悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
7-20 一つ目の交渉! 茶を是非とも譲ってください!
7-20 一つ目の交渉! 茶を是非とも譲ってください!
吹き曝しの牢屋に入れられてから、丸一日が経過した。その間、食事なし、水すらなしの完全放置であり、一種の狼藉者への仕打ちとも言える待遇であった。
「まさか、丸一日放置されるとはね」
テアもすっかり地べたに寝転ぶのに慣れてしまい、変わらぬ集落の風景を眺めながら大きくあくびをした。
実際、牢に入る様に言われてから一日が経過していた。日が沈み、夜を迎え、朝日が顔を出して、再び元の位置に太陽が戻ってきていた。
変わらぬ集落の風景と、時折、遠巻きに二人を観察しているエルフの目があったが、気にもかけずに横になれるまでになっていた。
「一日とは限らないわよ~。エルフってさ、人間よりも遥かに長生きなんでしょ?」
「まあね。普通に四、五百年は生きるわよ」
「だったら、人間ほど時間に頓着しないでしょうし、まだゆったりと会議中かもよ」
「うぇ~、マジか~」
案外、ヒサコの言が合っているかもしれないと考え、テアはうんざりとした声を上げた。
ヒサコは交渉すると言っているが、交渉する相手がいないのでは交渉しようがない。かと言って、逃亡も難しいときた。
つまり、結局のところ、待つしか手はないのだ。
「ヒサコ、丸一日飲まず食わずだけど、大丈夫?」
「一日程度なら、“渇いた”うちには入らないわよ」
「さすが戦国人、タフよね」
「
実際、この牢屋には厠がついていないので、糞尿は穴を掘ってそこに流し込んでいた。
すぐに土をかけて埋めていたが、穴だらけになって、その手もじきに使えなくであろう。
「てかさ、あなたは大丈夫なの?」
「女神は厠に行ったりしないわよ」
「え~。ずるいわね、それ。食べても、出さなくていいなんて」
「完全に吸収されて、廃物を出す必要もない。というか、あくまで人間社会に溶け込む意味で飲食もしているけど、飲まず食わずでも飢えや渇きとは無縁よ」
「さすが神様、格が違ったわ」
口では何とでも言えるが、あくまで羨ましいというだけで、神に対する敬意が一切感じられないヒサコの態度であった。
そんな軽口を交わしていると、数名のエルフが近付いてくるのに気が付いた。その中に昨日の女エルフも混じっていたので、ようやく決定が下されたかと、ヒサコは寝転がっている体を起こした。
「さて、ようやくお出ましかって、うわ、あの真ん中の奴、微妙に光っているわよ」
ヒサコのが注目したのは、一団の先頭を歩いているエルフであった。外見は他のエルフとそれほど変わらない金髪碧眼の尖った長耳であったが、全身が淡く輝いているのが見て取れた。
明らかに、周囲のエルフとは異質の存在であると、ヒサコは認識した。
「あ~、あれは
「へ~、神様のお手製だから、他とは雰囲気が違うのか」
「ええ。寿命もないから、太古の昔から存在しているってことになっているわ」
「つまり、ここいらの元締めと認識してもいいわけね」
相手の頭領が直接乗り込んでくるというのは、ヒサコにとって好都合であった。あくまで交渉を主眼に置いて進めるつもりでいたため、トップ会談は望むところなのだ。
ヒサコとテアは立ち上がり、服についていた埃を払い、姿勢を正した。
一応、状況的には不利であり、またあくまで穏便に済ませようと考えているため、相手にへりくだる態度を見せ付けた。
もちろん、人間とエルフでは作法に違いはあるであろうが、ここ丸一日そうしていたように、大人しくしていた方がよいと態度で示すことにした。
エルフの一団は牢屋の前まで来ると、ジロジロと二人を観察した。
それに対して、ヒサコは軽く一礼し、テアもそれに倣った。
「話に聞いていたのとだいぶ違うな。随分と神妙な態度ではないか」
「丸一日、飲まず食わずでしたから、大人しくなったのかもしれません」
「ふむ。では、放っておいて正解であったか。しかも敢えて“逃げ”を選ばず、“見”を選んだ点もただの賊とは判断しずらい。おい、人間、名を聞こうか」
尊大な態度であったが、その態度が許されるだけの実力があるのだとヒサコは考えた。なにしろ、神の手によって直接作られた創作物なのだ。そう言う意味においては、破格の性能を持つ神造兵器『
よく相手を観察し、その力量をしっかりと見極めなくてならない。ヒサコはいつになく冷静になりつつも、気圧されまいと強気でいくことにした。
「初めまして。あたしはヒサコ、こっちは従者のテアよ。短い間でしょうけど、覚えておいてください」
長に対しても不遜な態度を示してきたヒサコに、周囲のエルフもさすがに不機嫌さを見せてきたが、そこは長きにわたり存在し続けてきた
「さて、ヒサコとやら、時間は私にとって意味を成さないが、短い定めある命を持つお前には貴重であるな。手短に済ませよう。この里に来た理由を、聖域を犯した理由を、聞かせてもらおうか」
尊大な態度ではあるが、話を聞く姿勢があるだけマシかとヒサコは思った。言葉の通じぬ怪物相手に問答無用の死闘を演じるよりも、遥かに楽な状況であった。
たとえ高慢な相手であろうとも、意志疎通は図ることができるのであれば、それに勝る交渉手段はないのだ。
「この里にやって来た理由は二つ。一つはあたしに関すること。もう一つはあたしの友人に関すること。どちらからお話しましょうか?」
ヒサコは右手の人差し指と中指を立て、それを
「では、お前に関することから聞こうか」
「茶をいただきに来ました」
率直なヒサコの言葉ではあったが、それはエルフ達にとっては禁忌に属するものであった。なにしろ、茶はエルフにとっての墓標であり、他者に渡せるものでもなかったためだ。
墓を荒らさせろ、と宣言しているに等しく、しかも実際に無断で聖域に踏み込んだ挙げ句、茶葉を毟った前科もある。
おいそれと渡せるわけがなかった。
「却下だな。なんで人間なんぞに、茶を渡さねばならんのだ」
「薬になるとお伺いしております。あたしの婚約者の命を救うために、渡していただきたい」
ヒサコは丁寧に頭を下げ、どうか茶を譲っていただきたいと願い出た。
茶は日本においては薬用として輸入されていたため、ヒサコの言は間違いではない。茶が薬用から嗜好品としての地位を確立したのは、室町期以降のことであるからだ。
実際、ヒサコの婚約者であるアイクは病弱であり、健康のために飲ませようかとも考えているため、あながち嘘でもないのだ。
「気が逸るあまりに、墓所に立ち入った件はこちらの不手際であり、その点はお詫び申し上げます」
「むしろ、その点が問題なのだ。浄域を犯されて、ケガレを持ち込んだ者を許すと思っておるのか? とんだお人好しよな」
「はい。世間知らずなお嬢様ゆえ、その点は多々至らず、方々に迷惑をかけております」
なお、この言葉にテアは危うく吹き出しかけたが、どうにか必死でこらえることができた。
ヒサコの所業を知る身の上としては、何をどう解釈すれば目の前の悪役令嬢が世間知らずなどと言えるのか、小一時間問い詰めたいくらいであった。
「墓所を荒らした上に、さらに寄こせなどと図々しいにも程がある。茶は諦めることだな」
「では、分けてはいただけないということでよろしいでしょうか?」
「くどいぞ、人間。状況を弁えよ」
弓を握る者、あるいは腰に剣を帯びている者、杖を携える者など、その種類は豊富で、どのような状況にでも対処できるような編成が組まれていた。
(やっぱり戦って勝つのは無理ね。数の差が如何ともし難いわ。
ヒサコは平静を装いつつ、しっかりと状況を観察してそう結論付けた。
茶の交渉が失敗に終わったのは、ヒサコにとって残念であった。もうこれで、“穏便”に済ませる道がほとんど閉ざされてしまったからだ。
茶の木は手に入れる。これは決定事項であり、変更は絶対にない。
絶対にないからこそ、そこに“殺してでも奪い取る”という選択肢が生まれるのだ。
(ああ、残念だわ。この美しい里が燃え落ちて、阿鼻叫喚の地獄を生み出すことになってしまうなんて)
ヒサコの身上げる風景は実に美しいものであった。緑生い茂る木々があり、そこに吊り橋や桟道が通され、森と一体化したエルフの住居が立ち並んでいる。
そして、それを焼き払うことになることを本気で嘆いていた。
茶の木を手にすることを邪魔するのであれば、たとえ“撫で斬り”にしてでも手に入れるつもりでいたため、残念に思いつつも罪悪感は一切ない。
あくまで美しい風景が損なわれることに対しての想いであって、目の前の美しい邪魔者達への哀悼ではない。
そして、その手段はすでに頭の中で組み上がっていた。なにしろ、丸一日放置されていたので、考える時間はたっぷりあったのだ。
交渉はした。だが、拒否された。ならば、奪うのみ。
ヒサコの頭の中では、このエルフの里が灰になる未来がしっかりと描かれているのであった。
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