7-49 最悪だ! 悪役令嬢、冷や汗をかく!

「とはいえ、今の問答で確信した。やはり、人間は寄せ付けるべきではない、とな。今後はたとえ迷い込んだ者であろうとも、里には入れないように心がけるとしよう」



 人間などろくなものではない、プロトスは忘れかけていたそれを再認識した。


 静かな森の中には、人間などと言う騒々しい連中は不似合いである、と。



「それもまた、変化、よね」



「いかにも。変化と言う名の毒が、里に回り始めている。人と言う名の汚物が撒き散らした毒がな」



「残念だけど、撒き散らしたのは、あなたの娘さんじゃないかしら?」



 それこそまさに図星であり、プロトスにとって指摘されたくない点であった。


 そして、それこそヒサコの狙いでもあった。


 そもそも、エルフの里は外に関する情報が少なすぎる。それゆえに判断するための材料がなく、ただ毎日を変わらずに過ごすこととなるのだ。


 しかし、そこに部外者という異物が紛れ込めば、話は変わってくる。情報という変化の呼び水が流れ込んでくるのだ。


 しかも、今回は単なる情報ではなく、出奔したアスペトラとその娘アスプリクという、縁者の情報である。興味を惹かない方がおかしかった。


 それはアスティコスを中心に渦を巻き、奔流となって里を駆け巡った。


 変化を求めないプロトスにとっては、目障り以外の何物でもないであろう。


 こうして直に足を運んで、わざわざ放逐を告げに来るあたり、これ以上ヒサコと里の者を近付けたくないと言う思いの証であった。

 


「やはり、お前達をこれ以上、里に置くのは危険だ。明日の朝、出て行ってもらうぞ」



「分かったわ。明日の朝、出ていくことにする。見送りくらいしてくれるのかしら?」



「私一人でな。もうこれ以上、里の者との接触を禁ずる」



「はいはい。それは了承しますよ。荷物はもうまとまってるし、早々に出ていきますよ」



「分かればいい。ここに里の者が来ても、決して口を利くなよ」



「それも了解しました」



 念押しするように、プロトスはヒサコに何度も何度も釘を刺した。


 そして、食べ終わった食器類を再び術で浮かせ、そのまま脇目も振らずに立ち去っていった。


 完全に気配が無くなった後、ヒサコは草の椅子に腰かけ、テアもまたそれに腰かけた。



「情報は集まった。さて、その結果、想定していた中では“最悪”が決まってしまったわ」



「え? どゆこと?」



 テアは首を傾げた。


 確かに、先程の会話は中々に興味深い内容も多かったが、それ以上でもそれ以下でもない。少なくとも、普段は余裕バリバリのヒサコが“冷や汗”をかくほどの、トンデモ情報が含まれているとは思えなかった。



「さっきはさ、言いそびれてたんだけど、分身体おにいさまに会いに、黒衣の司祭カシン=コジがシガラ公爵領にやって来たのよ。流入してきた民に紛れてね」



「ああ、それは重要な情報だわ」



 カシンは魔王側に与していることは確実であり、その動向はテアにとっても大いに注目に値するものであった。


 それがシガラ領内に来たと言うことは、ただならぬことであった。



「その際、あいつがさ、こっちが情報をボンボン出すもんだから、釣られて口走っちゃいけない情報をこっちにもたらしてくれたわ」



「口走っちゃいけない情報? どんなこと?」



「テア、あなたのことを指して、『あれでも神の端くれでしょう? 見習いの試験でてんてこ舞い』ってね」



「んな!?」



 それは絶対にありえない情報であった。そもそも、神としての力はほとんど封印されているし、情報に関して言えば術式を用いて隠匿してある。


 まして、この世界が見習い神の試験会場であることは、それこそ転生者プレイヤー以外は絶対に知らないはずであり、禁則事項に抵触する案件であった。


 それが破られたことを意味しており、あるいは想定以上にかつての世界の残滓が存在しているかであり、テアとしては看過できない内容の話であった。



「それはおかしい! 絶対に私が使っている情報隠蔽は破られないはず!」



「だよね。でもさ、思い出して。アスプリクもこっちのことを転生者と認識していたし、魔王に関する情報も僅かだけど持っていた」



「うん、確かそうだったわよね。でも、神という認識は持っていなかったはず。術が破られたか、もしくは“消し忘れ”の情報が思った以上に鮮明に残っていたか、そんなところかもしれない」



 そもそも、この異世界『カメリア』はいくつかある神の試験場である。見習いの神が正式な神として認められるために、練習として世界に干渉したり、あるいは英雄を導いて邪悪な存在を打ち倒したりする、言わば“神々の遊戯盤”である。


 当然、世界は何度も設定調整などで作り変えられており、その都度情報が書き換えられていた。


 その情報の書き直しや消去が不十分で、以前のデータが混在している。それがテアの考えているこの世界の異常性についての推察であった。


 だが、その説が正しいとしても、自分が英雄を導く神だと推察されるほどの情報や根拠が、どこかに存在していたということであり、由々しき事態でもあった。



「それにさっきの会話。プロトスが『設定』云々って口走ってたじゃない。そこであたしは確信したの。この世界は欺瞞だってことに」



「欺瞞?」



「思い出して。あたしとあなたが最初に出会った『時空の狭間』での会話。あの時、あなたがこの世界のことをこう言ったわね。『カメリアは適正ランクはA』だって」



 ヒサコの言う通り、そういう会話をしていたことはテアもしっかりと覚えていた。


 そもそも、これは神になるための試験である。監督官である上位存在からは試験に際して、事前に幾ばくかの情報と召喚できる英雄候補の名簿が渡されており、それははっきりと記憶していた。


 当然、その中には『異世界カメリア』の難易度や世界情勢など、初期段階の判断材料になり得るものも含まれていた。



「でもさ、この世界は違和感だらけだって、あなたは常に疑問に思っていた。情報の残滓が多すぎるし、いるはずの三組の友軍も連絡が取れない。そして、見破られた神の存在とこの世界の成り立ち。それらを複合的に判断すると、以下の結論が出てくる」



「そ、それは?」



「この世界は“Aランク”なんかじゃない。実質的に“Sランク”相当の世界だってことにね」



 ヒサコから吐き出された台詞は、テアを愕然とさせるに十分であった。


 Aランクの世界でさえ、高得点で通過すれば一人前と呼ばれるほどの難易度だと認識しており、更にその上のSランクの世界ともなると、どんな手段を使おうとも達成条件をクリアすれば凄いと称賛されるほどである。


 ヒサコの仮定が正しいのだとすれば、Sランクの世界に変異した『異世界カメリア』を、戦闘力が低い斥候役だけで条件達成を目指せ、と言われているようなものである。


 普段余裕の姿しか見せないヒサコが冷や汗をかくのも、納得の事実であった。



「今の転生したこの体、これには“松永久秀”の魂が宿っている。そして、七十の爺から十七の若者に若返り、しかもスキルカードによって能力値や特殊技術が追加された、言わば“強くてにゅ~げ~む”状態にある。でも、今回に限っては、それが相手にも適応される」



「そ、そうか。これだけ情報の残滓があるし、魔王の手下であるカシンが、私の存在が神であること、どころか見習いだって事まで見抜いていた以上、本来では有り得ないはずの情報がすでに流れ込んでいる可能性が高い!」



「そういうこと。つまり、こっちだけじゃなくて、魔王側も“強くてにゅ~げ~む”だってこと。能力値が同じだとしても、知識や技術が上乗せされていたら、それは完全に別者よ」



 最悪であった。ただでさえ強い魔王が、“情報”という力まで得たとなると、勝利は絶望的であった。



「ダメだ。試験、落ちたかも。絶望的だわ」



 上位存在からの呼びかけがない以上、試験は続行されているということだ。今の今まで散々しっちゃかめっちゃかな行動に終始していた自分の組に、“努力点”などという温情も期待薄であった。


 落第、補習、追試、テアの抱える頭の中では嵐が巻き起こり、神(見習い)を絶望の淵へと叩き落としていった。

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