8-2 皇帝即位!? 動き始めたジルゴ帝国!

 そうこうして言う内ににルーデンの工房前に着き、黒犬つくもんを留守番にして荷台に残し、三人は中へと入っていった。


 ドワーフの職人が幾人もいる工房で、中は相変わらずの熱気に包まれていた。



「ルーデンさん、お久しぶりです~。世界一可愛くて、誠実で、太っ腹なお嬢様のご帰還ですよ~」



 ヒサコの張り上げた声に、テアとアスティコスは「嘘を付くな」と心の中で悪態ついたが、いつもの事なので表情には出さなかった。


 そして、程なくして工房の棟梁であるルーデンが現れた。



「おぉ~、ヒサコのお嬢ちゃん、無事に帰ってきたか。どうやら目的は果たせたようだな」



 ルーデンの視線の先にはアスティコスがいた。行きにはいなかったエルフの娘が加わっているので、樹海にあるエルフの里から戻って来たことは一目で分かった。



「んで、これ。お借りしていた道具類一式はお返ししますね。賃料は発注品のお代に上乗せしていただいて結構ですよ」



「それには及ばん。戻ってくれば何も文句はないしな」



 ルーデンはヒサコに貸していた『軽量化の布ライトクローク』などの道具類を受け取ると、豪快に笑いながら答えた。


 なにしろ、ヒサコは隣国の、それも今をときめくシガラ公爵のご令嬢なのだ。ルーデンにしてみれば、上得意を捉まえたようなものでもあるし、多少のサービスなどすぐに取り戻せると言うものであった。



「それで、注文の品はできていますか?」



「おう。出来とるよ。確かめてくれや」



 そう言うと、別の職人がヒサコが発注した品を持って来た。


 一つは真鍮製の火箸であり、もう一つは風炉であった。


 茶を点てる上で、火をおこして湯を沸かすのは必須である。茶室であれば備え付けの炉があるが、外で野点のだてを興じる場合には、持ち運びできる風炉が欠かせない。


 風炉があってこそ、場所を選ばず茶事を行うことができるのだ。



「お~、これこれ! これがやっぱりないとね!」



 ヒサコは嬉しそうに風炉を両手で掴み、持ち上げた。どっしりとした真鍮製であり、黄銅色に輝いていた。また、そこには短くも太い三脚があり、重厚な設えとなっていた。



「今はピカピカに輝いているけど、次第に侘びた色合いになってくるでしょう」



 ヒサコは風炉の出来栄えに満足し、ゆっくりと置いて、今度はもう一つの火箸を掴んだ。


 器用に二本の長い火箸を動かし、近くにあった骸炭コークスを掴んでみた。



「うん、よし。手に馴染むわ。十分、実用に耐える」



 ヒョイッと掴んで見せる様は見事なもので、それを見ていたアスティコスを驚かせた。



「というか、前から疑問だったんだけどさ、あなた、箸の使い方、上手いよね。誰から教わったのよ?」



「それは秘密」



 この世界においては、食事道具カトラリーが未発達で、ナイフもフォークも普及しておらず、ほぼ手掴みで食べている有様であった。


 その中にあって、エルフ族にはなぜか箸が普及しており、それで食事をしていた。


 アスティコスはヒサコが牢屋に入れられている際、何度も食事を運んだが、人間種が知らないはずの箸の使い方を熟知し、しっかりと使っていることに驚いていた。


 特に、豆腐のような柔らかい物も掴んでおり、力加減も完璧に行えていると感心していた。



(まあ、転生者であることはもう少し伏せておこうかしらね。アスプリクに会わせてみて、具合が良ければ話してみましょう)



 アスティコスを連れている理由の一つに、その姪に当たるアスプリクに会わせると言う約束があるからだ。


 エルフの里を焼き払い、里長にしてアスティコスの父プロトスすら殺害したにも拘らず、彼女がヒサコに付いて来ているのは、姪に会うためなのだ。


 その約束は反故にするつもりはないし、なによりアスティコス自身の力量もかなり高く評価していたため、手放すのが惜しいのであった。


 現段階では“恐怖”で縛っているようなものであるが、これはヒサコに向けたものであって、ヒーサに向けられたものではない。



(そう。またいつもの“まっちぽんぷ作戦”でいくのも、状況次第ではありよね)



 ヒサコでボコボコにした後、ヒーサで優しく手を差し伸べて篭絡する。これまで妻であるティースを始め、数々の人間を餌食にしてきた、この世界における松永流人心掌握術であった。



「ルーデンさん、ありがとうね。お代はいかほどかしら?」



「こんなもんでどうだ?」



 ルーデンは一枚の板を差し出してきた。そこには経費や技術料などが書き込まれており、一番下にはその合計金額が書き込まれていた。



「うん。それでいいわ。支払いはカンバー王国の通貨でいいかしら?」



「おお。重さで測るから、別に構わんぞ」



 金や銀の価値は万国共通。これがあるからこそ、種族や国が違えど、商売が成り立ち、物流が生まれると言うものである。


 貨幣制度が存在しなかったエルフの領域とは違い、ドワーフは実に商売のやりやすい種族と言えた。



(まあ、岩塩を通貨代わりにしてちゃ、運ぶのが面倒だもんね)



 エルフは森の中に住んでいるため、塩が貴重品であり、森で採取された薬草やあるいは木工品と塩と交換することで、かろうじて外界との交流があった状態だ。


 一方、ドワーフは鉱山業と鉱石からの加工品を輸出している種族だ。冶金、鋳造の技術に非常に優れており、隣国からでも足を運んで仕入れたい商人はいくらでもいた。


 なにより、ドワーフは農業技術に劣っているため、大好物いきがいである酒以外の食料品の生産性が悪い。そのため、カンバー王国の商人達は食料品を輸出して、工芸品や金属製品を持ち帰ることが主流となっていた。


 ヒサコもそれに目を付け、出来栄えを確認するうえで、金属製の茶道具の発注をかけてみたわけだが、それは十分に満足する内容であった。



「よし、確かにお代はいただいた」



「ええ、いい取引だったわ。また、発注をかけると思うから、そのときはよろしくね」



「おう、いつでも待っているぜ」



 ヒサコとルーデンは握手を交わし、互いにいい関係が築けたことを満足した。


 ヒサコとしては、腕のいいドワーフの職人との“よしみ”ができたので、今後の道具作りに弾みがつくというものであるし、ルーデンにとっても公爵家からの特注という上客が手に入ったので、歓迎するべきことであった。


 商売とは双方向であり、両方が得をするような取引でなければ、決して長続きしないものである。そう言う意味では、今回の取引は両者にとって納得のいく素晴らしい商談と言えた。



「時に、ヒサコのお嬢さんよ、国に帰るんなら急いだほうがいいぞ。じきに戦が始まりかねん」



「おや、カンバー王国が逼迫した情勢なのが、こちらにまで伝わってましたか」



 なお、王国内を引っ掻き回している当人が、のほほんと言ってのけていた。何しろ、国元に残していた分身体ヒーサを使って王家や教団、各地の貴族を巻き込んだ大騒乱を準備している真っ最中だ。


 ドワーフ族とは国境を挟んでいるとはいえ、交易商が行き交う関係であるので、その手のきな臭い話が伝わっていても不思議ではなかった。


 だが、そうしたヒサコの予想が大きく外れることとなった。



「そっちもそうなんだが、今危ういのは、ジルゴ帝国の方だ。ここ最近、急に湧いて出た話なのだが、“皇帝”が即位したと発せられたんだとさ」



 ルーデンからもたらされた初耳の情報に、ヒサコは笑顔から急に真顔へと変じた。ふと視線を後ろに向けると、やはりテアもアスティコスまで険しい表情になっていた。


 ジルゴ帝国は亜人種や獣人種など、種族単位で気性の荒い連中の集合体であった。“帝国”などと名乗っているが、集団としてのまとまりはなく、各部族や種族単位で固まって、いつも覇権を競い合っている野蛮な地域だと王国でも評議国でも認識されていた。


 しかし、そんな力こそ正義の場所だからこそ、それを取りまとめれる力を持った“皇帝”が現れたときは、王国や評議国にとって苦難の時節となるのだ。


 なにしろ、普段内輪揉めしかしていない連中が、皇帝の旗印の下に結集し、襲い掛かってくるからだ。


 戦慣れした連中が、最強の戦士でもある帝国皇帝と共に襲い掛かってくる。王国にとっても、評議国にとっても、それは度し難いレベルの災厄であった。


 また面倒事が起きそうだと、ヒサコは少しばかり悩ましげな表情を浮かべ、ため息を漏らした。

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