10-3 毒殺! 悪役令嬢を暗殺せよ!(前編)

 そこはシガラ公爵の城館にある地下牢であった。


 軽微な罪の囚人であるならば、街の郊外にある囚人施設に入れられるのだが、無期懲役や死刑囚などの重罪人は、より強固な地下牢行きとなるよう定められていた。


 そして今、そんな凶悪犯の溜まり場に、珍しい来訪者が訪れていた。


 領主であるヒーサ、その妻ティース、二人のそれぞれの従者であるテア、ナル、マークの、合計五名だ。


 普段ならば地下牢になど似つかわしくない顔触れであるが、どういうわけか用があるとヒーサに招かれ、ティース達がここにやって来たと言うわけだ。



「それで、御用とはなんでしょうか?」



 ティースとしては、悪臭などの嫌な空気が立ち込めるこの様な場所になど、足を踏み入れたくはなかった。


 まして、ティースは妊婦である。


 とても似つかわしい場所とは言い難い空間であり、一刻も早く立ち去りたい気分であった。


 そのため、不機嫌さを隠そうともせず、鉄格子の向こう側にいる死刑囚を睨み付け、発する言葉にも棘が感じられるほどだ。



「なに、ヒサコを暗殺する手筈が整った。その手順を説明するためだ」



 何の抑揚もなく、サラッと言ってのけるその言葉に、ティースは目を丸くして驚いた。


 いずれヒサコを殺すなどと言っていたが、半分は疑っていた。どうせ口からの出まかせで、適当言って誤魔化すのではと考えていたからだ。


 父兄の仇討ちができるとなると、ティースの心の内にどす黒い何かが湧き起こって来たが、そこはまず話を聞こうと気持ちを落ち着かせた。



「……で、どのようにやるのですか?」



「今、それを“実演”する」



 そう言うと、ヒーサは側に置いていた机の上にある水差しを手に取った。水差しと杯がそれぞれ二つずつあり、中の無色透明な液体を注ぎ入れた。


 そして、その二つの杯を鉄格子の前に置いた。


 いったい何が始まるのだと、二人の死刑囚はヒーサを睨み付けてきたが、ヒーサは特に気にもかけずにニヤリと笑うだけであった。



「さて、明日には死刑が執行されるお二人さんよ、死刑を回避する機会を与えよう。その杯の中身を飲み干し、生き残れたらば公爵の権限を以て免罪とする」



 ヒーサがそう言うと、二人の囚人の視線は目の前の杯に向けらてた。


 このような話をしてくる以上、杯に注がれたのはただの水ではないことだけは確かだ。


 どうしたものかと判断しかねたが、迷う囚人達にヒーサは言葉を投げつけた。



「おいおい、迷う事もないであろう? どうせ、何もしなければ、明日には死ぬ運命にある。助かる道を選ぶのは当然ではないか。ああ、杯の中身だが、毒入りと、そうでないやつの二種類だ。新たに調合した毒の効能を確かめるための試験がしたいのだ」



 よもやの人体実験である。


 毒の試験のために、生きた人間で試そうと言うのだ。


 さすがにティースも眉をひそめたが、ヒサコを暗殺できるのであればと、口を紡いだ。



「助かる確率が半々。何もしなければ、明日には死刑だ。さあ、どうする? 生き残りたいと、生きて陽の光を浴びたいと言うのであれば、杯を手に取るがいい」



 こんなことを平然と言ってのけるヒーサに、囚人らはさすがに恐怖を感じたが、選択の余地は最初からなかった。


 何もしなければ、明日には死刑にされるのだから。


 確率は半々。生きるか死ぬか、二つに一つだ。


 少し迷った末に、二人は杯を手に取り、グイっと一気に飲み干した。


 そして、すぐに結果が出た。



「がはぁあぁか、おううでぎゃなあゃぁぁぃぁ!」



 片方の囚人が、何を叫んでいるのか分からぬほどに絶叫し始めた。


 もがき苦しみむのだが、尋常でない姿だ。


 体の各所がやけどを負ったかのようにただれていき、目が充血を通り越して血の涙を流し始め、口からも血の混じった泡が吹き出された。


 あまりの変容ぶりに、別の囚人が腰を抜かして、壁にまで逃げ出すほどであった。


 そして、程なくしてその囚人は動かなくなり、全身から噴き出した自身の血だまりの中に沈み、疑いようもなく絶命した。


 こうなることが分かっていた毒の製造者であるヒーサや、荒事に成れているナルやマークは平然としていたが、さすがにティースとテアは不快な顔をしながら、目を背けていた。



「ふむ……、強烈極まる毒だな。ああ、ちなみに、こいつは“カエンタケ”という毒キノコの成分を抽出し、色々と手を加えた代物だ」



 ヒーサは牢屋の鍵を開け、動かなくなった囚人の体をしっかりと調べた。


 当然ながら、心臓は止まっており、苦悶の表情を浮かべながら死後の世界へと旅立っていた。


 毒の強烈さを物語る様に、皮膚の表面に症状が出ていない箇所を探すのに苦労するほどに、様々な変色を見せ付けていた。



「こんなものをわざわざ見せつけるために……!」



「ティースよ、不快なのは分かるが、こいつをヒサコに飲ませれば、文字通り一撃必殺だ。それは理解できるだろう?」



「それはそうですが、だからと言って、人間でそれを試しますか!?」



「どうせ、放っておいても、明日には処刑される身の上だ。一日早くなったとて、問題はない。あくまで、公爵としての権限の内だ」



 死刑などの重犯罪の裁きは、公爵か中央の司法官が執り行うのが慣例となっていた。つまり、この死刑囚をどうするかなど、ヒーサの匙加減一つでどうとでもなってしまうのだ。


 まして、裁判を経て死刑判決が下った囚人である。処刑の方法など、些末な問題でしかないのだ。


 それこそヒーサの感覚では、予定が一日早くなった、その程度でしかない。



「こ、公爵様……!」



「ん? ああ、すまんすまん、お前の事を忘れていたわ」



 ヒーサが振り向くと、生き残った方の囚人が怯えながらも、必死で声を絞り出しているのが見えた。



「お、俺は生き残ったんですし、免罪ですよね!? 釈放ですよね!?」



「ああ、そうだな。釈放しよう」



 ヒーサは怯える囚人に歩み寄り、震えている肩をポンポンと軽く叩いた。



「ただなぁ~、残念なお知らせがある」



「なにか……?」



「お前はもう死んでいる」



 言い終わると同時に、生き残った囚人の体にも変化が起こり始めた。



「がばあなぁばかぐへがはぁ!」



 目の前の囚人もまた、突然苦しみ始めた。


 先程死んだ囚人と同じく全身がただれ、血が吹き出し、程なくして息絶えた。


 こちらもちゃんと死亡しているかの確認を行った。


 確実に死んでいると分かり、スッと立ち上がると、動かなくなった二人の囚人を交互に見やり、事も無げに言い放った。



「非常に言いにくいことなのだが、私は一つ嘘を付いた。それは、先程飲んだ中身なのだが、どちらにも“毒”は入っていなかったのだよ。入っていたのは、昨日の夕餉だ」

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