7-51 吹っ切れた女神! もう手段は選んでいられない!

 状況はかなり厳しい。よりにもよって、魔王側も“強くてニューゲーム”だなどと考えたくもなかった。


だが、現実としては有り得る事であるし、そのための備えは必須であった。



「ねえ、ヒサコ、茶の木は絶対に持って帰るのよね?」



「正確には、その種だけどね。前に聖域で見た時には丁度実がなっていて、あれから時間も経過してるし、そろそろ種が出来上がっている頃だと思うのよ」



「まあ、木を引っこ抜いて持って帰るより、種として持って帰った方が楽だもんね」



 なお、やろうとしていることは墓荒らしと同義である。エルフ族は死んだ同胞を聖域に埋め、そこに茶の木を植える習性があるのだと聞かされていた。


 つまり、聖域の茶の木はエルフにとっての“墓標”であり、それを持ち去るのは墓荒らしに他ならないのだ。


 ヒサコとテアが聖域に踏み込み、エルフの怒りを買って捕縛されたのも、相手にとって墓荒らしであったからだ。



「一応ね、こっちも何度も機会は与えたのよ? 岩塩だって持ち込んで、それと交換しましょうって。まあ、木を引っこ抜くのはさすがに気が引けるでしょうけど、落ちてる種を拾う事すら拒否したんだから、こっちも容赦してやるつもりはないわよ」



「容赦も何もないと思うんだけどな~。生えた茶の木は、同胞の生まれ変わり、って考えだと思うのよね。輪廻転生、森の木々と共に生き、土に帰り、また生えてくる。あちらの感覚なら、その循環の輪を乱す行為だと捉えられてもおかしくはないわ」



「でしょうね。でも、それは“あっち”の都合であって、“こっち”の都合ではないのよ。交渉の機会は与えた。そして、拒否された。ならば、答えは一つ」



 ヒサコは準備運動を止め、ポンとテアの肩に手を置き、ニヤリと笑った。



「殺してでも、奪い取る。切り取り御免、それが戦国の作法ってもんよ」



 ああ、またかと、テアはつくづく目の前の英雄を“共犯者パートナー”に選んでしまったことを悔いた。


 転生させた相棒は、とにかく好き放題だ。最初に「自分の流儀でやらせてもらう」と約束したとはいえ、今まで連れて歩いた他の英雄とは、一線を画する存在と言ってもいい。


 我欲の塊のような存在で、決してブレることなく、自分の興味や欲望を満たそうとする。そのためならば、他人がどうなろうと知った事ではなく、親しげに話していた者ですら、表情を崩すことなく始末してしまえる。


 そして、それに慣らされてしまっている自分がいることに、テアもまた戦慄を覚えていた。


 神が人を導くことはあっても、人が神を変質させるなど、あってはならないのだ。



(人の視点で長く居過ぎた。本来、神は天上から世界を眺める者。しかし、今の私は地上から同じ視線で、世界を眺めている。これは本当にさっさと終わらさないと、後で色々と不具合が出かねないわ)



 神としての実力は高くとも、あるいは魂や精神についてはまだ脆い部分があったかもしれない。少なくとも、この世界での出来事で、テアはそう痛感していた。


 そう言う意味では、よくできた“試験”だとも言える。自分を見つめ直すいい機会になったし、吹っ切れる切っ掛けにもなった。


 そして、女神は決断した。


 テアはヒサコの腕を掴み、その顔を見つめた。



「今更だけど、もう手段を選んでいる状態でもなくなった。あなたの仮定が正しかった場合、この世界はSランク相当の難易度に変化してしまったと言う事。それは条件達成がほぼほぼ不可能になったと言う事でもあるわ。でも、私は諦めないし、あなたも諦めていない。ならば答えは一つ」



 もう迷っている段階ではなかった。上位存在からの通達がない以上は試験は続行であり、このバグった世界すら乗り越えてみせよと言う意思表示なのかもしれない。


 ならば、超えてみせよう。目の前の外道の英雄と共に。



「ヒサコ、いえ、“松永久秀”、あらゆる手段を使いなさい。思いつく限りのことをやりなさい。そして、どこかに潜んでいる魔王を打ち倒すわよ」



「初めからそのつもりよ」



 ヒサコの返事は素っ気ないものであった。会食の約束をして、それを了承したような、その程度の反応であった。


 世界を揺るがす存在を倒そうなどという、気負いが一切ない。実に自然体だ。


 だが、事ここに至っては、これ以上に頼もしい存在もない。目の前の英雄の最大の強みは、類稀なる知略もさることながら、他人なら躊躇う手段を迷いなく繰り出せる点に求めてもよかった。


 多分、これから酷い事をするのだろう。出会っておよそ体感時間で半年、今までもそうだったように、これからもそうすることだろう。


 それがたまたま、罪のないエルフの里を焼き払う程度のことなのだ。


 魔王を倒す、最大目的の前では、その程度のことなど“些事”に過ぎないのだ。


 この外道にとっては、茶を飲んでゆっくりしたいという以上の願望はなく、それを邪魔する者は誰であろうと排除する。


 本当にただそれだけなのだ。



「んじゃま、早速やっちゃいましょうか。そう、“魔王”の初陣を、ね」



 ヒサコは実に悪い顔をしていた。笑顔と言うにはおぞましく、楽しむと言うには血生臭い。


 それに、テアも気になるところであった。


 何を指して“魔王”などと言い放っているのかと。


 もちろん、本物の魔王などではなく、何かの比喩なのであろうが、テアにはそれが分からなかった。


 だが、ヒサコがこう言っている以上、間違いなくエルフの里は焼き払われることだろう。あの澄まし顔の里長も、何度も会話を続けたあの女エルフも、その他多くの里の住人も、全員殺し尽くすことだろう。


 ただ、“茶の木”を手にするという、自己の欲求を満たすためだけに。


 テアはそれを止めるつもりはなかった。もう、目の前の英雄以外に、この世界の全容を暴き出せる人物などいないからだ。



(友軍なし! 援護なし! 敵は強大! でも、やり遂げないといけない。もうなりふり構ってらんない。こいつに全部を賭けるしかないんだ)



 テアは決意が鈍らぬよう、再度自分に言い聞かせた。


 その姿に満足したのか、ヒサコは笑顔で応じ、その肩を何度か叩いた。



「さあ、始めましょうか。神を騙るハイエルフ、その尖った耳と鼻をへし折るために。なにより、茶の木を手にするために」



 かくして、地獄が始まった。ヒサコが用意した最悪の惨劇が今、開幕したのである。

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