7-38 咲かせよ! 輝く百合の花で心を揺さぶれ!

 アスプリクが心の中でニヤついていると、会議室に二人の人物が現れた。シガラ公爵ヒーサとその令室のティースだ。従者のナルとマークは廊下で控えさせていた。


 二人は入室するなり恭しく頭を下げ、ロドリゲスに拝礼した。



「お初にお目にかかります、ロドリゲス猊下。シガラ公爵のヒーサにございます。こちらに控えておりますは、我が妻にて、名をティースと申します。以後、お見知りおきを」



 丁寧ではあるが、型通りの挨拶であり、ロドリゲスも特に何も言わず、頷いて応じた。


 そして、ティースに持たせていた木箱を受け取り、ヒーサは更に一歩前進した。



「今日という日の出会いを祝しまして、是非とも献上したい一品がございます。どうぞ、こちらをお納めください」



 そう言って、ヒーサは木箱を両手でしっかりと持ち、それをロドリゲスの目の前に置いた。本来なら従者にでもやらせるべきなのだろうが、人払い中であるため、関係者以外は室外に出しているので、公爵が手ずから贈呈となった。


 さて、何を贈って来たのかと、ロドリゲスは箱を開けてみると、そこには一枚の皿が入っていた。


 黒地の平皿で、縁には金で飾り立てられていた。今、王都で話題になっている“漆器”であり、ここシガラの特産品として名高い工芸品であった。


 ロドリゲス自身、以前ヒーサから法王宛に送られてきた漆器セットを拝見しており、なかなかの品だと素直に感心していた。


 もし、ただの漆器であったならば、それほど驚きもしなかったであろうが、その漆器に金で描かれていた絵図がロドリゲスの関心を抱かせた。



「これは、百合の花、か?」



「左様でございます、猊下。聞き及び致しますところ、猊下のご実家の家紋が、確か百合をあしらったものだとお伺いいたしておりましたので、それに因んだ品をと考えまして、そちらの品をお持ちいたしました。どうぞ、お納めください」



 黒地に金をあしらい、見事な百合の花を浮かび上がらせている皿は、ロドリゲスもいたく気に入った。食器と言うよりかは、見て楽しむ飾り皿としての用途が正しいようで、是非自身の邸宅の居間にでも置いておきたいと考えた。


 そして、同時に戦慄した。まるで自分が来ることを予期していたかのような、ピッタリな贈呈品を用意していたことだ。


 急な呼び出しにもかかわらず、このような気配りを見せることは驚きに値した。


 とは言え、あからさまに驚いて見せるわけにもいかず、平静を装って話を続けた。



「うむ、結構な品だな。感謝する、公爵よ」



「お気に召したようで、なによりでございます、猊下。百合の花は純粋や威厳を表す意味があるそうです。神の教えに忠実なる猊下に相応しいかと。敬神を体現し、数々の献身を示されてきた猊下、あなた様に相応しい一品であると思いまして、こちらの品をご用意させていただきました」



「そうか。では、ありがたくいただくとしよう」



 ロドリゲスは百合が描かれた皿を手にし、それをじっくりと眺めた。見れば見るほどに美しく、ヒーサのもてなしの心には素直に感心した。



「ヒーサもマメだね~。そんなこれ見よがしな物を用意しておくなんて」



 アスプリクも贈り物の意味を理解したようで、百合が描かれた漆器の皿をまじまじと見つめた。


 しかし、それは理解の仕方が違うと、ヒーサは首を横に振った。



「大神官様、それは違いますぞ。客が来るから慌ててもてなすのではありません。いつ客が来てもいい様に、備えておくことが重要なのです、備えあれば憂いなし。一期一会の精神を忘れることなく心に刻み、万事に備えておけば、何一つ慌てることなくゆとりが生じるというものです。下手に気張っていては、もてなされる方も居心地が悪いでございましょう?」



 珍しくヒーサがアスプリクに向かってお小言を飛ばしたが、不思議と苛立ちは起きなかった。高圧的な物言いではなく、あくまで穏やかに教え込むような言葉であったため、アスプリクに反発が生まれなかったためだ。


 なにより、さすがはヒーサだと、素直に感心したことも大きかった。


 だが、より衝撃を受けたのはロドリゲスの方であった。


 先程アスプリクに向けたお小言に対して、ヒーサが完璧に返してきたからだ。


 急な来客にも対応してみせ、予想を上回るもてなしを見せてきた。それを成したということは、今回の急な来訪すら、目の前の男にとっては予想の範囲の内でしかないと言う事だと気付かされた。



(これは一筋縄ではいかんな。若さに似合わず、とんでもない老獪な策士だと聞いていたが、これは想定以上に厄介な相手だ)



 ロドリゲスはさらにヒーサへの警戒感を強めた。


 同時に、上手く手を結ぶことができれば、これほど心強い者もいないという認識も得た。


 問題があるとすれば、それはすでに宰相ジェイクとはかなり親密な仲である、という情報が入って来ていることだ。政敵にこのような智謀の主が付かれる事は避けねばならないし、少なくともその仲を切り離しておかねば後々面倒なことになりかねないと考えるに至った。


 そんな複雑な表情を浮かべるロドリゲスを見つめて、ティースは思うのであった。



(枢機卿猊下~、誤解してますよ~。そのお皿、工房村の在庫にたまたまあった品ですからね~。深い意味はないですよ~)



 ティースは呼び出しを受けると同時に夫が工房村の倉庫に駆け込み、仕上がっていた漆器の中から、よさげな物を選び、化粧箱に詰めているのをしっかりと見ていた。


 つまり、客がやって来てから、慌てて贈呈品を用意したことになるのだ。


 だが、ヒーサはそんな妻の心の声もなんとなく察し、ニヤリと笑った。



(ティースよ、お前は適当に選んだと思っているかもしれんが、ちゃんと吟味していたのだぞ。重要なのは、情報の量と質だ。教団幹部の情報なんぞ、とっくに調査済みだ。ロドリゲスならばロドリゲスの、それ以外の者ならそれに合わせた贈り物を用意したまでだ。要は演出こそが最重要なのだぞ)



 仕上がっていた漆器の中に、百合を題材モチーフにした完成品があった事については幸運であったが、なければないでそれらしい理由付けできる別の品を使うだけであった。


 重要なのは、相手にハッタリでもいいから先制の一打を浴びせ、交渉の席で有利に運べるようにしておくことなのだ。


 まだ具体的なことは何一つ言葉を交わしていないが、すでに戦は始まっていたのである。


 この不意遭遇戦は、まずもってヒーサ優勢のまま次なる舞台へと移ることとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る