34 嫌がらせ(ナサニエル視点)

 魔法騎士団には寮があり、私もそこで暮らすことになった。デリア嬢はグラフトン侯爵家から通えば良い、と言ってくれたがそういうわけにはいかない。まだ、私とデリア嬢は婚約すらしていないのだ。


(デリア嬢の悪評になることは絶対にしたくない。私にとっての唯一無二。大切な存在なんだ)


 寮は貴族寮と平民寮に分かれていた。貴族寮は立派な石造りの建物で、個々の個室には贅沢な家具が備えられている。共用のリビングエリアでは、貴族の騎士たちが集まり魔法の戦略について議論する場となっていた。敷地内には美しい庭園が広がり、時折貴族の騎士たちはここでくつろぎながら秘密の魔法の実習を行う。


 平民寮は木造の建物で、シンプルで機能的な共同部屋がズラリと並ぶ。トレーニングエリアでは、平民の騎士たちは日々の訓練やスキルの向上に励んでいる。共有の食堂では、質素ながら栄養価の高い食事が提供され、平民の騎士たちは団結して仲間たちと親睦を深めることが望まれた。


 貴族と平民が共有する大きな訓練場もあり、ここでは両者が共に鍛錬し、技術を磨く。訓練場では個々の実力が試され、団結の象徴として時折模擬戦や試合が行われた。


 私は平民寮で四人部屋を共有することになった。そこには手作りの木製のベッドが並び、各ベッドの横には個人用の収納スペースが設けられていた。仕立屋で作られた制服は、その収納スペースに収めることにした。


 その制服は身体にフィットしていながらも、伸縮性があり軽くて動きやすかった。洗い替え用にもう一着だけあれば良いと思ったが、グラフトン侯爵夫人とデリア嬢が三着ずつ勧めてくれたので、合計七着も制服ができた。私にしては贅沢な買い物で落ち着かなかった。私はあまり物欲がないのだ。





 あれからバッカス隊長にはひと月ほど会わなかった。


「バッカス隊長は謹慎処分中だってさ。小隊長から班長に降格とも聞いているよ」


「まじか? なにをやらかしたんだろう? ナサニエルは知っているかい?」


 寮の食堂で尋ねられた私は、首を横に振った。こんな場合は余計なことを言わないに限る。小隊は隊長であるバッカスを含めて、全体で10人の騎士で構成されている。その中で、5人の騎士を統括するまとめ役として班長が配置されていた。


 班長は小隊内での指導者であり、最も下層の役職になるのだ。謹慎が解けて戻って来たバッカス隊長は、みんなの噂通り班長に降格されていた。


「ナサニエル君。あの時は大変申し訳なかった。君がグラフトン侯爵閣下のお気に入りだなんて知らなかったんだよ。まさか弟に代わって、うまいこと権力者に取り入っていたなんて普通は思わないだろう?」


(謝っているのか貶しているのかまるでわからないぞ)


「わたしのことをどう思おうが構いませんが、女性を貸せなどとは二度と言わないほうが良いですよ。最低な男だと思われますから」


「ちっ」


 小さな舌打ちが聞こえた。全く反省していないらしい。


 

 ☆彡 ★彡



 ある日、小隊が危険な森に向かう任務に就くことになった。バッカス班長は私に、特に危険なエリアに進む必要があると言った。しかし、私にはそのエリアの地図を渡さず、正確な情報も伝えてくれない。


 私は任務に臨む前に、同室の騎士仲間三人と情報を共有しようとしたが、バッカス班長の指示なのか、無視を決めこまれた。


『ナサニエルは高位貴族に取り入って不正に出世しようとしている』

 

 そんな噂も流れていた。取り入ったつもりはないが可愛がられている。もちろん、出世もしようとしている。だから、半分は間違っていないのかもしれない。しかし、『不正に』というのは間違っている。正々堂々と勝負する気でここにいるのだから。


 バッカス班長の指示通りの場所に赴く森の中で、私はその場にいるはずのない魔獣に遭遇した。戦っているうちに方向感覚が麻痺してしまう。ついには、他の騎士仲間がどこにいるかもわからなくなった。深い森に迷い込んでしまったのだ。


 数時間後、バッカス班長は班員を率いて私を見つけると、上から目線で「迷子になるようなら、魔法騎士になる資格はない」とあざ笑った。


 彼の目的は私に失態させ評判を下げ、魔法騎士団内での立場を弱めることだったのだ。

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