8-10 自信喪失!? 伯爵家当主は暗く沈む!

 何もかもが力不足。自分より秀でた者など、周囲にはいくらでもいる。


 それがティースの自信を失わせていた。



「私が力量不足なのだろうか?」



 誰もいなくなったがらんどうの屋敷の居間で、ソファーに身を投げてそう思うティースであった。


 母は早くに亡くしたが、優しい父や兄がいた。


 傅く家臣もいた。執事、侍女、庭師、調理師、厩舎番、多くの人々がこの屋敷にいた。


 だが、今は誰もいなくなった。


 手入れはされているが、すでに空っぽに等しい。住むべき主人は、他領に移り住み、ここに来ることは本当に稀なのだ。


 手に入れたものもあるが、失ったものも多い。見慣れた顔は領内の各所に散り、今与えられているそれぞれの職務に就いている。


 なお、その職を斡旋したのは、自分ではなく夫のヒーサだ。


 名義しか残っていない伯爵家に仕えるよりも、開拓事業で活気のある現場に行った方が遥かにマシだろう。そういう心配りであった。


 ヒーサは極めて優秀だと、ティースは側にいて強く感じていた。


 自分はできる女だと言う自負はあった。武芸全般に通じ、読み書き計算もこなし、史書や兵法書にも目を通して、研鑽を重ねてきた。


 だが、ヒーサはその上を行っていた。遥かな高みから、見下ろされているという自覚すらあった。


 武芸はともかくとしても、知性、懐の深さ、人を引き付けまとめ上げる力は本物であり、自分では届かない領域に到達していると言ってもいい。


 頼もしくもあるが、同時に何もできない自分が情けなくもある。


 無論、ヒーサはそんなことを一切、態度にも言葉にも出さない。それどころか、領主としての仕事中は秘書官として帯同しているティースに対して、よくやってくれていて感謝している、とすら述べていた。


 その笑顔があまりにも眩しすぎる。


 そう、ティースにとって、今の生活は居心地が良すぎるのだ。果たすべき復讐があるというのに、それを横に追いやってしまいそうになる、自分自身に嫌気すら覚えていた。


 だが、この屋敷に来て、久方ぶりの誰もいない実家に戻って来て、ようやくに思い出したのだ。



「そうだ。私にはやらねばならないことがある。父の汚名を晴らすため、なんとしても事件の裏に潜む真相に辿り着かねば!」



 拳を天上に向かって突き上げ、気持ちを新たにするティースであった。


 だが、その想いとは裏腹に、調査はまったく進展を迎えないまま半年が過ぎていた。


 あの忌まわしい事件から半年、何の手掛かりも掴めていないのだ。


 証拠は跡形もなく消され、証人もすでに故人になった人々ばかりだ。唯一の手掛かりは、父ボースンに毒キノコを渡したと言う“村娘”なのだが、それがどこにもいないのだ。


 ほぼしらみつぶしに近い形で、公爵領内の若い女性に絞って捜査しているが、それらしい人物はいない。かすりもしない。


 やはり他所からの工作員で、すでに逃亡済みか、と考えるのが自然と言えた。 


 “公爵夫人”としては順風満帆。されど、“伯爵家当主”としては何もできずに、無為に時間を浪費しているような状態だ。


 先代の汚名を晴らしてこそ、真にカウラ伯爵の号を受け継げると考えているだけに、ティースにとっては苦痛でしかない事実であった。


 なんとかしたいと考えつつも、どうにもならない不甲斐なさ。


 調べても調べても、何も出てこない焦燥感。


 それらが重しとなって、ティースを抑えつけていた。


 あるいはこのまま、ヒーサの妻としてだけの時間を過ごした方がどれだけ楽なのだろうかと、考えてしまうこともあった。


 実際、今や若くして国内最大級の影響力を誇るまでになった大貴族の夫人であるし、それに乗っかる形でこのまま順風満帆に進んで行けば、悩みもなくなる事だろう。


 それをせずに、敢えて苦難の道を選ぶのは、単なるわがままなのかもしれないと考えてしまうこともしばしばだ。


 ナルやマーク、数こそ少ないが、そのわがままに付き合ってくれている家臣の苦労を思うと、安楽な道に足を踏み入れたくもなるというものだ。


 公爵夫人か、伯爵家当主か、どちらを本道に据えて生きるべきか、ティースの悩みの答えはまだ出ていなかった。


 夫に寄り添う安楽な道か、独立独歩を目指す苦難の道か、選ばねばならないとは分かってはいるものの、結論を出すには至っていない。


 歴史ある伯爵家の当主として何と不甲斐ない事かと、ティースの口から重々しいため息が自然と漏れ出していた。

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