8-46 軍議開始! 風雲急を告げる辺境伯領!(1)

「はい、それじゃあ、会議始めますね~」



 一人の女性の声と共に、会議の開始が告げられた。


 ここはアーソ辺境伯領の城にある一室で、その場には辺境伯領を運営する主だった顔触れが揃っていた。


 上座に座しているのはヒサコ。シガラ公爵ヒーサの妹であり、一部では“聖女”と称えられている。


 並外れた知略の冴えを見せ、アーソでの騒乱の際には怪物退治で名を馳せ、黒衣の司祭リーベをヒーサやアスプリクと共に追い詰めるなど、その活躍は目覚ましい。


 邪神を奉ずる異端派を討滅せし者、それゆえに“聖女”と称えられているのだ。


 なお、大半の人間は知らないことだが、ヒサコとヒーサは同一人物であり、本体と分身体に分かれて活動していた。どちらがどちらかと言うことは状況次第で入れ替わっているが、今のヒサコは分身体であり、本体ヒーサが遠隔操作で操っていた。



「皆、忙しい中、良く集まってくれた。今後のことでいくつか重要な事案がある。よろしく頼むぞ」



 発言の主は第一王子のアイクであるが、彼は発言し終わったら部屋の隅へとそそくさと移動した。一応、このアーソの代官であり、権限上はこの地の管理運営を行っている責任者のだが、はっきり言ってお飾りであった。


 政務に関してはヒサコが、軍務に関しては武官が取り仕切っており、アイクはそれぞれの部署から上がってくる決裁書に署名捺印をするだけであった。


 頭は良いのだが芸術にしか興味がなく、しかも病弱であり、領地経営などまったくやる気がない。アイクがこうしてアーソにいる理由も、ヒサコがいる、この一点のみであった。


 そんなお飾りの代官に代わり、領地経営の中枢をヒサコと共に担っているのが、目の前にいる四名だ。


 まず、シガラ公爵家の武官であるサームだ。公爵軍の中枢を担ってきた人物であり、アーソの動乱においてもヒーサと共に兵を指揮し、活躍した。


 その後もアーソの地をとどまり、現地の統治と地元民との融和を図り、アーソの領民からの評判も高い。


 次に現地出身の武官アルベールだ。若いながらも勇猛果敢な武人であり、その力量はヒーサも評価していた。ご当地出身ということで地理民情に詳しく、皆から頼られていた。


 また、公爵領にいる術士ルルの兄でもあり、早く妹が戻って来れるようにと願い、功績を上げて妹の待遇をより良いものにしてもらおうと奮起していた。


 次に王都から派遣されてきた武官コルネスだ。王国宰相ジェイクはアーソの防備を固めるべく、中央軍から精鋭を選り抜き、それをコルネスに任せて派遣してきたのだ。


 選り抜かれただけあってかなりの練度を誇り、それを任されたコルネスも優秀だとヒサコは評価していた。


 訓練を通して感じたことは、コルネスはやや柔軟性に欠けるものの、指揮統率は手堅く、守勢においては無類の粘り強さを発揮していた。


 また、コルネスが選ばれたのは、彼の妻がジェイクの妻であるクレミアに侍女として仕えている点もあった。


 クレミアはアーソの前領主カインの娘であり、相続上彼女が本来の領主となるはずであった。


 しかし、クレミアは宰相夫人、ゆくゆくは王妃になる立場のため、最前線とも言うべきアーソの地に赴任するのは適当とは言い難いのが実情だ。


 その代理としてジェイクの兄であるアイクが代官として派遣され、更にクレミアと妻を間に挟んで関係深いコルネスが選ばれたという側面もあった。


 政務もこなせて攻守に均整の取れた万能型のサーム。


 自ら突撃して敵陣を穿つ攻撃型のアルベール。


 手堅い指揮で固める守備型のコルネス。


 以上の三名が最前線の軍務を司り、『辺境の三将軍』と呼ばれた。


 これに加えて、政務担当としてシガラ公爵領から派遣されてきた、ポードが行政官に任命されていた。


 元は公爵家に仕える執事見習いであったが、ヒーサの行った行政改革、すなわち算盤の普及と複式簿記の導入を真っ先に覚えた人物の一人であり、その見識をアーソの地でも広めるようにと派遣されたのだ。


 そのため、公爵領と同じく行政改革が行われ、そのままポードを主幹に据えた業務体系が構築され、現在に至っていた。


 そして、“遠方にいる領主の代理の代行”という複雑な政治事情の下、ヒサコが全てを統括し、運営されているのが現在のアーソの情勢であった。



「さて、まず最初の案件なのだけれども、私とアイク殿下が正式に結婚することとなりました」



「それはおめでとうございます!」



「「おめでとうございます!」」



 長年シガラ公爵家に仕えてきたサームが口火を切って祝辞を述べ、他もそれに続く形で祝いの言葉を述べた。前線と言う殺伐とした空気の中にあって、久々に聞く吉事であった。



「それで、王都からヨハネス枢機卿猊下が間もなくやって来られ、式を取り仕切ってくれるそうです。宰相閣下の取り計らいで」



 このヒサコの発言を聞き、その場の全員はピンときた。恐ろしい程に裏のある政治的な理由に気付いたからだ。


 現在、『五星教ファイブスターズ』は『教団大分裂グラン・シスマ』と称される分裂の時を迎えていた。王国全土の祭事を取り仕切り、また術士の管理運営を任されてきた教団であったが、ここ最近は特に腐敗が著しく、良識的な人間からは眉を顰める事案がいくつも発生していた。


 これに対して、ヒーサは堂々と正面から対決姿勢を見せ、あろうことか“法王”を勝手に選出し、『改革派リフォルマーズ』を名乗ってシガラ教区を教団から切り離して、実質的に宗教的な独立を果たしたのだ。


 当然、これに対し教団主流派は激怒し、取り潰そうと動いたのだが、昨今の教団の腐敗ぶりにうんざりしていた者も多かった。


 それはヒーサの予想を超えており、『改革派リフォルマーズ』に同調する言動を見せる貴族が多く、また全面対決を望まぬ宰相ジェイクの必死の調停もあって、ギリギリではあるが内戦一歩手前で止まっていた。


 そして、その行方を占うのが現在、教団総本山『星聖山モンス・オウン』において行われている、次期法王を決める法王選挙コンカラーベであった。


 法王は五名いる枢機卿の中から選ばれることになっており、教団幹部がこれに投票して決することになっていた。


 最有力候補は筆頭枢機卿のロドリゲスであったが、シガラ公爵領に訪問した際に失態を演じ、その支持を落としていた。


 一方で、ジェイクに推される形でヨハネスが立候補し、猛烈な勢いで指示を伸ばし、両者の支持率が大きく狭まってきていた。


 ロドリゲスはシガラ公爵に対して恨み骨髄であり、もし法王になれば全面対決は避けられないとされていた。


 一方のヨハネスは改革志向の持ち主であり、全面戦争を回避するための唯一の手段が、ヨハネスを法王に据えて『改革派リフォルマーズ』との会談に臨む事とされており、改革を受け入れてでも戦争は避けるべきと考える穏健派から支持を伸ばしていた。


 両者共にあの手この手で支持者を増やそうと説得して回ったり、あるいは行動によって訴えかけたりと、票集めに奔走していた。


 表はもちろんのこと、裏でも選挙活動や各種駆け引きが激しさをましており、今回のヨハネス訪問もその票集めの一環と言う訳であった。

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