8-26 実行不可能!? 悪役令嬢を守る壁!

 重要な証拠足り得る“鍋”と“箸”の直線上にいる金髪碧眼の娘はヒサコのみ。


 犯行動機も十分。


 探していた“村娘”はヒサコで間違いないと、ティースは確信した。


 すぐにでも義妹の下へ赴き、復讐を果たさんと言う勢いであったが、従者のナルは熱くなりすぎている主人を宥めるべく、口を開いた。



「なるほど、ティース様の仰る通り、ヒサコが例の村娘である可能性が固まったと見て間違いないかと思います。ですが、問題があります」



「問題? ヒサコを締め上げれば終わりじゃないの?」



「そう、それです。それが“許されるかどうか”という問題です」



「はぁ!?」



 ティースとしては、ナルの発言が信じられなかった。


 今まで散々探しても見つからなかった犯人がヒサコであるとほぼ確定し、あとは拷問にでもかけてヒサコの口を割らせればよいと考えていたのだ。


 だが、それをナルは否定した。しかも、拷問すら否定したのだ。


 ティースは自身の考えに同調しない家臣を睨み付けた。



「なんでよ、ナル! あの愚妹の首を締め上げたら終わりでしょ!? 鞭で引っぱたいて、火で焙って、最後は大好きな毒でぶち殺してあげりゃいいのよ!」



「それがダメなのです! 事件当初であれば、それも可能でしたでしょう。なにしろ、当時のヒサコは本当にただの村娘、公爵家の血を引いていたとはいえ、庶子として実質捨てられた日陰者なのですから」



 ヒーサの話では、ヒサコは庶子として生を受け、領内の隅で細々と暮らすことを余儀なくされたと聞かされていた。


 それを自身の公爵位継承と同時に、正式な身内と認定して、公爵令嬢になったのだ。


 ただ、疑問点はヒサコの存在を、ヒーサとテアを除けば、全員が知らないと言う点だ。公爵家に入る以前の情報が、あまりにも少なすぎるのだ。


 この点から、ナルはヒサコの事をヒーサが兄妹と振る舞うため、自分に似せて作った“人造人間ホムンクルス”ではと疑ったこともあった。


 だが、それの生成に必要な魔術工房がどこにもないため、やはりヒサコは庶子として先代公爵によって完璧に隠匿された“普通の人間”では、という考えに落ち着いた。



「ヒサコは今や、“公爵令嬢”であり、“第一王子の婚約者”であり、“聖女”なのです!」



「それが何だって言うのよ! あいつが父の仇! 兄の仇! 犠牲になった家臣の仇! それだけで十分なのよ!」



「世間がどう思うかが問題なのです! 仰る通り、あの愚か者には、相応の制裁を加えることには賛同いたします。ご命令とあれば、すぐにでも始末して参ります! 毒殺、刺殺、焼殺、殴殺、絞殺、お望みの殺し方で始末して参ります! ですが、それではティース様ご自身も破滅してしまいます!」



 それだけはナルとしては許容できることではなかった。今の今まで忍従してきたのも、主君であるティースの幸せを考えればこそであった。


 復讐のために自身の破滅まで許容されては、仕えてきた意味を失う。絶対に避けねばならないことだ。



「冷静になってお考え下さい。今、ヒサコは確固たる地位を築いています。遠からず、アーソ辺境伯領も差配できるようになり、軍事力まで手にすることになるでしょう」



「だから、そうなる前に始末しようって言っているの!」



「公爵家と、王家と、民衆まで敵に回すことになります! そうなれば、聖女を殺した稀代の悪女として、ティース様は未来永劫、悪名と共に伝わる事となります! それではあまりに!」



 ティースとヒサコの仲が悪いのは、多くの人々が知っていることでもあった。仲が拗れに拗れて、ついに激発した、と世間には取られかねないのだ。


 事情を公表したところで、それが信じられるかと言うのも微妙なところだ。世間ではすでに、「カウラ伯爵家が異端宗派と組んだ謀略」として固まっている状態だ。


 ここにティースが喚いたところで、戯言だと一蹴される恐れがある。


 どころか、“聖女ヒサコ”を貶める存在と思われ、「やはりカウラ伯爵家の人間は世間を混乱させようとする『六星派シクスス』の尖兵だ」などと言われては、お家断絶となるのは明白であった。


 今、カウラ伯爵家が名義の上だけでも存続を許されているたった一つの理由のは、真犯人ヒサコの兄である公爵家当主ヒーサの好意だけなのだ。


 ヒーサが心変わりすれば、一瞬で吸収され、存在そのものが抹消される。それほど今の伯爵家は脆い状態であった。


 それ以上にナルにとって気掛かりなのは、ヒーサの存在だ。



「ティースの幸せだけを考えよ。そうすれば、ティースも、お前も、幸せになれる。自分の気持ちと、今の言葉を忘れるな。損なうな。時に主人の願いであろうとも、暴走したらばそれを諌めるのが臣下の務めであるとも心得よ」



 これは以前、ナルが一度だけヒーサと主人を介さずに交わした会話の一部であり、それが頭の中を駆け巡っていた。


 伯爵家の興隆とティース個人の幸せ、それが対立した時、ナルは後者を選ぶとヒーサに告げた。


 そして、主人が暴走した時、これを抑えよと告げられた。


 今まさに、“その時”がやって来たのだ。



(ああ、チクショウ! ヒーサに時間を与え過ぎた! 度し難い失態だわ! あれからすでに百日くらいの時間が経過している。あの発言はこうなることを予想した上での牽制! ティース様にヒサコの裏事情を暴かれたら、確実に暴走することが分かっていたのか!)



 時間の経過があまりにも痛すぎた。


 時間があったと言うことは、すでに守りを固めるなり、何らかの対処法を考えていることだろう。そこにむざむざ攻め込んでは、返り討ちにあうのは必至であった。


 今、ティースはヒサコの件で怒り狂っている。もし、暗殺して来いと言われたら、実行に移すつもりではあるが、その後は確実な破滅が待っている。


 ティースを守ることも、伯爵家を再興することも、もはや不可能な状態となる。


 怒り狂う主人を宥めつつ、善後策を考えて、“ヒーサの了承の上”でヒサコを締め上げねばならない。


 難しい舵取りを迫られるナルは、焦りを抑えつつ、必死で思考を巡らせた。

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