7-37 応酬! 嫌味と皮肉の乱れ打ち!

 シガラ公爵領の教区の本部は小高い丘の上に建立されていた。街を一望できる場所であり、また歴代の領主が寄進を続けてきたため、丘を登る階段から本殿に至るまで、美しくも荘厳に整備されていた。


 眼下には旧市街地があり、現在は神殿関係者の住居が存在する。その川を挟んだ対岸に新市街地があり、商館が立ち並ぶ非常に賑わう場所となっていた。


 そして今、丘の上にある神殿では、予想外の来客に慌てふためいていた。



「まったく、事前に来るって連絡出せばいいのにさ。意地の悪いことこの上ないね」



 文句の独り言を吐き出しながら廊下を歩くのは、火の大神官アスプリクだ。


 現国王の末娘であり、旅の森妖精エルフの混血児という特異な出自の少女だ。


 銀色かと思うほどの透き通った白髪に白い肌、目は紅玉ルビーをはめ込んだように赤い。珍しい白化個体アルビノの容貌を持っていた。


 類まれな術の才能を有し、僅か十三歳でありながら教団最高幹部二十一人の一人に含まれている。


 もっとも、高い地位に反して現場で亜人や悪霊と戦うことが多く、高価な椅子に座れる雑用係くらいにしか自分の事を思っていなかった。


 面倒な来客のいるという会議室にまで来ると、呼び出しも待たずに扉を開けてズカズカと中に突入した。


 会議室にいたのは、シガラ教区の責任者であるライタン上級司祭と、総本山『星聖山モンス・オウン』からの来訪者である枢機卿のロドリゲスだ。



「相変わらず無礼な娘よな。扉打ノックの一つもできんのか?」


 

 開口一番のお小言はロドリゲスからであった。


 ロドリゲスは基本的に尊大な態度を取る。何しろ、五人いる枢機卿の中でも筆頭格と目されており、次期法王の最有力候補であるからだ。


 なお、この程度なら慣れっこなので、アスプリクも気にもかけずにさっさと席に着いた。



「枢機卿もさ、来るなら来るで、事前の連絡をしてほしいね。こっちは山の老人達と違って、暇じゃあないんだからさ」



 アスプリクもこれ見よがしな嫌味で返した。


 ごく一部の例外を除き、アスプリクは人との間には壁を作って話す。誰に対しても心を開かず、近寄る人間は全員自分を利用する者としか見ていないからだ。


 実際その通りであるし、ごく少数の境遇に同情を感じて話してくる者もいるが、そんなものは何の慰めにもならないと余計に遠ざけていた。


 まして、同じ最高幹部でありながら、雑事を押し付けてくる他の面々には悪感情しか湧いてこなかった。目の前のロドリゲスはそうではないが、“伽”を強要する者までおり、いずれは焼き殺してやろうと殺意すら抱いていた。



「急な来客に対しても常日頃から備えておくのが、人としての嗜みだ。お前はまだまだ修行が足りていないということだよ」



「備えるのは仇成す存在に対してだけで手一杯なんだよ。そっちの管理責任で、今回は余計な骨折りしたっての、忘れないで欲しいね」



 ちなみにその骨折りとは、“黒衣の司祭”リーベのことだ。現役の司祭が異端の宗派である『六星派シクスス』の幹部に成り果て、魔王復活を目論んでいたのである。


 これにはさすがに教団全体が揺れ動いており、最高幹部の管理責任について言及する者も多かった。


 唯一の例外は、この陰謀をいち早く察知したアスプリクであり、“聖人”認定の話まで持ち上がるほどに話題に上っていた。



「あれはリーベ個人の責任で、こちらの与り知ることではない。田舎村の司祭のことまで、いちいち最高幹部会が人事関与するとでも思っているのか?」



「ハンッ! そういう無責任な体質が、今の反発を生んでるって事を、少しは理解したらどうだい? 山の上は空気が薄いからさ、老齢も加わって、いよいよ“ボケ”が始まったのかな?」



 机を挟んに火花を散らす二人に、いよいよ居心地が悪くなってきたライタンが、手元の呼び鈴を鳴らした。程なくして、室外に控えていた神官が姿を現した。



「すまないが、なにか冷えた飲み物を持ってきてくれ。どうにも熱気がこもり過ぎている」



 もちろん、皮肉交じりの注文であり、それで二人とも口を閉じさせることには成功した。


 ただし、口は閉じても怒りは収まっていないようで、鼻息は荒々しいままであった。


 運ばれてきたのは氷系の術式で冷やされた水であった。三人分の杯と金属製のピッチャーが用意され、三人の前に差し出された。



「ご苦労だった。じきにシガラ公爵もお越しになるから、その際はここへ通してくれ」



 ライタンは神官に下がるように命じると、丁寧にお辞儀をして部屋を出ていった。


 そして、改めて二人を見やった。



「枢機卿猊下に大神官様、少しは落ち着かれてください。何かと言いたいことも溜まっておいででしょうが、これでは埒が明きませんぞ。下々の者への示しもありますので、どうか冷静な議論をお願い申し上げます」



 教区の責任者として、この場をしっかり収めなくてはならないので、上役など関係なしに苦言を呈した。


 なにより、間違っても最高幹部が喧嘩でもしてしまえば、居合わせた自分にまでとばっちりを食らうことになりかねない。


 今日は胃が痛くなりそうだ、そうライタンは苦々しい表情を浮かべながらも、どうにか二人を宥めることに終始した。


 しばらくの間、嫌な沈黙が続いたが、呼び出しの神官がシガラ公爵夫妻の来訪を告げてきた。



「やれやれ。やっと来てくれた」



 アスプリクは唯一心を開く友人の到着に安堵した。


 そもそも、アスプリクはヒーサを神殿に呼ぶつもりはなかった。あちらも多忙であるし、どうせ長々と説教を聞かされるだけだと思って呼んでなかったのだが、ロドリゲスの不意な訪問に加え、同席を求めてきたため、急遽呼び出したのだ。


 ヒーサとの面会を求めてきたと言う事は、“聖人”に関することだということはアスプリクも察することができた。


 現在、“黒衣の司祭”の件に並行して最高幹部会において議題として上っているのが、ヒサコとアスプリクに対しての“聖人”の認定の可否についてだ。


 なにしろ、“黒衣の司祭”の陰謀を真っ先に暴き、魔王復活を阻止したという大功を挙げたからだ。


 しかも、ヒサコに関しては、当初はリーベを半殺しにしたことにより処刑寸前まで追い込まれていたのだが、そのリーベこそが数々の事件の黒幕であると発覚したのである。


 無用の疑いをかけ、危うく処刑となりかけたことへの“お詫び”も含まれていると、アスプリクは睨んでいた。



(そう言うところが嫌なんだよ、あんたらは! 詫びだって言うんなら、当人に頭の一つでも下げに来いってんだ!)



 そう考えると、アスプリクとしては憤りしか覚えないのだが、同時に自分を縛っている鎖がようやく一つ外れるという思いがあるため、多少は我慢していた。


 なにしろ、“聖人”の認定を受け、聖女と呼ばれるようになれば、“庶子”という縛りから解放されるのだ。


 正式に王女、あるいは聖女と呼ばれるようになれば、今まで散々自分の事を煙たがっていた連中がどんな顔をして話しかけてくるか、意地の悪い楽しみを覚えようというものだ。


 なお、今回の事件の裏事情はヒーサから聞いているどころか、完全に共犯者の枠に入っており、上手くいったと内心喜んでいた。


 やはり僕の“おともだち”は最高だとヒーサを褒め称え、鬱陶しい老人方への復讐の機会を与えてくれたことを感謝していた。


 同時に復讐の好機も近付いてきているのだ。


 そう考えると、我慢もあと少しだと自分に言い聞かせる事もできた。

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