悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
7-35 放置! あえて捨ておくのも情報戦だ!(2)
7-35 放置! あえて捨ておくのも情報戦だ!(2)
ちなみに、『シガラ公爵毒殺事件』における最有力の容疑者は、三人の目の前にいるヒーサだ。
なにしろ、毒殺事件で誰が得をしたのかと言えば、間違いなくすべてを手に入れたヒーサであり、次点でヒーサの台頭によって引っ張り上げられたヒサコであった。
ヒサコの方も調査を行っているが、こちらも謎が謎を呼ぶばかりで、どういうことだと頭を抱えるばかりだ。
なにしろ、ヒーサがヒサコを連れてくるまで、公爵家に長年仕えている者にさえ、その存在が一切知られていなかった事だ。
いくら隠し子と言えど、誰も知らないという事があり得るのだろうか、という疑念が尽きない。
とある兵士からはそれっぽい女性には会っている、というあやふやではあるが目撃情報があるので、以前からいたのではと推察できるが、それにしてもその存在を示す情報が少なすぎた。
ヒーサとヒサコの顔立ちは似ているので、兄妹と言えばそうなのだろうと思うのだが、やはい怪しさがにじみ出てしまう。
ティースにとって、ヒサコは目の上のたん瘤であり、そうした個人的な感情もあって、どうにか排斥できないものかと考えていたら、今度はその忌々しい義妹が“聖人”の称号を叙勲されようとしていた。
無実の父が罪人として汚名を着せられているのに対し、あの外面だけは完璧だが、裏であれこれ手を回す義妹が聖女になる。
世の不条理さを最も身近で感じるティースであったが、どうにもならない状況に失望する一方であった。
「さて、本職の意見として、密偵の仕事は情報収集と分析が主な仕事とのことだ。で、先程の木こりが密偵だと分かった上で放置している。考えられる理由は何かな、ティース?」
「あえて情報を吸い上げさせている」
「正解! では、その理由はなんだ?」
「情報の拡散。つまり、宣伝、ですね」
「はい、それも正解! いやぁ~、妻の理解が早くて助かるな」
ヒーサは笑みを浮かべてまたティースの肩を叩き、その見識を褒めた。誰かに褒められるのは悪い気分出ないし、多少なりとも好意を持っている相手からの勝算であればなおさらであった。
だが、それゆえにティースは苦しいのだ。ヒーサに対しては好意を持ちつつも、容疑をかけねばならない相手であるからだ。
「今、ここシガラ公爵領は国中の注目を集めている。理由は分かるな?」
「術士の大量流入と、それに伴う産業構造の変化、ですね」
「そうだ。今まで教団側は術士を戦うための道具、戦力としての運用しか考えていなかった。それは正しくもあるが、同時に思考の硬直を促していた。だが、私はこれに手を加え、術士を農夫や職人として運用することとした」
「はい。それによって、生産性が著しく向上しています」
実際、ヒーサが領内での術士運用を堂々と行うようになってからと言うもの、農作物の収穫高や工芸品の生産量に大きな変化が生じた。どちらも以前に比べて明らかに上昇しており、“財”の公爵の財政基盤が更に伸びている状況となった。
なお、その出発点は、“お茶が飲みたいから温室栽培する”という我欲剥き出しの内容であったが、社会の発展に寄与していた。
「で、そう言う状況なら、誰だって新しい手法を取り入れたいと思うだろう。だが、そのためにはまず情報を集めねばならん。なぜ生産性が向上したのか、それを自分の領地でも運用できるのか、こうした検討が必要不可欠だ」
「それであえて密偵を放置していると?」
「ああ。ティースの言う通り、こちらが広めるまでもなく、勝手に領内の情勢を見て、それを方々に持ち帰ってくれるのだからな。隆盛極めしシガラ公爵とその領地、威信や名声を高めるのには丁度いい看板ではないか?」
それについてはティースも全面的に同意していた。
ヒーサのこの手の手腕は天才と言ってもいい程に卓越していた。
戦力として使い潰されるだけであった術士に新たな道を示し、それによる生産性の向上によって、却って戦力を増強させていた。
なにしろ、ヒーサの発想は、“一人の術士よりも十人の銃兵を運用する”ことができるような潤沢な物資と兵站を目指していたからだ。
余程の腕利きでない限りは、一人の術士よりも十人の銃兵の方が強い。それを見越しての、術士を後方支援に回す方法を模索した結果が、今のシガラ公爵領の内情であった。
生産物が積まれた農村や工房、商品を買い求める商人と賑わう街、それらすべてが目の前の夫の手によってなされていた。
この点ではティースは手放しで称賛している。完璧と言ってもよかった。
夫としては優しいし、領主としては慈悲深くて聡明であり、軍人としても緻密な作戦を立てる智謀の主である。
そんな人物と伴侶となれたのだから、本当ならば万々歳だ。
しかし、ティースは感謝や好意、尊敬の念を抱きつつも、最後の一歩が踏み出せないため、“征服”されるに至っていなかった。
理由は毒殺事件の事が引っかかっている事と、あまりの完璧さに気持ち悪さや違和感を感じている事だ。
異物、とでも評すべき何かを最も身近にいる分、ティースは感じ取っていた。
なお、これは大正解であり、御前聴取での席に続き、またしてもティースの“女の勘”が本質を見抜いていたのだが、なんの証拠もない推察に過ぎないため、決して口外するようなことはなかった。
「確かに、現在のシガラについて、知りたい調べたいと思う者はいくらでもいるでしょうね」
「そうだ。王家、教団、他の貴族、そして魔王、とな」
ヒーサの発した魔王という言葉に、ティースも、ナルも、マークもピクリと反応を示した。
「魔王からも注目を集めるなんて、すごいですわね。復活の噂が聞こえてくる中で、睨まれて怖くないんですか?」
「別に。いずれ敵対者として目の前に現れたら滅ぼすつもりでいるから、何とも思わん」
邪魔なら殺す、絶大な力を持つと伝え聞く魔王に対して、あまりに不遜な回答であった。
だが、それを成してしまいそうなほど、目の前の男には自信に満ち溢れており、ティースにとっては頼もし限りであった。
だが、ナルの見解は別であった。
(今、“敵対者”と言ったか? では、魔王が“同盟者”であった場合はどうなのだ?)
ナルは半信半疑のティースと違って、ヒーサの事を完全に疑っていた。
そして、ヒーサを観察しているうちに、一つの結論に達した。
目の前の男は基本的に嘘を付かない。発せられる言葉は事実か、“いずれ”事実になるようなものばかりなのだ。
誤魔化すか、あるいは隠す。都合の悪い事はそうやってかわしているのだ。
真実に到達するには、言葉の裏に潜むものを読み解かねばならない。今の台詞もまた、魔王を倒すという宣言にも聞こえるが、同時に含みも持たせている内容でもあった。
無論、そう受け取れる内容の発言だからと言って、実際にそうなのかというのは分からない。証拠が何一つないし、気が付いた時にはそれが事実として定着してしまっていることなど多々あった。
現に、自分が仕えているカウラ伯爵家の扱いがいい例だ。
伯爵家の当主はティースのままであるし、ヒーサもまたそれを“表面的”には尊重している。
だが、実態は疑いようもなく吸収合併であった。公爵家の人間があちこちに入り込み、取り仕切るようになっていた。
これに対して、伯爵家側の人間はなにも言えないでいた。理由は簡単。領地領民に悪事を働いたことはなく、むしろ収支がどんどん上向きになっているからだ。
収入が増えて怒る人間などいない。手付かずの土地に入植者が入って開墾されていき、領地全体の収穫量が上がっていた。
しかも、術式による新農法が試みられており、反収もかなりいいときている。文句の出ようはずもなかった。
もちろん、収穫物は年貢として税を支払っているが、新規の開墾地は減税されており、昔からの伯爵家の領民も開墾意欲を刺激され、ますます農地が広がっていっていた。
(それゆえの乖離。実を求める領民と、名を求める領主、これが非常に危うい)
それがナルにとっての最大の懸案事項であった。
ティースの命によって毒殺事件の真相究明に当たっているが、成果は一向に出てこない。一方で、領地の方はヒーサの手腕によって、もはや飼い慣らされていると言ってもいい程に事態が進んでいた。
名義上の領主であるティースの求めるものは名誉の回復であるが、領民の求めるものは間違いなく“聡明で慈悲深いご主人様”なのである。
結局のところ、下の人間は上の人間が誰であろうと良いのだ。自分達に甘いお菓子を振る舞ってくれるのであれば。
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