10-2 利用せよ! 聖女の名声、高く売りつけてやるぞ!

 帝国との初戦をまずはヒサコが出鼻をくじくと言う形で勝利し、大いに内外へ武威を示した。


 同時に懸案事項であった法王選挙コンカラーベもヨハネスの勝利で終わり、まずは満足する結果となった。


 これでシガラ公爵家の伸長は約束されたようなものであり、ヒーサとしても骨折りの労を回収する時期が近付いていることを感じていた。



「それで、今後は教団に対して、どう言った行動に出るんだい?」



 尋ねてきたのはアスプリクであった。


 齢十四の少女であるが、見た目や背丈などから十歳少々と間違われるほどであった。


 なお、白化個体アルビノであるために、肌は白く、眼は赤に染まり、髪は銀色とかなり得意な容貌をしていた。


 おまけに、半分はエルフの血が混じっているために、耳も尖っており、白化個体アルビノの特性も相まって、一度見れば忘れられないほどの特徴ある見た目だ。


 この容貌と、国一番の術の才能のためか、色々と煙たがられるか、利用されるかの人生を歩んできており、性格は歪んでいた。


 ただ、ヒーサには心を開いており、また最近一緒に暮らすようになった叔母のアスティコスにも懐いてきたので、以前よりかは随分と丸くなったと、周囲の評価が変わっていた。


 そもそも、火の大神官としての地位を捨てて還俗し、今や一農夫兼技術者として暮らしているので、以前に比べてのびのびとしており、それが性格を変えたともヒーサは考えていた。



「なぁに、約束通り、ヨハネス殿とは話し合いの場を持つさ。こちらとしても、皇帝と戦うには、挙国一致体制で臨む方がいいからな」



「そりゃそうだ。相手が数を揃えてくる以上、こっちも数を揃えないといけないもんね。ヒサコみたいに、十万の敵相手に、五千で突っ込む方が狂気だよ」



「それな! あいつの無茶ぶりには、毎度肝を冷やされるぞ」



 などと冗談めかして言葉を交わす二人であるが、これは単なる茶番であった。


 そもそも、ヒーサの妹ヒサコは、ヒーサの持つスキル【性転換】、【投影】などによって生み出された“実体のある幻”であり、本来はヒサコは存在しない人間なのだ。


 ヒーサの演技やスキルによって、いると錯覚しているだけであり、ヒーサやアスプリク、テアなどの裏の事情を知る人間からすれば、滑稽な演劇でも見せられている気分であった。


 だが、正体を見破られないように細心の注意を払っており、時折こうした茶番を挟んで、ヒサコと言う存在をアピールしているのであった。



「まあ、ヒサコも散々暴れたし、そのうち帰還するだろうが、それから王都で合流するつもりだ」



「なるほど。ヒーサは領地経営の順調ぶりを見せ付け、ヒサコは積み上がった武勲を手土産に、ヨハネスと交渉するってわけか」



「それと宰相閣下ともな。せいぜい、高く売り付けてやるさ」



 ジェイクにしろ、ヨハネスにしろ、シガラ公爵家と友好関係を築かねば、その後は色々と厄介だぞと、半ば脅す形に持って行くつもりでいた。


 交渉材料としては十分であり、より多くの収穫を期待できるというものだ。



(そう、あとは、ティースの件を片付ければ、国内は安定する)



 むしろ、交渉しやすい新法王や宰相よりも、自分の女房の方が問題であった。


 ヒーサの妻ティースは『シガラ公爵毒殺事件』において、自身の父兄を罠に嵌めた張本人が、ヒサコであることを知っていた。


 知られてしまった、と評する方が適当かもしれない。


 なにしろ、証人、証拠ともに消し去り、全てを隠匿して真実には到達できないと高を括った上での身バレである。


 ティースは数少ないピースを組み上げ、影の実行犯である“謎の村娘”の正体が、ヒサコである事を突き止めた。


 これは完全に想定外であり、思わぬ爆弾を抱える事となった。


 ゆえに、その報復を狙っているのだが、現在ヒサコは戦争の真っ最中で、帝国領に出兵しており、さすがにそんな遠方まで腹心の部下である、ナルやマークを派遣するわけにもいかず、国内に帰還するのを虎視眈々と待っている状態であった。



(これの対処が終わらねば、うっかりヒサコを帰国させることすらできん。だが、その準備も今少しで完了する。ククク……、交渉でヨハネスやジェイクをねじ伏せ、ティースを大人しくさせる事が出来た時、いよいよ我が野望成就が近付くのだ。ああ、待っていろよ、愛しき“茶畑”よ)



 なお、エルフの里を焼き払い、住人を皆殺しにしてまで手に入れた“茶の木”は、温室促成栽培術によってすくすくと成長しており、近いうちに茶葉を収穫できるところにまで漕ぎ付けていた。


 ようやく長らく味わっていなかった茶を楽しむ事が出来る。


 そう考えると、ついつい笑顔がこぼれてしまうのであった。


 下剋上を成し、邪魔者を廃し、心ゆくまで茶の湯と芸事、芸術を楽しむ。


 間もなく、夢が叶う。


 ヒーサは改めてその未来図を頭の中に描き、もう一度ニヤリと笑った。


 早く茶が飲みたい、と。

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