3-14 医聖の梟雄! 民の命は私が救う!(4)

 母子ともに健やかであり、ヒーサとしてはまず満足の行く結果となった。


 そして、次なる一手を即座に行動に移した。



「それに、カウラ伯爵家の面々の助力なくば、この出産は無事に成せなかっただろう。私の働きなど、微々たるものだ」



 ヒーサのこの言葉は、謙遜ではあるが、同時に嘘でもない。カウラ伯爵家の面々、特にマークの術式による補助がなければ、まず母体を損なっていたことは疑いようもない。


 麻酔なしでの開腹手術など、母体が暴れ回って真っ当な手術など出来はしない。しかし、ティースとナルがしっかりと抑え込み、マークが術式を使って癒しの力を注ぎ続けれたからこそ、今回の手術は成功したのだ。


 ヒーサとテアだけでは、とても手が足りないし、母体を生かすのも無理であっただろう。


 しかし、それを成した。腹を切り裂くと言う荒行を無事成功させたのだ。


 それはすなわち、活躍したカウラ伯爵家への悪い心象が拭われた事も意味していた。



「……奥方様、先程は大変失礼いたしました。領主様とご一緒になられ、本来ならば礼を尽くさねばならぬというのに、よそよそしい態度で応じましたることをお詫びいたします」



「構いません。私がこちらに嫁いできた事情が事情ですし、怪訝に思われるのも無理なきことです。以後は、公爵家の一員として認めていただき、それ相応の対応をお願いしますね」



 ティースは上機嫌であった。毒殺事件のことで公爵領内には伯爵家の悪い噂が飛び交っており、ティースを見る目も表面的には礼儀に則りつつも、よそ者、中には罪人として見ている者も多かった。


 しかし、村長の今の発言を聞くに、ようやくそれが解消されたということでもあった。


 無論、あくまでこの村限定の状況であるので、こういうことを積み重ねていけば、少なくとも悪感情は抑えていけると考えた。


 そして、その第一歩こそ、今日この瞬間なのだ。



「村長、何はともあれ、新しい命が無事に生まれたのだ。まずは祝おう! と言っても、こちらも次の村への挨拶回りもあるゆえ、そろそろ出立せねばならないがな」



「おお、そうでございましたな。ご領主様、本日の件はいずれ改めまして、お礼を申し上げに参ります。重ね重ね、ありがとうございました」



 村長が恭しく頭を下げ、ヒーサは満足そうに頷いた。


 はっきりと言えば、【大徳の威】によるブーストによって、ヒーサの人望がさらに高まったのだ。かなり無茶な荒行ではあったが、見返りは十分であった。


 医者としての名声はもちろんのこと、慈悲深く先鋭的な技術革新者として、ヒーサの名は大いに上がったのだ。


 あとは勝手に噂が噂を呼び、名声が増大していくのを待てばいいのだ。



(医者と大徳の相性はいいって言ったのは私だけど、まさかこういう結果が出るとはね~)



 テアは出立の準備を整えながら、村長と話すヒーサの横顔を眺めながら思った。


 大徳の名君、革新的な医者、冠絶する策略家、無慈悲な暗殺者、数々の顔を巧みに使い分け、その時に適したスキルを使いこなしていた。


 そこにヒサコが加わり、偽装も工作もその精度の高さは、スキルを与えたテアですらその予測を遥かに上回っていた。


 戦闘系のスキルがないにもかかわらず、このまま魔王すら倒してしまいそうな、そんな気分すら抱かせるほどだ。


 しかし、そんな乗り気な彼女に、ヒーサはまたしても冷や水を浴びせてきた。


 村長との話も終わり、自分の馬の状態を確認しながら、ヒーサはテアを手招きした。さて今度は何事かと思いつつ、さりげなく近づいて耳元を差し出した。



「マークを【魔王カウンター】で調べとけ。こっそりとな」



「え? また!?」



 またしても予想外の言葉に、テアは驚かされたが、まだ上機嫌に言葉を交わしているカウラ伯爵家の三人組に気取られまいと、必死で平静を装った。



「一応確認しとくけど、【魔王カウンター】は合計で三回しか使えないのよ。最後の一回を今使う価値はあるの?」



「誰かさんが一回無駄にしたのが悪い」



「はい、その節はすいませんでした」



 これを言い出されると、テアとしては何も言い返せなった。


 あまりに常軌を逸した行動の数々に、テアはヒーサこと松永久秀をこの世界の魔王だと断じ、法具を用いて調べたのだ。


 だが、結果は“白”。腹黒さが限界突破していようと、魔王としては“白”だったのである。



(でも、前回の件もあるし、やっぱ従っておくべきかな~)



 王都で出会った火の大神官アスプリクは著しい性格破綻者であると同時に、類稀なる凄腕の術士でもあった。可愛らしい少女であるにもかかわらず、腹黒さを表に出したヒーサと意気投合。


 ヒーサの提案で調べてみたところ、極めて高い確率で魔王であることが分かった。



(ええい、やってみるか)



 テアは懐にしまっていたモノクル型の法具を取り出し、マークを調べてみることにした。貴重な最期の一回ではあるが、すでに魔王と思しき者も見つかっているし、まあいいかという軽いノリであった。


 だが、検査結果が出た時、テアはその表示された数字を疑った。



「え、うそ……。マークの魔王力は“87”ですって!?」



「ほう……。火の大神官とほぼ同値か」



「この数字なら、こっちが“魔王”としても覚醒してもおかしくないわ」



 信じられない検査結果に、テアは頭を抱えた。


 アスプリクの数字を見て魔王を発見したと喜んでいたら、今度はそれと大差ない数字をマークが叩き出したのだ。どちらも魔王の器としては申し分なく、どちらが魔王となってもおかしくない数字だ。



「そんな馬鹿な……。有り得ない。【魔王カウンター】の数字は絶対。こんな高い数値を出す個体が複数存在するなんて、やっぱりおかしいわよ、この世界」



 テアは空を見上げ、遥か彼方にいるはずの上位存在を見つめた。所詮、この世界は神々の遊戯版であり、見習いの神の実力を推し量る試験場でもあるのだ。


 だが、今回のこの世界はあまりに異例尽くしなのだ。聞いたことのない事象の目白押し。いくらなんでも、その数が多すぎるとテアは混乱した。



(そう、世界そのものがバグっているような感覚。でも、上位存在からはなんの連絡もないってことは、続けろってことなんだろうし、どうなっているのよ……)



 考えても結論は出ない。この裏にいかなる深遠な理由があるのか、テアはそれについて思考を巡らせつつ、目の前の不可思議な状況に対応しなくてならなかった。


 そう、本来一人のはずの魔王が、複数現れるかもしれない。そんな馬鹿げた未来を予想しながら

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