第8章 暴かれし悪役令嬢

8-1 再訪問! 戻ってきた工房都市!

 活気あふれる街並みを一台の荷馬車が進んでいた。


 馬車に乗る三人と一匹の内、一人はその街に来るのが初めてであり、それどころかこれほど多くの人々が行き交う姿など見ることすら今までなかった。


 物珍しそうに幌から身を乗り出し、立ち並ぶ商店や工房を眺めた。


 この工房都市はパドミア。ドワーフ族が多く住まう場所で、周辺の山々から産出する様々な鉱石を用いた工房が軒を連ねていた。


 カンッカンッと金槌が打ち下ろされる音、あるいは炉の熱気、はたまた各種商店からの呼び声など、それは活気と喧騒で満たされた空間であった。



「すっごい数! 里の何倍いるのよ、この街は!」



 幌から顔を出す金髪碧眼の少女は、あまりの人数の多さに呆気に取られていた。



「アスティコス、あんまり身を乗り出さないの。落ちるわよ」



「大丈夫よ。平気平気」



 アスティコスと呼ばれた少女は、初めて見る賑わいへの好奇心に勝てず、忠告を流した。


 アスティコスはネヴァ評議国の大樹海にある森の妖精エルフの里の出身で、今は旅のエルフとして森を飛び出していた。


 癖のない長い金髪をなびかせ、澄んだ青い瞳は物珍しさに輝いており、その小柄な体つきから少女のようにも見えるが、齢はすでに百五十を過ぎた立派な成人だ。


 そして、その落ち着かないエルフ娘を窘めたのがヒサコであった。


 こちらも金髪碧眼であるが、その体躯は人間の女性の中でもかなり恵まれた体格をしていた。


 カンバー王国シガラ公爵家の当主ヒーサの妹であり、現在は兄の求めていた“茶の木”の種の入手に成功。その帰路に着いている最中であった。


 なお、この公爵令嬢は仮の姿。と言うよりも、本来存在しないはずの女性であり、神の奇跡によって生み出されたと言っても過言でなかった。


 ヒーサとヒサコ、この兄妹は同一人物であり、その正体は戦国日本の梟雄“松永久秀”その人だ。


 女神の導きによって異世界カメリアに転生し、その転生した姿こそヒーサなのであった。


 転生の際に数々のスキルを身に付け、その内の一つ【性転換】によってヒーサとヒサコの兄妹を一人二役でこなし、ヒサコがさも存在するかのように振る舞っているのだ。


 また、現在では進化したスキルによって、別個体を生み出す《投影》まで身に付けており、より兄妹の偽装を円滑に行えるようになっていた。


 時にヒーサとして、時にヒサコとして、それぞれに姿を変え、あるいは分身体を使って擬態し、その正体や真意を隠し続けていた。


 なお、松永久秀を転生させた女神は、現在馬車の御者台で手綱を握っている、シガラ公爵に使える侍女テアとして帯同していた。


 神としての力はほぼ封印されて失っているが、転生させた英雄たる者に付き従うことが義務付けられており、現在に至っていた。


 そして、荷台の中で丸まって眠っている黒毛の仔犬がいた。


 姿こそ可愛らしいが、これは擬態であり、その真の姿は王侯級悪霊黒犬ロード・ブラックドッグというかなりの高難度の怪物モンスターであった。


 本来の姿は軍馬よりもさらに大きな犬であり、実体と幽体を自由に切り替えるという特性を持った存在で、これをヒサコがスキル【手懐ける者】で従属化していた。



「さて、そろそろルーデンさんの工房に着くわよ。降りる準備しといてね」



 テアがそう声をかけると、ヒサコはいそいそと渡す道具や財布を取り出した。



「行って戻ってくるまで、三カ月はかかったからね。完成していると良いんだけど」



 ヒサコは上機嫌に述べ、注文している品が完成していることを心待ちにしていた。


 以前立ち寄った際に茶道具を何点か発注しており、その出来具合の確認という意味合いもあった。


 茶の木の種が確保できた以上、“喫茶文化推進計画おちゃのみたい”は本格始動したと言ってもよい。当然、その道具類の確保にも余念がなくなるのだ。



「ここのドワーフの工房では、火箸と風炉を注文してある。で、あとは台子は漆器で行くから、シガラ公爵領の工房で作る。水指は磁器でいくから、これはケイカ村の窯場に発注しておく。茶碗はアイク殿下の出来次第かな~。茶筅、柄杓、棗は木工品でいくとして、茶釜はもちろん『不捨礼子すてんれいす』でいく! んん~、ワクワクしてくるな~」


 思わず鼻歌でも口ずさみそうな楽しげな雰囲気に、テアは毎度のことながらため息を吐いた。



「あのさぁ、茶事の準備が整いつつあるから、浮かれるのもわかるんだけど、戦の事もちゃんと考えてよね。“本物”の魔王がどっから襲ってくるか分からないんだから」



「はいはい、分かってますよっと」



「分かっているようには見えないんだけどね~」



 念願の茶事に向けて徐々に道具類が整ってきており、しかも今回の旅で茶の木も手に入った。


 かつての世界で炎に包まれて以来、久しく味わって来れなかった茶の湯が、もう手の届くところまでやって来ていた。

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