」



「興味深い毒薬ですね。その時間差を利用すれば、毒を盛った上で逃げ出す時間を稼ぎ、自身を容疑者の中から外すことも容易くなるでしょう。あるいは、無差別に毒をばら撒いても、標的にだけ特殊液を含ませれば、それのみを殺める事が可能、と」



「さすがは暗殺者、説明の手間が省けて良い」



「それを作り出せる公爵様もお怖い御方です」



 ナルはヒーサから毒についての説明を聞き、おおよそ毒の特性を把握した。


 同じ毒を食らっても、先程のように効果が発現するまでに明確な時間差が生じたのは、ヒーサの説明で納得できた。


 毒を盛った場所や時間と、その効果が発揮されるまでの時間を自在に操れるのであれば、暗殺を企てても逃げ出したり、容疑者から外せたりする確率がグッと上がる。


 実に都合の良い暗殺の武器となることは間違いなかった。



「動物を用いて試していたのだが、やはり人間で試して正解だったな。時間差が思ったより長かった。ほれ、これが毒の実験記録だ」



 ヒーサが持ってきていた鞄の中から書類の束を取り出し、それをナルに渡した。


 ナルはそれを確認すると、実験に用いた動物の種類や体型、用いた特殊液の濃度と効果発揮までの時間など、事細かく記録されていた。



(う~ん、この医学の悪用っぷりよ)



 テアは熱心に“毒”の研究に打ち込んでいた相棒を睨み付けた。


 なにしろ、ヒーサはスキル【本草学を極めし者】を所持している。薬草を始めとする植物学を極め、薬の調合まですんなりできるようになると言う、利便性の高いスキルであった。


 当初は医者に扮して名声を稼ぎつつ、魔王の居所を探そうかと考えていたのだが、初手でやったことは父兄の暗殺であり、それ以降も碌な事をしてこなかった。


 医学の悪用と言われても、当然のことだと甘受せねばならぬほどだ。


 だが、ヒーサこと松永久秀は意にも解さず、薬草も、毒草も自在に調合しては新薬を生み出し、必要な薬は手元に押さえていた。


 領主としての執務の合間に、これだけの事をやって来たのである。


 ぶっ飛んでいる、などと生易しい言葉で評せるものではなかった。



「そして、これが用いた毒薬と、特殊液だ」



 ヒーサは続けて鞄から二つの瓶を取り出し、それもナルに渡した。


 こうまで準備され、託された以上、ヒーサの考えは容易に想像できた。



「さあ、ナル、任せたぞ。それを以て、ヒサコを暗殺するのだ!」



 ヒーサの言葉は地下牢に響き、ティースに、ナルに、マークに決断を迫った。


 復讐を果たせる機会はただの一度。


 生半可な手段では、返り討ちの危険がある。


 ヒサコはそこまで甘くはないと、三人は考えていた。


 だが、この毒薬は非常に都合のいい効果がある。毒を盛る場所と、毒を発現させる時間をずらせるという画期的な毒薬だ。


 刺し違えることなく、容疑者として疑われることなく、暗殺を完遂できる便利な道具が目の前にある。


 さあ、どうするのか?


 ヒーサはそれを三人に迫ったのだ。

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