8-28 二人の耳長! 叔母と姪を懐柔せよ!

 カウラ伯爵家の三人組が地下室で、今後の世界情勢を左右しかねない話し合いが行われていた頃、その地上では和気あいあいと言った雰囲気で、やって来た女エルフ、アスティコスの歓待が行われていた。


 なお、ヒーサは三人組が屋敷内に入っていくところを目撃していたが、またいつもの実りない報告や作戦会議でもやっているのだろうと、特に気にもかけずにいた。


 なにしろ、目の前のエルフの方が重要であったからだ。



「さて、エルフの里に比べれば、いささか劣ると思うが、長旅の疲れもあるであろうし、存分に飲み食いしてくれ」



 庭先にテーブルを眺め、テーブルクロスを敷き、その上には料理が並べられていた。


 なお、今日の主賓はエルフと言うこともあって、料理人には肉や魚などの生臭ものを使わないようにと厳命していたため、出された料理は豆や野菜、果実ばかりであり、少しばかり寂しく感じる者もいた。


 とはいえ、公爵がこうして直々に歓待してくれているわけだし、何よりエルフを歓迎するのが主目的であるため、不満を口にする者はなかった。


 なにより、酒類が充実しているので、酔ってしまえば料理のことなんぞどうでもいいか、などと考える者までいるほどだ。



「よぉ~し、皆に杯が行き渡ったな! さあ、新たな先生を迎えして、シガラ公爵家のますますの繁栄が約束されたと言うものだ。存分に飲み食いしてくれ!」



 ヒーサがそう言うと、皆が一斉に杯に注がれた酒を飲み干し、宴が始まった。


 ちなみに、座り方としては、主賓であるアスティコスが上座に座り、その横をヒーサとアスプリクが固め、更にその横にルルが座ると言う形だ。


 本来ならティースもここに加わるのだが、いつにも増して話し合いが長引いているため、空席のままであった。


 なお、肝心のアスティコスは料理や酒などはどうでもよかった。


 彼女にとっては姪のアスプリクに会いに来るのが目的であり、他の事などどうでもよかったからだ。


 ぎこちないながらも、エルフの叔母と、半分エルフの姪はにこやかに話していた。


 互いに喜んでいるのはその笑顔と、時折動く長い耳から察する事が出来た。



(まあ、表面上は穏やかではあるわな)



 ヒーサは敢えて話に加わらず、二人の会話を眺めるだけにしていた。ヒサコの姿をしていれば、あるいは図々しく会話に参加したであろうが、この場では謙虚で紳士的な男として振る舞う必要があると考え、控えめな態度のままでいた。



(なにしろ、茶の木の種を手に入れるためとはいえ、【大徳の威】を失ったからな。通常のやり方では、相手の好感度を稼ぐのに手間や時間がかかってしまう。これからの人付き合いは、慎重さが求められる)



 この世界に飛ばされる直前に貰ったスキル【大徳の威】は、魅力値に大幅なブーストが入り、誰とでも親密になれると言う破格の性能を持っていた。


 余程の猜疑心や殺意でもなければ、ほぼどんな相手にも通用するほど強力なスキルであり、転生直後はなにかと役に立ってくれた。


 仁君のフリをしていなければならないという縛りはあるが、それを考えた上でも極めて有用なスキルであり、人脈構築やティースとの関係修復に役立ってくれた。


 惜しくはあったが、すでに人脈構築は出来上がっており、確固たる社会的地位も確立していた。


 また、結婚当初は微妙であった夫婦の間柄も、今では【大徳の威】の性能とヒサコへの敵愾心ヘイト稼ぎのおかげで、“夫婦円満”になっていた。


 つまり、【大徳の威】の必要性が薄れてきたのだ。


 また、新たな人脈構築も、“茶の湯”を用いて代用する気でいたため、そこまで惜しいスキルと言うわけでもなくなっていた。



(むしろ、強引にでもアスティコスを連れ出せた方が大きいな)



 楽しそうに話す叔母と姪を見つつ、ヒーサはそう思うのであった。


 “箸”を始めとする食文化の刷新に活躍してもらうつもりでいるが、もう一つは戦力としての運用であった。


 アスティコスは経験不足のため、知略戦ではかなり引っかかるし、実戦経験もまだまだ未熟の域を出ていない。毎度ヒサコにやられていたのもそのためだ。


 だが、だからと言ってアスティコスが弱いわけではない。


 もし対等な条件での戦闘であれば、ヒサコの姿でアスティコスに勝つのはかなり厳しい。ヒサコがアスティコスに勝てたのも、基本的には不意討ちや精神攻撃いいくるめに寄るところが大きい。


 弓は達人級であるし、術の才能にも恵まれている。的確に指示を飛ばしたり、あるいはそれらを活かせる壁役がいれば、途端に化けるタイプだとヒーサは考えていた。



(距離が詰まった状態でばかり戦っていたからな。腕力勝負ならヒサコで十分であったが、それ以外の戦い方ではまず勝てん)



 不意打ちで距離を詰め、あとは腕力に任せてねじ伏せるやり方で、ヒサコはアスティコスに勝っていたのだ。


 そういう意味では、アスプリクもそうだ。小柄な上に腕力もアスティコスよりさらに乏しく、組み付ければ余裕で倒せる。


 だが、それを補って余りあるほどの術の才能を有している。アーソの地でそれはしっかりと拝見させてもらっており、一人で千人分の働きをするという話は、嘘でもなんでもないことを確認できた。



(この二人は、いずれ編成する術士を中核に据えた特殊部隊の要となる。私の言うことを聞くように、色々と手を回しておかんとな)

 


 アスプリクに関してはすでに問題はない。


 ヒーサに関しては絶大と言ってもいい程に信頼を寄せているし、なにより決して裏切れない“共犯者おともだち”の関係もあるのだ。


 アスプリクはいままでの“ツケ”を回収するために、酷い仕打ちをしてきた家族や教団への復讐を考えている。そのための手助けをするのが、自分の役目であるとヒーサは考えていた。


 その過程での“国盗り”は、自分へのご褒美という感覚だ。


 すべてを手にし、平伏させ、アスプリクの復讐も完遂する。今はその“騒動の種”が芽を出し、育ち、蕾の状態にまでなってきたところだ。


 花が咲いて実を収穫するのにはもう少し手間はかかるが、それも時間の問題となりつつある。

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