7-50 残された希望! 女神よ、諦めるのはまだ早い!

 女神テアは頭を抱えていた。先程のヒサコの推論を聞き、現在の絶望的な状況を認識させられたからだ。



「まずいなんて、レベルじゃないわ。かつての記憶を持った状態の魔王なんて、どう足掻こうと勝ち目ないじゃない! 姿を見せず、恐ろしいほど慎重に動いているのは、あちら側も色々と事前情報を握っているってことだものね」



 通常、魔王は降臨する神と英雄の組よりも、少し遅れて監督官である上位存在が、世界に堕とすことになっていた。


 あるいは、魔王を仕込んでおいても、時期が来るまでは動かすことなく眠らせておく場合もある。


 その時間差を利用し、自己のレベルアップを図ったり、あるいは魔王が降りてくる器を探し当てておいて、降臨と同時に対処に動く、というのがいつものセオリーだ。


 ところが、今回の魔王は“前回”の記憶と言う名の情報を握った状態なのだと言う。能力値は普段と変わらなくても、“経験”がある以上、いつもと違う行動を取るのは必然であった。


 無論、これはあくまでこれまでの情報を元に、ヒサコが予想した推論ではあるが、少なくとも魔王が降臨しているはずなのに、一向に動きも姿も見せない理由にはなっていた。


 英雄も、魔王も、今回に限って言えば、どちらも“強くてニューゲーム”状態なのだ。


 普段ならば、転生してきた英雄のみ、若返りなどの肉体的な恩恵に加え、スキルカードによる能力値の強化や特殊技能の習得など、こちら側だけが“強くてニューゲーム”になるはずであった。


 しかし、今回は魔王側も情報という上乗せがなされており、敵方もまた“強くてニューゲーム”ということになるのだ。



「まあ、あくまで推論だし、決定的な証拠があるわけじゃないしね。でも、あたしが考えている最悪だと、そんな状態だってこと! あなたもそれは頭の中に入れておいてね」



「最悪だわ。地元の進学校に願書出したら、なぜか全国トップの学校の入試を受ける羽目になったってところか。うん、無理♪」



「例えがよく分からないけど、希望がないわけじゃないからね」



「ホント!?」



 テアは急にパッと表情を明るくし、椅子から立ち上がってヒサコに詰め寄った。肩を掴み、目を輝かせて、ユサユサ体を揺さぶった。



「教えなさい! 早く教えなさい!」



「落ち着きなさい。そういうところが神様っぽくないのよ」



 ヒサコはテアを落ち着かせてもう一度椅子に座らせた。


 一度深く呼吸をして、互いに気を鎮めてから再度口を開いた。



「今回の魔王は情報を持っている。ゆえに、その立ち回りはあなたがこれまでより経験したどの相手よりも、慎重になるでしょうよ」



「強い上に慎重だなんて、こっちからしたら悪夢でしかないわよ」



「でも、まだ勝機はある。んでさ、尋ねてみるけど、今魔王はどこにいると思う?」



「それが分かってたら苦労しないわよ。アスプリクとマークが怪しいってのは、例の【魔王カウンター】での検査結果から導き出されるけど、こうまで状況がめちゃくちゃになった以上、確信が持てないわね。どこに潜んでいるのやら」



「はい、それが答え」



「ほへ!?」



 訳が分からず、テアは目を丸くして驚いた。



「姿が見えない、潜んでいる、これが現在の魔王の状態よ。それで、どうしてそんなことをしているのかしらね?」 



「あ、そっか。もしこっちを蹴散らせる状態にあるのなら、わざわざコソコソ隠れている必要なんかない。慎重な立ち回りをしていると想定した場合、こちらにある“何か”が、魔王側にとっての不安材料になっているってことか!」



「そう。慎重な魔王が隠れ潜んでいるってことは、倒されるかもしれない何かを感じ取っているってこと。魔王自身がこちらの勝機に気付いて、それに対する対策ができるまで出てこれない。楽観的に見て、という条件付きだけど、そう言う状態なんじゃないかな」



 薄い可能性ではあったが、説得力のある推察でもあった。少なくとも、勝機がない状態よりかは、遥かにマシと言えよう。



「あるいは、何かを待っていて、それが来るまで身を潜めているとも取れるけどね」



「何かって、何よ?」



「さて、魔王の考えていることなんて、こっちにゃ分からないわよ。まあ、何かを恐れてジッとしている可能性が高いとは思うけど、潜んでいるうちはまだ大丈夫ってことよ」



「それまではまだ、こちらにも時間的な猶予はあるってことね」



「そう。で、こちらも“準備”が整ったわけだし、さっさと里を出るとしましょうか」



 そう言うと、ヒサコは席から立ち上がり、大きく背伸びしたり、腕を軽く振り回したりと、何やら準備運動を始めた。



「さて、こっからはこの世界に来てから、一番の大立ち回りになるかもしれないから、あなたもちゃんと付いて来てね」



「え? マジ? あの“ヒーローショー”以上の事をやるの!?」



 テアはアーソでの一件でのことを思い出し、ブルリと背筋を震わせた。


 はっきり言えば、あれはまさに外道の極みであった。味方のフリをして領主の息子を誘い込んで暗殺、その罪を別人に擦り付け、その黒幕に仕立てた男と死闘を繰り広げる演技まで見せ付けた後、きっちりこれを抹殺してすべての証拠を隠滅した。


 あれもかなりの演技と大立ち回りを必要としたが、今回もまたそれをやろうと言い出したのだ。


 いったいどんな準備をしていたのか、テアとしては気になるところであった。


 なにしろ、聖域で捕縛され、牢屋に入れられてからというもの、ヒサコがやって来たのは食べて、寝て、喋っての繰り返しであった。


 もちろん、それにも意味があったことは認識していた。


 配膳をやってくれていたアスティコスに色々と吹き込んでエルフの里に情報を拡散させ、長のプロトスが危機感を覚えるほどに動揺を与えていたのだ。


 そう言う意味では、いつも通りの三枚舌が炸裂したと言えよう。


 また、テアも先程知ったのだが、森の中の移動中に実は小鬼ゴブリンを誘導しており、エルフの聖域を襲わせるように仕向けていたのだと言う。


 これも結局は軽く蹴散らされるだけであり、プロトスの不興を買った程度の意味しかない。


 だが、それもこれも、これから起こる事の“仕込み”でしかないのだと、ヒサコは言い切ったのだ。

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