8-29 鬱陶しい横槍! 戦力の集中が邪魔される!

 何もかも順調。ヒーサはそう考えていた。


 だが、不穏の影がないわけではない。


 むしろ、特大の奴が発生したとも言えた。



(そう、ここへ来て、いよいよ魔王側の動きが活発になってきたからな。ジルゴ帝国の件は捨て置けん)



 ジルゴ帝国は獣人や亜人など、気の荒い種族で構成される国だ。帝国などと言われているが、まとまりのない連中であり、日々戦いに明け暮れ、どの種族、部族も覇権を握ろうと戦っていた。


 そして、時折、実力を持った者が皇帝を名乗り、人間種のカンバー王国や、妖精種のネヴァ評議国への侵攻を企図するようになる。


 そして今、皇帝が現れた。しかも魔王を名乗り、情報では人間種らしいとの情報まで入っていた。



(とんでもない剣の達人だと聞いているが、いかんせん情報が少なすぎる。アーソにいるヒサコに対応させることになるだろうが、今こちらにいる戦力も振り向けねばならんな)



 はっきり言えば、シガラ公爵家の抱える戦力は、公爵領の方に集中し過ぎている感が否めないのだ。


 兵員の数ではそう大差はない。シガラは軍備の増強に努めており、アーソに兵員を割り振った後でも、まだ五千からの兵力を抱えていた。


 一方の最前線であるアーソには、およそ四千名の兵力が存在する。シガラからの派遣もあるし、現地の兵力も足しているので、それくらいの数にはなるのだ。


 兵数はそこまで開いていないが、問題は“術士”の数である。


 現在、アーソの地にいる術士は“ゼロ”なのだ。かつては教団から身をやつし、存在を隠していた術士がかなりの数存在したが、そのすべてが現在シガラ公爵領に移住しており、各地の農地や工房で新たな生活を営んでいる。


 これにより公爵領の生産性は爆発的に向上し、ヒーサの敷いた効率的な行政も相まって、シガラ公爵領は他の追随を許さないレベルにまで成長を遂げていた。


 生産性の向上は蓄財に一役買い、それを以て新たな農地や工房を造り、また軍の装備拡充にも寄与していた。


 その点では良かったのだが、戦力としての術士が大いに不足する事態にもなっていた。


 これはヒーサの失策であった。


 財を成し、戦力を増強し、それから戦端を開くと言う手順で行くつもりであったのだが、帝国の侵攻という予定外の横槍が入ったためだ。


 生産に回している術士を、戦力として再配置するという手順が、完全に遅れていた。


 そうした懸念があるため、ヒーサの視線は自然と和気あいあいと過ごす耳の長い姪と叔母に向けられていた。



(アスプリク、アスティコス、最悪、この二人だけでも、アーソに移ってもらう必要があるな。あとは、現地に詳しいルルにも行ってもらうのが適切か。マークはティースの直臣だからシガラ、カウラの領域外には出せんし、ライタンは法王として最前線に出すわけにもいかんしな)



 質の高い術士も揃ってはいるのだが、シガラから出撃させれる者が少ない。


 なにより、まだ実際に戦いが発生していないだけで、『五星教ファイブスターズ』と『改革派リフォルマーズ』の戦争もあり得る状況でもあった。


 最前線だからと言って、アーソに戦力を集中させ過ぎては、展開力に悪影響を出してしまう。


 シガラが攻撃を受けると言うことは生産に影響が出ると言う事であり、相手に攻撃を躊躇わせる程度には後方にあったとしても、シガラの地から戦力を他所に移すことがはばかられた。


 そう考えると、生産要員の術士はそのままに、質の高い高練度の術士を選抜して、前線に張り付いてもらうのが効率的と言えた。



(まあ、そこら辺は少数精鋭のやる気次第なのだがな)



 アーソへの派遣となれば、ルルは問題なく引き受けてくれるだろう。なにしろ、アーソの地はルルの故郷であり、その防衛となれば喜んで参戦してくれるはずだ。


 現地には兄アルベールもいることだし、これについては懸念はなかった。


 問題はアスプリクだ。


 アスプリクは今、法衣を脱ぎ捨てて自由の身になっており、このシガラの地においてのびのびと暮らしていた。


 生まれてこの方、王女と言う生まれでありながら煙たがられ、利用され、時に慰み物として辱めを受け、今に至っていた。


 恨みつらみのある、国内のバカ者共相手であれば全力でその力を奮うであろうが、帝国との戦争ではどうなのだろうか、という不安があった。


 命令ではなく、あくまでお願いと言う形で納得して行ってもらわねばならないのだ。



(ではまあ、折角であるし、ここらで鎖をこっそりとかけてみるか)



 白無垢の少女を解放した当人が、今度は自分に都合のいい様に、別の鎖で縛ろうとする。度し難い程の自分勝手であったが、勝利のためにはやむを得ないと、自分を納得させていた。


 口では何とでも言えるが、結局のところ、人間は誰しも“自分が一番かわいい”のだ。

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