第9章 開戦! 王国 vs 帝国

9-1 挙式! かくして、王子と聖女(笑)は結ばれた!

 カンバー王国は激動の時代を迎えていた。


 国内不和に端を発し、王家、教団、各地の貴族が離合集散を繰り返し、いつ内乱が発生してもおかしくない、油断ならない情勢であった。


 特に、シガラ公爵ヒーサが『五星教ファイブスターズ』の腐敗を糾弾し、それどころか自身のいる教区を独立させ、法王を勝手に就任させるなど、その対立は修復不可能な亀裂が生じていた。


 これを憂慮した王国宰相にして第二王子のジェイクは、内戦勃発を防ぐために奔走し、どうにかギリギリ持ちこたえさせているようなものであった。


 そんな中、隣接するジルゴ帝国において皇帝が即位するという情報が飛び込み、国境警備に当たっていた部隊はにわかに慌ただしくなった。なにしろ、皇帝は“魔王”を名乗り、王国への侵攻を露骨なまでに示唆する行動を見せていたからだ。


 特に、帝国からの侵攻ルート上に存在するアーソ辺境伯領においては、ヒーサ、ジェイクのテコ入れもあって、戦の準備が整いつつあった。


 ただし、それは“防衛戦”ではなく、“逆侵攻”という常軌を逸した決断であったが。



「まあ、それはさておき、今日一日くらいはそれを隅の置いて、華やかにいきましょう」



 そう皆に述べたのが、辺境伯領の実質的な指導者であるヒサコであった。


 ヒサコはヒーサの妹であり、その類まれなる明晰な頭脳と行動力に定評があり、巷では魔王の侵攻に毅然と立ち向かう“聖女”と呼ばれていた。


 そんな彼女も、今日ばかりは聖女ではなく、一人の女性として幸せを掴もうとしていた。



「うむ、そうであるな。今日だけは肩の力を抜いて、皆で祝おうではないか」



 第一王子アイクの言う通り、今日だけは特別だ。なにしろ、今日はヒサコのアイクの結婚式が執り行われているからだ。


 元々、この二人は出会った頃から親密であった。出会ったその日には芸術や焼物の件で意気投合し、その後も色々と交流を重ね、ついに結婚という運びとなった。


 しかし、その際に問題になったのは、ヒサコは公爵家の御令嬢とはいえ、“庶子”であったことだ。庶子はこの国において、神の祝福を受けぬ存在と教会関係者に認識され、差別の対象となっていた。


 まして、相手は王子という最高の出自であるため、まず結婚はないだろうとさえ言われていた。


 ところがヒサコはその逆境を乗り越え、魔王の手先である黒衣の司祭を打ち倒し、荒ぶる魔獣を仕留めたことから、人々から“聖女”と崇められるようになった。


 これにより庶子という負の要因を飛び越えて、それを上回る名声を手にし、独力で王子との結婚を認められるほどに確固たる地位を築いたのだ。


 そして、今日この日、アーソの地において、アイクとヒサコは夫婦となった。


 式典は簡素であったが、頭数的には盛大であった。なにしろ、最前線と言う事もあって、詰めている兵員が大量に存在し、それらに料理と酒が存分に振る舞われた。


 兵士達は口々に新郎新婦の未来を祝福し、王国に更なる躍進をもたらすものと確信した。


 ただ、列席者の数は多いが、王国の上層部の顔触れがこぞって不在であるのが残念な結果となった。


 なにしろ、王子と公爵令嬢の結婚式となれば、その顔触れは本来ならば王国内でも最上位の面々が出席しても然るべきであるが、その顔が今回の式には見ることができなかった。


 まず、不在の顔触れの中で最たる者は、やはりヒサコの兄夫婦ヒーサとティースであろう。


 この二人は本来ならば出席して当然なのだろうが、昨今の情勢不安によりシガラからアーソへの旅路に不安があり、出席は取りやめとなった。


 なお、それ以上に危険極まりないのは、ヒサコとティースを対面させることであった。


 ヒーサのうっかりミスで『シガラ公爵毒殺事件』の犯人がヒサコだとバレてしまい、父兄の仇がヒサコだと確定されてしまったのだ。


 もし、この二人が顔を合わせた場合、間違いなくヒサコが死ぬかティースが返り討ちにあうかの二択しかなく、会わせるわけにはいかなかったのだ。


 これが兄夫婦不在の理由である。


 一方、アイクの親族、すなわち王家の面々もほぼ欠席であった。


 父である国王フェリクは体調不良のために欠席。


 第二王子のジェイクは多忙のため欠席。


 妹のアスプリクはシガラ公爵領から動けないので欠席。


 どうにかやって来れたのは、第三王子のサーディクだけであった。



「兄上。まずもってご結婚おめでとうございます!」



「おお、サーディク、皆が来れぬ中、お前だけでも来てくれたことは嬉しく思う。そちらもなにかと大変であるからな。もちろん、私はお前を一切疑ってはおらんぞ」



「その一言だけでも救われます」



 相変わらずの温和で人当たりの良い兄の言葉に、サーディクは心が洗われる気分になった。


 現在、サーディクの立場ははっきり言えば悪い。


 そもそもの原因はセティ公爵家にあった。セティ公爵家の出身であったリーベ司祭が魔王の手先となり、黒衣の司祭として数々の陰謀を仕組んでいたことが発覚。


 ヒーサやヒサコ、アスプリクの奮闘によりその陰謀を打ち砕いたのだが、問題のリーベはセティ公爵家当主の弟であったため、世間からセティ公爵家に向けられる視線は厳しいものとなった。


 特に『五星教ファイブスターズ』は現役の司祭の寝返りと言う失態の責任回避のため、徹底的にセティ公爵家を非難し、目の敵にした。


 結果、セティ公爵家の名声は地に落ち、評判はがた落ちとなった。


 そして、サーディクは自分の妻がセティ公爵家の出身であったため、あらぬ疑いをかけられているのが現状であった。


 上二人の兄は疑ってなどいなかったが、それでも世間体というものがあり、何かと動きにくい状態が続いていた。



「サーディク殿下、良くお越しくださいました。出席する顔触れが少し寂しい中、こうしてお顔を出してくださいましたること、感謝に絶えません」



「うむ、ヒサコ殿にそう言ってもらえると嬉しい。これで我らは義理の兄弟だ。今後ともよろしく頼むぞ。特に兄上は体が弱いから、まあ、その、なんだ、程々にな」



「はい、それは心得てございますよ」


 ヒサコは少し恥ずかしそうに答え、アイクの腕にしがみ付いてみせた。見た目は本当に仲のよさそうな夫婦であり、サーディク以外にも人々は口々に祝福を述べた。



「と言っても、明後日には軍を進発させますし、のんびりはできませんけどね」



「それよ! もし、事前に戦のことを聞いておれば、せめて四、五百くらいは兵員を用意してきたというのに、惜しい事をした」



 サーディクは自分の立場の危うさから、名誉回復の機会を伺っていた。帝国への逆侵攻となると、まさに功名の取り時であり、身一つで参戦しようかと思ったほどであった。



「申し訳ございません。何かと急な話でしたので、お知らせする時間がございませんでした。その代わり、来るべき防衛戦では大いに活躍を期待しておりますので、その際はよろしくお願いいたします」



「うむ、ヒサコ殿の期待に応えられるよう、兵の訓練はしっかりと積んでおこう」



「まあ、頼もしいですわ!」



 などとヒサコはサーディクを褒め称えたが、心中は真逆であった。


 と言うのも、ヒサコは逆侵攻に関する情報を、わざとサーディクの手に渡るのを遅らせたのだ。事前に知っていれば結婚式に兵を率いて参列し、侵攻軍にそのまま加わると考えたからだ。



(まだだめ。もう少し不自由な状態でいて欲しいのよ)



 迂闊に手柄を立てられたら、サーディクの勢いが盛り返すこととなり、下手をすると折角手に入れたアーソの地をサーディクに任す、という横槍があるかもしれないからだ。


 そもそもアーソの地の代官は当初はサーディクを当てる意見が多かったが、セティ公爵家の失墜に巻き込まれる形でサーディクも信用を失い、病弱なアイクに回って来てしまったのだ。


 ヒサコの補佐があればなんとかなるだろう。これがギリギリの妥協点であり、サーディクが使えるようになれば、サーディクに回される可能性もあった。


 それを回避する意味での逆侵攻という側面もあった。



(集結前の敵と叩くことにより、兵力差を埋め、こちらの士気を高める。同時にこちらの名声を高めさせ、交代論を打ち消す意味もある)



 すべては計算ずく。この結婚式も含めて、茶番でしかない。


 なにしろ、ヒサコという人物はそもそも存在していない。この世界に転生してきた戦国の梟雄“松永久秀”によって生み出された、身代わり人形に過ぎないからだ。


 【性転換】、【投影】、【手懐ける者】など、神に与えられし様々なスキルを駆使して操られている分身体にすぎないのだ。


 滑稽な事に、この結婚式に花嫁は存在しない。存在しない女性と結婚し、存在しない女性に祝辞を述べ、存在しない女性に拍手を送る。


 事情を知る人間ならば、これほど滑稽な光景は他にないであろう。


 だが、それもこれもすべては、魔王を倒すための仕込みである。


 この結婚式が終われば、兵士達は出立の準備をして軍を進め、花嫁もまた甲冑を着込んで戦場に赴くこととなる。


 これはほんの前祝のようなものだ。“松永久秀”の頭の中には、すでに魔王をいかにして倒そうかという道筋は組み上がっていた。


 あとは、魔王の実力や行動が、予想を上回るものでないことを願うばかりであった。

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