8-27 最善策!? 悪役令嬢を討つために必要な事!

 必死で考えるナルは、ようやく考えがまとまりつつあった。


 まず優先すべきは、主人ティースを激発させない事。


 下手に動かれて反撃を食らえば、何もかもが終わりであるからだ。



「状況を推察するに、ヒーサがヒサコの悪行を知っていたのは間違いないと思います。問題は、どの程度関わっていたのか、あるいは、いつ知ったかです!」



 ナルとしてはとにかく、時間を稼いで主人が冷静さを取り戻す時間や理由を与えなくてはならなかった。今動けば、確実な破滅が待っている。


 絞り出す言葉も慎重に慎重を重ねていた。



「なら、ヒーサも同罪だわ! 知っていながら、私に一言も告げてないんだもの!」



「お気持ちは分かります! ですが、とにかく落ち着いてください! ですので、まずはヒーサに対しての詰問をなされるのが良いでしょう」



 状況的には、ヒーサは間違いなく毒殺事件の裏側に関わっている。問題は、主犯か、共犯か、巻き込まれて黙認したか、この三種の内のどれかだ。


 前二つならヒーサも同罪。断罪されて当然だが、巻き込まれたのであれば話は変わる。


 巻き込まれたのならば、最終的なヒサコの処断には同意してくれるであろうし、暗殺の運びとなれば協力も見込める。



「まず、ヒーサに事情を話し、ヒサコの処断を申し出ます。これで相手の出方を伺いましょう」



「あんな男、今更信用できないわ! 話したところで白を切るか、誤魔化すに決まっている! 今までそうだったじゃない!」



 そう、ヒーサはヒサコの事を黙していたのだ。毒殺の件を気付いていながら、何食わぬ顔で今の今まで過ごしてきた。


 これはティースに対しての重大な裏切り行為であり、決して看過できないことでもあった。


 それに相談を持ち掛けるなど、ティースの感情が許さなかった。



「ヒサコを処断するにしても、その後が続きません! 我らが単独で動いて事を成せば、その先にあるのは確実な破滅です! それを回避するためには、どうしてもヒーサの協力がいるのです! ヒーサの口から妹の不行状を公表させ、ヒサコの処断は仕方のないことだったと、世間を納得させるのです!」



「だから、もう信用できないって言ってるでしょ!」



「信用云々ではありません! “利害”でお考え下さい! 利害の一致、秘密の共有、これが間に入れば、信用がなくても手を結ぶことができるのです! 互いに裏切ったら、破滅をもたらすのですから、ヒーサも乗らざるを得ません!」



 ナルも必死だ。ナルもヒーサの事は最初から信用していなかったが、ティースの暴走を止めれる存在が、ヒーサしかいないのだ。


 伯爵家の存続のためには、ヒーサの協力が必要不可欠であり、ヒーサの許可が必要であった。


 仮に単独でのヒサコの暗殺を謀ろうものならば、勝手に何をしてくれたと激怒し、その後の“口封じ”も含めて、伯爵家は確実に抹消される。


 唯一の活路は、ヒーサとヒサコを“同時”に暗殺し、ティースの腹の中にいる子供を公爵家の跡取りにしてしまうことだ。


 謀らずも、毒殺事件において、ボースンが謀ったとされる公爵家乗っ取りの策、「マイスとセインを殺してヒーサに家督を継がせ、ティースとヒーサの間に子供を作らせる。その後にヒーサも殺し、残った子供を当主としてを裏でそれを操る」という図式が、そのままピタリと当てはまる状況を作り出してしまうことだ。



(だが、それは厳しい。今、ヒーサとヒサコは離れた場所にいる。これを同時に襲撃して暗殺するなど、とんでもなく至難の業! どちらかが生き残ってしまえば、確実な報復が待っている。失敗する可能性が高い以上、これはできない!)



 なにしろ、カウラ側の戦力はナルとマークの二人しかいない。各々がヒーサとヒサコの暗殺を同時に成功させるなど、とんでもない難易度であった。


 離れた場所で正確に意思疎通を図り、呼吸を合わせて動くなど、それは“人間”には不可能な事だ。



「ですから、まずはヒーサに打ち明け、その上で動くのです。裏の事情をばらされたくなければ、こちらの言う通りに動け、と脅しをかけるのです。秘密の共有さえなされれば、相手は絶対に裏切りません。それ以上の危険な案件でも持ってこない限りは!」



 これがナルの出せるギリギリの策であった。


 一番信用のできない男を頼らなければならないのは不本意であったが、ヒサコ処断後の事を考えると、どうしてもヒーサの協力ないし黙認を獲得しておかなくてはならなかった。


 説明を受けたティースも、その表情は苦悶に満ちていた。


 ヒサコを今すぐにでも始末したかったが、それでは目の前のナルやマークをも犠牲にすることを意味しているからだ。


 また、お腹の中にいる子供の事もある。愛する夫との子供が、今やもっとも信用のできない男との子供に変じてしまったとはいえ、自分の子供であることには変わらないのだ。


 堕ろすつもりはない。子供は未来の希望そのものであり、それを消してしまう事には躊躇があった。


 なにしろ、生まれてくる子供には、一切の罪はないのだから。


 悩み抜いた末に、ティースは決断した。



「ヒーサに打ち明けましょう。ただし、僅かでもヒサコを擁護するために虚言を吐いた場合は、ナル、マーク、その場で始末して! いいわね!?」



 ティースにしてもギリギリの決断であった。もうこうなった以上、夫婦仲は完全に崩壊したと言ってもいい。もうあの男に抱かれることなど御免であった。


 今までの記憶さえ、跡形もなく消してしまいたい気分だ。


 だが、それでもこの場の三人が全員生き残りつつ、ヒサコへの制裁を加えようとした場合、ヒーサを引き入れる以外の道はない。


 ナルの用意したギリギリの策を、ティースは受け入れた。


 苦渋の決断であったが、この道を選んだ。


 後はヒーサがどう出るか、それだけが気がかりとなった。

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