悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
9-16 調虎離山! 挑発は立派な兵法です!(前編)
9-16 調虎離山! 挑発は立派な兵法です!(前編)
帝国軍の宿営地は実に簡素なものであった。適当に天幕が張られ、一応雨露は凌げる様にはなっていたが、防御設備は皆無であった。
精々柵を設けて、区切りがなされている程度の、辛うじて陣地と呼べる程度の代物だ。
報告ではすでに二万に達する兵力が集結し、また目の前にあるもの以外にも、宿営地が設けられているとの情報もあるが、差し当たってここを殲滅することを目的とした。
ヒサコは持てる戦力をこの地には集結させ、これと対峙した。
その数は五千。銃兵、槍兵、騎兵の三種を主要兵科とし、弩兵、工兵が僅かにその姿を確認できた。
「さて、ただ単に雑魚寝させてるだけの、防御施設もない陣地。まとまりもなく、頭立つ者も不在と来た。んじゃあまあ、ぶっ潰してやりますか」
数の上で自軍は五千。対する相手は二万強。ゆうに四倍の兵力差であった。
平野部であり、周囲に遮蔽物になりそうな森や丘陵はなし。数の差がもろに出てしまう地形であった。
だが、それでもヒサコは余裕であった。
現在、王国軍側は横隊にて展開していた。両翼に騎兵を配し、中央に二十人一組の槍兵隊と銃兵隊を交互に並べて固めさせた。
陣を展開したというのに、帝国側はまだ陣から動こうともしない。完全に様子見であった。
(まあ、それはそれで正しい。指揮系統がはっきりしない烏合の衆ですし、取りあえず自分の持ち場だけでも維持すればいいか、というのも当然の思考。やはり皇帝も黒衣の司祭もいない)
敵方の反応を見て、改めて指揮官の不在を確認したヒサコは、次なる策に出た。
自分の乗る馬を前に進ませ、従者を一人伴って横陣の前に躍り出た。
ちなみに、従者の男は“通訳”であった。亜人の言葉はほとんど聞き取れないほどなまりのきつい言語であったが、幾人かはどうにか聞き取れる程度には習熟しており、この男もその中の一人だ。
そして、更にそれに続いたのは、縄で縛られた
女体であるのか、乳房の膨らんでいる者、あるいはようやく歩ける程度になった子供など、非戦闘要員であることは明らかであった。
これは周辺の村々を襲撃した際に、捕虜となった者達だ。
兵士達に伴われた十数名の
それを確認してからヒサコは馬を飛び降り、おもむろに剣を抜いた。
「ギャヒィ!」
「はいはい、動いちゃダメよ~。火傷するから」
鞘から剣が抜けると同時に、刃に炎が宿り、燃え盛った。
ヒーサの愛用の剣『
元々はただの剣であったのだが、アーソでの動乱の際にアスプリクに魔力を付与してもらい、炎の燃え盛る剣となって戦い抜いた。
その後に炎の剣『
なお、魔力源はテアが担っており、テアから
「通訳さん、この
「ハッ! 畏まりました!」
通訳兵は聞き苦しい言葉を
ヒサコにはそれが何なのかは聞き取れなかったが、助けを呼ぶ声だということだけは分かった。
何しろ、全員がただならぬ雰囲気を帯び、必死で叫んでいるからだ。
「ほらほら、帝国の皆さん、早く助けに来ないと、こいつら全員、殺しちゃいますよ〜♪」
物騒極まる合いの手を入れるヒサコだが、当然相手には伝わらない。あくまで剣をチラつかせて、雰囲気でそれを伝えた。
敵陣地の方からも何やら騒がしく叫んでくるが、ヒサコもそれが何なのか理解できなかった。
「通訳さん、あちらはなんと?」
「よく聞き取れないのですが、娘がどうとか、叫んでいるようです」
「おや、亜人であっても、親子の情と言うものはありますか。それは重畳」
するとヒサコは手近な
ゴロリと歪な球体が前に転がり落ち主いいが静寂に包まれた。
血は吹き出さない。吹き出すより先に、『
そして、助けを叫ぶ声は悲鳴の大合唱となり、陣地から飛び出す声も何やら一層騒がしい、怒りに満ち満ちた叫び声へと変じた。
そんな憤激と絶望の空間から逃れようとしたのか、子供の
「誰が逃げていいなんて言ったかしら!」
ヒサコは足元に転がっていた石を掴み、それを逃げる
勢いよく飛ぶ石は狙い通りに逃げる
必死で起き上がろうとするも、体力的な衰弱と足の負傷によって起き上がれず、そうこうしているうちに
それでももがく
「ダメよ、坊や。大人の言う事と、“圧倒的強者”の言う事はちゃんと聞かないとダメだって、
そして、もがく小さな
それをちゃんと確認してから剣を抜き、切っ先を捕虜に向けて威圧し、下手に逃げればどうなるかをこれでもかと見せつけた。
さらに、陣地に向かって笑顔を振り撒きつつ、動かぬ躯を踏み付けながら煽りに煽った。
「ほぉ~れ、どうしましたか!? そこで雁首揃えているのは、揃いも揃って腑抜けばかりでございましょうか!?」
ガシッガシッと死体を踏み付け、なお挑発した。
数か月後には一児の母となる女性の行動とは思えぬ苛烈さに、味方の兵すらドン引きしてしまう程であった。
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