8-25 掴んだ証拠! 村娘の正体、見破ったり!

「私達が探していた“村娘”、その正体は“ヒサコ”だったのよ!」



 主人であるティースからそう告げられ、ナルは衝撃を受けた。


 先代のカウラ伯爵であるティースの父ボースンは、何者かにハメられて毒キノコを受け取り、それを先代のシガラ公爵マイスとその嫡男セインに食べさせ、毒殺を試みたということに世間ではなっていた。


 伯爵家にとっては不名誉な事であり、これを覆すためにティースは事件の真相を追っていた。


 だが、証拠、証人とも消え失せており、父に毒キノコの渡した“村娘”が誰なのかは、ようとして知れなかった。


 一応、ヒサコも容疑者の一人にはなっていた。実際にその口から「カウラ伯爵領を欲している」と口にしていたことも聞いていたし、動機も十分であった。


 性格もあの破天荒ぶりを誰しもが認識しており、毒くらい平気な顔をして盛るだろうという、ある種の確固たる信頼もあった。


 だが、肝心の“村娘”と“ヒサコ”を結ぶ線が存在しなかった。あるとすれば、“村娘”の情報を唯一持ち帰った伯爵家の騎士カイの報告にあった“金髪碧眼の娘”という、たったの一言のみなのだ。


 無論、“金髪碧眼の娘”と言う情報のみでは、どう足掻こうとも犯人にはたどり着けない。なにしろ、そんなありきたりな情報のみでは証拠足り得ず、その外見的特徴を持つ者などいくらでもいるからだ。



「では、我々が追っていた“村娘”と“ヒサコ”を結ぶ線を見つけた、ということでよろしいのでございますね? まずはそこをお話しくださいませ」



 ナルは怒り狂う女主人を宥め、事情の把握に努めた。


 ティースの思考は飛躍していた。ヒサコの秘密を知り、そこからヒーサが妹の裏事情を知りつつ、それを秘密にして自分を丁寧に扱い、ヒサコへの容疑を逸らせている。


 そこまで思考が進んでいるのだ。


 その考えが正しいのであれば、ティースのヒーサへの怒りも正当なのだが、そこへ至る情報がナルには欠如していた。視察で別行動をとっていたことが仇となったと言えよう。


 自分かマークのいずれかが帯同していれば、あるいはもっと上手く立ち回れたかもしれないが、それは過ぎたことであり、悔やんでも仕方がなかった。


 最近は平穏続きであり、騒動の種であったヒサコも遠方にあって、自分自身にも油断があったと、ナルは自身の軽率さを悔いた。


 だが、それ以上に今重要なのは、主人から事情を聴き出し、状況を分析することであった。


 ティースもナルに宥められ、ある程度は冷静さを取り戻し、一度呼吸を整えてから話した。



「村娘とヒサコを結ぶ線、それは“鍋”と“箸”よ」



「“鍋”ですか」



 その単語には、ナルもすぐにピンときた。


 ヒーサが茶畑に持ち込み、茶の木の種を入れていた鍋。あれはヒサコから届けられたと告げられていた。どういう性質の物なのかは判別できなかったが、たしかにあればピカピカと輝き、普通の鍋とは違う雰囲気を出していた。


 そして、騎士カイの報告にも、「伯爵様が道端で煮炊きをしていた娘が使っていたピカピカの鍋に注目されて、馬の足を止められた」とあった。


 数少ない外見的特徴の情報だ。


 ナルもその点には茶畑で鍋を見た際に感じたが、それだけでは結び付けるのは安易と考え、あくまで頭の中に留める程度にしていた。



「ちなみに、“箸”とは?」



「先程まで、ティース様が使っていた、二本の細い棒の事です。エルフ族ではあれを使って食事をしているそうで、公爵もあれを普及させたいと言ってました」



 答えたのはマークであった。


 たしかに、自分が戻って来たときにティースが、二本の棒で小石を摘まむ作業に没頭していたことを思い出し、ナルは“箸”のことを知った。


 そして、これにもピンときた。


 騎士カイの報告の中に、「その娘は二本の棒のような物で鍋の煮炊きをしていた」という話があったからだ。



「それにね、さっきのエルフの話だと、ヒサコはエルフに教わる以前から箸の使い方を熟達していたみたいなのよ。つまり、エルフの道具であるはずの“箸”を、ずっと以前から使えていた、ということ。鍋のことよりも、むしろこっちの方が重要だと思う」



 ティースからの補足の説明を聞き、ナルも完全に納得し、同時に確信した。


 鍋は道具であり、所有者は変わってしまう。ピカピカの鍋を持っていた、というだけでは、真犯人だと断定するのには弱すぎる。


 だが、“箸の使い方”という技術だけはどうにもならない。技術の習得には時間がかかり、それを使えると言うことは大きな証拠になり得る。



「ああ、それで先程、ティース様が箸に執着なさっていたのですか。箸の使い方、習得するのにどれほどの難易度があるのか、確かめるためだったのですね!」



「ええ、そうよ、マーク。それに気付いたから、むきになったフリをして箸を使い続けたの。結果は無理だった。あれは一朝一夕で身に付くものではなかったわ。かなりの時間、修練を要する技術だと思う。エルフの里に行く前のヒサコが、どうしてそんな技術を持っていたのか、これは重大な疑義となるわ」



 証拠は出揃った。


 “金髪碧眼の娘”という外見的特徴。


 “ピカピカの鍋”という小道具の所有者。


 “箸の使い方”という本来習得できないはずの技術。


 “伯爵領への野心”という犯行動機。


 “ヒーサを介せば実行できていた”という行動範囲。


 これらをすべてひっくるめて考えた場合、“村娘”と“ヒサコ”が同一線上に存在する。


 そう、父ボースンに毒キノコを渡した存在はヒサコ、これがティースの中で確定したのだ。

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