第10章 国盗りの種

10-1 分裂解消!? 用は済んだし、僭称法王はお払い箱だ!

 そこはシガラ公爵領にある神殿の一室。


 シガラ公爵領の中心街が最近、他領からの流入が激しく、建設ラッシュの真っ最中であった。


 若き当主ヒーサが打ち出した数々の改革や技術革新もあり、公爵領の生産力が飛躍的に向上した。


 そうしたこともあって、人も富も公爵領に吸い上げられるかのように他領から集まり、新規の流入者に対する住居の確保に苦労している有様であった。


 小高い山の上にある神殿から見下ろす町並みは、活気に満ちた姿を見せており、それもこれも領主であるヒーサの優れた政治手腕の賜物だと、誰しもが考えていた。


 なお、窓から町の光景を眺めているのが、他ならぬヒーサであった。


 金髪碧眼の整った顔立ちをしており、背も高く、絵にかいたような貴公子然とした佇まいをしていた。


 齢は十八とまだ若く、街中を歩けば、異性が十の内、八、九人は振り返って見惚れるであろうほどの美男子だ。


 なお、その正体は女神により、この『カメリア』と呼ばれる世界に召喚された転生者であり、かつては戦国日本において“松永久秀”と呼ばれていた男だ。


 この世界の魔王を対処するために呼ばれた英雄であるが、女神の要請を受けつつも、その英雄としての立ち位置を利用し、己の欲望を満たそうとすることに躊躇もない、梟雄そのものであった。


 温厚で理知的に見えるが、それはあくまで表面的な情報であり、その気になれば表情一つ変えずに人を殺し、あるいは貶める事をやってのける、悪辣な頭脳の持ち主だ。



「今のところは順調だな。兵糧も、財貨も、揃いつつある。いずれ来る大戦に備え、人も物資も揃いつつある。喜ばしいことだ」



 わざとらしく聞こえやすく話したが、その部屋にいる人間は無反応であった。


 ちなみに、部屋の中にいるのは、僭称法王のライタン、“元”大神官のアスプリク、その叔母である森妖精エルフのアスティコス、そして、ヒーサの専属侍女にして女神であるテアだ。


 ライタン、アスプリク、テアは、これから起こるであろうことはおおよそヒーサから聞かされており、“大戦”という言葉にも動じずにいられた。


 アスティコスはアスプリクに関すること以外には興味がないため、人間同士の戦など、気にも留めずに聞き流していた。


 改めてヒーサは席に腰かけ、円卓を囲むように座した。



「で、ライタン法王聖下、いよいよあちらの法王選挙コンカラーベが終わり、新たな法王にヨハネス枢機卿が就かれることとなった。まずは満足する結果だ」



 ヒーサの口から漏れ出た言葉は、ライタンを安堵させた。


 そもそも、法王を僭称するなどという常軌を逸した行動は、ライタンの本意ではなかった。


 法王は教団関係者が選挙を以て選ぶのが慣わしであり、二人の法王が並び立ったり、選挙を無視して勝手に名乗ったりするなど、伝統や格式などと言うものをことごとく無視した凶行としか思っていなかった。


 しかし、それもようやく終わることができる。


 もし、ヨハネスではなく、もう一人の候補であったロドリゲスが法王になっていたらば、教団とシガラ公爵が全面戦争に突入していたところだ。


 ロドリゲスがかつて“この部屋”を訪れた際、遠回しに“誠意ワイロ”を要求し、それに憤激したヒーサの妻ティースによってボコボコにされた過去がある。


 そのような屈辱的な扱いを受けたロドリゲスは、それ以降シガラ公爵家やその関係者を徹底的に排斥するようになり、“聖人認定”が決まっていたヒーサの妹ヒサコやアスプリクの認定を取り消すなど、露骨すぎるほどの行動をとっていた。


 だが、結果から見れば、シガラ公爵家への敵対行動が、とことん裏目に出てしまった。


 圧力を無視して術士の運用を独自に始めたヒーサは、農地や工房で術式を用いた生産向上に取り組み、見事に成功を収めた。


 通常では考えられない速度で農作物や工業品が仕上がり、他の追随を許さないレベルの生産力を手に入れるに至った。


 そうして築き上げた財を以て軍備を拡張し、ヒサコにそれを渡して、隣接するジルゴ帝国への先制攻撃を加えた。


 そこで赫々たる戦果を得たヒサコは、たとえ教団側が授与を中止したとはいえ、誰ともなく勝手に“聖女”と呼ばれるようになった。


 結果、ロドリゲスは突き放したはずのシガラ公爵家が、次々と活躍するのを目の当たりにし、歯ぎしりする思いで屈辱を味合わされた。


 こうした公爵家の躍進に加え、王国宰相のジェイクがこれを最大限に利用し、ヨハネスへの支持を取り付けていき、ギリギリではあったが選挙に勝利するに至った。



「いや~、まあ、肩の荷がようやく下せると言ったところでありましょうか。慣れぬ仕事の連続で、人生の残りの寿命を半分は使ってしまったでしょう」



「それ困るな~。ライタンには、まだまだ活躍してほしいのだがな」



「休暇を要請します。ケイカ温泉村で、しばらくのんびりしたですね」



「おやおや、見栄えのいいの冠を被る機会を得ているのだ。今少しその座に就いておこうとは思わんのか?」



「硬い椅子はもうこりごりですな。どうせ座るのであれば、湯煙立ち上る中、湯船に身を預けたいものです」



 冗談とも本気とも取れる発言に、ヒーサは不敵な笑みを浮かべた。


 実際、ライタンはよくやってくれているし、休暇の一つくらいは確約せねばとも考えた。


 しかし、問題は山積状態であり、のんびり温泉旅行と洒落込むのは、もう少し後になるなとも考えた。



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