9-2 逆侵攻! 帝国領に侵入せよ!

 ヒサコとアイクの結婚式は特にこれと言った問題もなく進み、自然と解散する流れとなった。


 王子と公爵令嬢の結婚式にしては簡素であり、面倒な儀式の数々もほぼほぼ省略された。結局、ドレスや正装で着飾り、歌って踊って、酒と料理を楽しんで終わった。


 まるでそこいらの市井の結婚式と変わりなく、そこが却って気安いと新郎新婦共に肩肘張らずに済んだと好評であった。


 そんな二人は結婚初夜を寝所で、とはならなかった。そんなことよりも、最重要な案件がこれから始まろうとしていた。


 アーソ城の中にある一室で、新郎新婦が神妙な面持ちでそこに入ると、先客が椅子に腰かけて待っていた。



「ヨハネス枢機卿猊下、お待たせいたしました」



「いや、なに。互いに忙しい身の上だ。手短に話そう。ただし、濃密な事案を」



「ですわね」



 ヒサコが恭しく頭を下げたのは、『五星教ファイブスターズ』の最高幹部である枢機卿のヨハネスであった。


 二人の結婚式を取り仕切るため、急遽王都よりやって来たのだ。


 枢機卿は全部で五人存在するのだが、その内の一人は王宮に出向し、王族に関する儀式や祭事を執り行うことになっており、その権限によってヨハネスが式の責任者となったのだ。


 だが、これは当然波紋を呼んだ。


 なにしろ、教団は現在、シガラ公爵家と抜き差しならぬ状態になっており、いつ武力衝突が起こってもおかしくないほどだ。


 そんな中で公爵令嬢のヒサコの結婚式を執り行うなど有り得ないと、教団上層部から怒声が漏れ出ていた。


 だが、ヨハネスはそれらの意見を一蹴し、こうして直接足を運んで式を行った。


 露骨すぎるほどの政治的アピール。あくまで戦ではなく、話し合いでの解決を望む、という全方向への意思表示であった。


 現在、教団内においては、法王選挙コンカラーベの最中であった。現法王は病の進行が思いの外に早く、教団の分裂と帝国への対処など、この難局を乗り切るのは無理だと判断されたため、選挙の実施となったのだ。


 次期法王には五人の枢機卿の中から選ばれることになっており、現在ではヨハネスとロドリゲスの二人にほぼ絞られている状態だ。


 当然、票集めは熾烈を極めている。


 表向きは自己の正当性を解きつつ、裏では足の引っ張り合いや、買収すら横行していた。


 なお、ヨハネスは真面目一本で通してきたため、術士としての才覚は国内でも最高峰に位置するが、権謀術数に関しては苦手としている。


 にも拘らず、出遅れた選挙活動と苦手な謀略戦で巻き返しを図れているのは、宰相ジェイクとヒーサの存在が大きかった。


 財の援助から裏工作まで、なんでもござれという至れり尽くせりであり、投票権を持たない二人が選挙情勢を左右するほどの影響力を発揮していた。


 つまり、ヨハネスは自己の正当性を真面目に説いて回り、自身の手を汚さずに普通の選挙活動を行えばいいのであった。


 そして、今回の結婚式もその一環。シガラ公爵家との繋がりをアピールし、自分が法王になればこじれた関係を話し合いで解決するという意思表示であった。


 教団幹部としては、シガラ公爵家の振る舞いは激怒に値するが、かと言って内戦状態になることを許容できるかと言えばそうでもない。そうした迷いに付け入り、選挙権を持つ者に働きかけるのが、ヨハネスの狙いであった。



「さて、ヨハネス猊下に直接お越しくださいましたし、こちらとしてもお話したいことは山ほどございます。お兄様からの言伝もありますし、今後についても意見交換しておきたいです」



「うむ、よろしく頼むぞ、ヒサコ殿」



 ヒサコとヨハネスは握手を交わし、改めて席に着いた。


 なお、アイクについては相変わらずの置物状態であった。


 なにかしらの会議には、体調が許せばほぼ毎回出席するが、基本的には意見を言わず、聞いているだけだ。


 アーソにおける名目上の最高責任者としての、最低限の責務として自身に課しており、実際の行動はほぼヒサコらに任せているが、それでも顔だけでもということだ。



「まず、急を要したことで、そちらへの連絡が遅れてしまいましたが、現在アーソにおいては総動員が発令され、帝国への逆侵攻を企図し、兵が集結しております」



「うむ。第一報を聞いた時は、さすがに肝が冷えたぞ。なにしろ、アーソに来る道中に動員について耳にしたからな。こちらを捕縛しに来たのかと思ったくらいだ」



 ヨハネスはわざとらしく肩をすくめ、ヒサコは頭を下げて情報の遅れを陳謝した。



「ご存じの通り、帝国側は兵を集め、王国への侵攻を企図しています。そこで先んじてこれに先制攻撃を加え、打撃を与えた上で防衛戦に切り替える、という次第です」



「最初から籠城ではなく、攻めの姿勢を見せるというわけか」



「数が数ですし、あちらにも油断があります。現に、ある程度集まった段階でこちらへの牽制攻撃を入れて来てもいいはずなのに、未だに動きなし。ただ集まっているだけ。おそらくは、“指揮官”が不足しているのでしょう」



 この点は偵察をしていてすぐに気付いた。部族間での抗争を繰り広げてきた帝国においては、まとまりを見せる唯一の要因は、“皇帝”という重しだけだ。


 話を聞く分には皇帝はそうとな猛者であることは分かっていた。


 強く無ければ、皇帝を名乗る事など許されないし、まして数多の部族を束ねる資格すらないのだ。


 つまり、皇帝という重しさえなくなれば、後は自然分解する。それこそ、帝国の抱える最大の弱点であると見抜いていた。

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