8-4 考察! 皇帝への対処方法!
工房都市パドミアを後にした一行は、再びカンバー王国を目指して、荷馬車で街道を進んだ。
街の賑やかさにはしゃいでいたアスティコスも、今は神妙な面持ちで静かにしていた。
「やっぱり気になる? ジルゴ帝国の皇帝のこと」
無言でいるアスティコスに、ヒサコが体を寄せながら尋ねた。
アスティコスはヒサコの事を恐れていた。なにしろ、目の前のこの人間は、自分の住んでいた里を焼き払い、さらに最強のエルフであった父プロトスをも殺し、聖なる墓標とも言うべき茶の木を強奪した大悪党であるからだ。
しかも、その手にはプロトスを直接手にかけた
わざとか気にもしてないのかは判断できないが、それでもこの一人と一匹に迫られては、びくりと体の一つも震わせると言うものであった。
しかし、里の崩壊はともかく、里を出るという件に関しては自分の望んだことでもあるし、目的である姪のアスプリクに会うまでは、この不本意な案内人の世話になるより他なかった。
我慢だ我慢と言い聞かせ、震える体をどうにか止めて、ヒサコに視線を向けた。
「ジルゴ帝国は蛮地であるって、父が言ってましたからね。実際、前の皇帝登場のときにも、他のエルフを率いて参戦したと聞いてますから」
「へぇ~、あの石頭が、積極的に動くとはね」
「それだけの大事ということです。実際、かなりの森が焼失し、それを元通りにするのに苦労したと言ってましたから」
「なるほど。変化を嫌うからこそ、森の領域を犯す者は許せないというわけか」
外の世界に興味のないプロトスが動いた、ということ自体が危機的状況の証と言えた。
そして、その脅威がいよいよ迫っていると言うのだ。緊張の一つもすることだろう。
「それでこっちはどうするの? シガラ公爵領に戻るのか、それともアーソ辺境伯領に留まるのか、どっちかになると思うけど」
そう尋ねてきたのは、御者台に座していたテアであった。
テアとしても、今後の動向は気になるところであった。なにしろ、ジルゴ帝国の皇帝は“魔王”を称しているのだ。嘘の可能性は高いが、かと言って無視するにはあまりにも大きな相手であり、捨て置くことはできなかった。
「そうね。そうなるでしょうけど、今の考えでは辺境伯領止まりになると思うわ」
「あ、そうなんだ。でも、茶の木の種はどうするの?」
「早馬でも飛ばして、届けさせるわ。とにかく重要なのは、国境の守りを固める事で、アーソが最大の緊要地になるってこと! 帝国と国境を接する地点なんだし、最も危険な場所になる。あたしかお兄様、どちらかを配置しておく必要があるし、それならあたしが留まる方がいいでしょう。お兄様は内向きな仕事が多すぎるから」
ヒーサ・ヒサコは本体、分身体の別はあっても、中身は松永久秀であり、意識は共有され、操作することが可能なのだ。そう考えると、アーソで前線指揮を執りつつ、シガラ公爵領やあるいは王都ウージェにおいて全体を戦略的に統括するのが最良と言える。
しかし、そうなるとヒサコは無位無官のただのお嬢様であり、戦略的指導を取るのは不可能であった。
無論、弱味を握っている宰相のジェイクを挟んで動かすことは可能であるが、ヒーサが動くよりも鈍くなってしまうのは必定であった。
一方、アーソ辺境伯領はアイクが代官を務めることがほぼ固まっており、それと結婚さえしてしまえばどうとでも動かすことができた。
以上の事情を踏まえると、ヒサコを前に出し、ヒーサが後ろで援護するという形で行くのが、なにかと都合がいいのだ。
「ちょっとちょっと! それだとあたしの立場はどうなるんですか!? 姪の所まで案内してくれるからだとの約束ですよ!」
抗議の声を上げたのはアスティコスだ。なにしろ、今の彼女の行動原理は、姉の忘れ形見である姪のアスプリクに会う事だけであり、それが崩されるのは明確な約束違反であった。
怖いものの、これだけは譲れないと、勇気を必死に絞り出して、ヒサコを睨み付けた。
「うん、あたしが直接案内するのは難しくなったことは認めるわ。でも、アーソの領内に入れば、こっちの勢力圏だし、シガラ公爵領までの案内役を付けて上げることはできるわ。どのみち、種を届ける大役もあるし、誰かを公爵領まで向かわせないといけないから、それに同行すれば公爵領にはいけるわよ」
「まあ、それならいいですけど、絶対にアスプリクには会わせてよね!」
「それは絶対に保証する」
ヒサコとしても、アスティコスとアスプリクの面会は必須だと考えていたため、約束を反故にする気など更々なかった。
もはや何も残されていないアスティコスにとって、唯一の心の支えはアスプリクに関することだけであった。
里を焼かれ、父も失い、帰るべき場所のない彼女にとって、ただ一人の身内であり、赴くべき場所は姪だけなのだ。
実力も十分であるし、ぜひアスプリクにアスティコスを篭絡させ、使い勝手のいい手駒に仕立てようと、ヒサコは考えていた。
皇帝の実力が未知数な異常、使えそうな人材はいくらいても欲しいのであった。
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