9-10 聖戦! 悪の魔王軍団を打ち破れ!

 ヒサコは実にご満悦と言った風に、届けられた荷馬車を眺めていた。出かけるときにはほぼ空であるのに、戻ってくる際には荷物が満載。


 各集落を襲っては食料を強奪し、それらが馬車に詰め込まれて戻ってくるのだ。


 また、もう一つの荷物が、帝国住民の“左耳”であった。どれだけ亜人や獣人を殺したか、それによって褒賞を出すと約しているため、帝国領の村人はほぼほぼ皆殺しにされていた。


 ズルして戦果を水増ししないように、左耳のみに限定しているがそれでもかなりの量だ。


 律義な部隊は百人分単位で袋詰めにして、ヒサコの所にまで運んでいたが、血の滴る袋を差し出しながら、にこやかに状況報告する様は異様としか思えなかった。


 そして、その耳の数を数えているのが、これまた亜人であった。


 ヒサコは麾下の部隊に村を襲わせる際には、皆殺しではなく、一部を生け捕りにして、捕虜を得るようにしていた。


 情報の獲得と言う意味もあったが、それよりも耳を数える作業をやらせるためだ。


 他にも荷運びの手伝いなど、労役の役割を充てていた。



「はいはい、一つずつ丁寧に数えましょうね~。その一つ一つが、あなた方の同胞がかつて生きていたという証なのですから。数え損じはその否定に繋がりかねません。さあ、しっかり数えるのです」



 そう言って、ヒサコは剣をチラつかせながら脅し、耳を数える作業に無理やり従わせていた。言葉の意味は理解できないであろうが、チラつく剣を見れば、自分達がどうなるのかも理解できるというものだ。


 逆らえばその場で死刑。殺され、左耳が切り落とされ、新たに一枚加わるだけだ。


 逃げ出せはこれまた死刑。追い回され、背中を突き立てられ、これまた新たな一枚の耳が山に加わるだけだ。


 さぼっていると判断されただけでも死刑。手を休める事は許されず、ただひたすらに数えさせられた。


 一心不乱に数え、なまりの強い言葉で監督官である兵士に報告し、僅かばかりの水と食料が与えられ、また作業に戻っていく。


 ひたすらこれを繰り返しており、ヒサコはそれを満足そうに眺めているのだ。


 血と死臭が鼻に突き刺さり、死肉に群がる羽虫がこれでもかと飛び交う。数え終わった耳は穴を掘って埋められ、土を被せられておしまい。


 そんな土まんじゅうがいくつも出来上がり、せめてもの墓標にと、曲がったりして使い物にならなくなった剣を突き刺していた。


 これらの光景はヒサコの視界からヒーサの意識に飛び、そこからテアも情報として共有していた。



「これじゃどっちが魔王軍だか、分かんないわよ!」



 これがテアの漏らした率直な感想であった。


 なにしろ、やっていることと言えば、平和な村(ただし住人は亜人)に襲い掛かり、皆殺しの上で財貨や糧秣を分捕り、数少ない生き残りも強制労働で逆らえば即処刑。


 これが“聖女”に率いられた正義の人間軍団であり、“魔王”の旗の下にいる悪の亜人軍団への、当然の行動なのであった。



「いや~、大漁大漁♪ 結構な量の糧秣が手に入ったわね。やっぱり現地調達って楽でいいわ」



 積み上がる食料の山を見て、ヒサコはご満悦であった。これを期待して、王国から運んできた物資は食料よりも矢弾や玉薬などの戦闘用の備品を多めにしてきたので、食料を現地調達できるのは非常に助かっていた。



「サーム、後方には物資の補給も、武器多めでいいからって言っておいてね」



「は、はぁ、畏まりました」



 まだ戦闘らしい戦闘は起こっていないが、それでも反撃される危険はあるので、物資の備蓄はなるべく進めておきたいところであった。



「しかし、ヒサコ様、よろしいのですか?」



「なにかしら?」



「ここまでド派手に行動してしまいますと、相手方との和平の際に支障が」



「んなもん、考えなくていいわよ。サーム、これは人間相手の戦争じゃなくて、“邪悪”な亜人との種族と種族の生存競争なの! 人の世界を脅かす魔王を名乗る皇帝に対する戦い、そう、これは“聖戦”なのよ! 邪悪な亜人を率いている魔王となんか、交渉云々なんてできるわけないでしょ。奪えるものは全部奪う。食料も、財貨も、命さえもね!」



 反論を許さぬヒサコの強い口調に、将軍のサームはただただ従うよりなかった。


 なにより、ヒサコの言葉は正論だからだ。確かに、目の前の光景は悲惨だ。


 村々を焼き払い、住人を残らず根絶やしにし、奪える物は全部奪う。言葉だけ聞いても、それがいかに非道な行いかがわかるというものだ。


 だが、それは全て正当化される。単なる略奪ではなく、武功として誇ってもよい。なぜなら、死んだのは例外なく、人に害成す“亜人”であるからだ。


 言葉は最大の意思疎通の要素コミュニケーション・ツールである。ネヴァ評議国の妖精族は見た目が割と人間に近い上に、なまりはあるが、主に商用の共通語と言うものが存在する。


 一方、帝国はほんの一つまみの上位層を除けば、まず言葉が通じない。一応、言葉を話すだけの知能を有するが、それは部族や種族の言語であり、人間との対話を図れる共通語ではない。


 ヒサコも一応、捕虜の言葉を耳にしているが、ほぼ聞き取れないでいた。赤ん坊の呻き声程度であり、身振り手振りとほんの僅かに聞き取れるいくつかの単語だけで、どうにか意思疎通ができるかどうか、というレベルだ。


 意思疎通ができない。


 醜美の観点から“愛玩おもちゃ”にもならない。


 支配し、長期にわたって使役することも考えていない。


 ならば、答えは二つ。処分するか、使い潰すか、そのいずれかしかないのだ。

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