苦難⑥ 驟雨
「よし、ひとまずこいつらはここに……よっこらせ、っと!」
タイラーが威勢の良い掛け声とともに二脚の梯子を納屋の軒下に立て掛ける。
いつもなら表面についた水気を拭くところだが、今はそれどころではなかった。
なぜなら……
(まったく、いきなり降ってきたな……。 また【
顔を拭いながら、タイラーが忌々しげに濃い灰色に染まった空を見上げた。
空からは大粒の雨が降り注いでおり、納屋の屋根へと激しく打ちつけている。
十分前までは少し汗ばむくらいに晴れ渡っていたのに、だ。
確かにここ最近、【ミッドガルド】の変化は著しい。
視察に行った神々や【戦乙女】などの報告では、大気や水の汚染に異常気象、地震などの天変地異の発生は、ここ数十年で如実に増えていた。
それらの『大いなる厄災』が【世界樹】にも少なからず影響を与え始めているというのが、オーディンが発している公式見解だった。
こうした『
オーディンも注意するよう呼び掛けてはいるものの、突然に起こることなのでどうしようもないのが現状だった。
(【
空を見上げていたタイラーが、ふと木の間から覗く空に不可解なものを見つける。
いや、不可解なのは彼の頭上に広がる暗い空の方かもしれなかった。
——彼が見つけたその空は、晴れていた。 それも蒼く、すっきりと。
不審に思った彼が軒下を飛び出して周囲を見渡すと、やはり雨が降っているのは彼の家のある区画だけで、他は見事なまでに晴れていた。
(【ミッドガルド】のせいなら、もっと広い範囲に降るはず。これは……)
嫌な予感がする。
そう直感したタイラーは、納屋の中にいる弟子へ大声で呼びかけた。
「ドーチェ、小物の片づけは終わったか!?」
「はい! 鋏は全て棚に戻しました! それと、集めた枝はとりあえず邪魔にならないところでひとまとめにしてあります!」
呼ばれた弟子——ドーチェが、納屋の奥から駆け足で戻ってくる。
着ていた作業着はたっぷりと雨を吸って、彼女の足取りを覚束ないものにさせた。
「……鋏についていた水気は?」
「もちろん、しっかり拭きました! 【
「……上出来だ」
彼女の手際の良さを噛みしめるかのようにタイラーが頷く。
その様子に彼女も「ありがとうございます!」と言ってはにかんだ。
「……それにしても、この雨はなんなのでしょうか?」
「さあ、な。 だが、『異常』であることは確かだ。 さっさと母屋に戻って次に備えるぞ」
「備える? この雨がもっと強まるのですか?」
うへぇと舌を出す彼女に、タイラーは首を振ってみせた。
「悪天候だけならまだいい……恐らくは、もっと恐ろしい何かだ」
そう言っていつものように眉間に皺を寄せる彼を、ドーチェが心配そうな眼差しで見つめる。
それに気づいたのか、彼は彼女の頭にその大きな手を乗せた。
「心配するな。 それがやって来てもいいようにこれから『備える』んだ」
「——はい!」
元気よく返事をする彼女に、彼はフフと微笑みかけた。
「そら、さっさと戻って着替えるぞ!」
「はい! あれ、そういえば私……」
着替えなんて、持って来ていないような……。
そう彼女が言いかけたところでタイラーが「心配ない」と言葉を遮った。
「お前の服やら装備やらは、昨晩の内に届けさせた。 以前使っていた部屋に置いただけで、荷解きはしていないがな」
「あ、ありがとうございます! ……でも、届けさせたってどなたにです?」
「……俺たちがよく知る男だ」
そう言って先に雨の中を走っていくタイラーを、彼女は首を傾げながら追った。
その時、王城の執務室で【
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます