第30話 それぞれの答え6
新宿東口の大通りから少し外れていく。そこに、藤原から紹介された焼き鳥屋はあった。
昨晩、居酒屋で前夜祭をしていた時、その場で藤原がわざわざ予約を取ってくれていた。陽斗と彩芽はすんなりと店内に通されたが、土曜日の夜ということもあって、焼き鳥屋は満席だった。八割は中年男性が席を占めている。
以前、根岸に連れていかれた渋谷店よりも、広々としている。距離があるせいか、渋谷にはあったパーテーション設けられておらず、オープンだった。みんな赤い顔をして、楽しそうな顔が見える。その横を通り抜けて、座敷に通される。開店から二年だというが、テーブルは傷だらけで、座布団も使い古されている。そこに、陽斗と彩芽は向かい合って座った。
「本当にこんなところで、よかったのか?」
大仕事が一段落したのだから、もうちょっと違う場所でもいいのにとも思い、陽斗がいうと「こんなところ、とは失礼でしょ」と彩芽に小声で諭されて二人の間にメニューを広げる。
「陽斗が私のために頑張ってくれようとしているのは、わかってるよ」
彩芽は、メニューから視線を外して、ちらっと陽斗を見る。見透かすような瞳だ。
「その気持ちは、ちゃんと伝わってるよ。お洒落なところは、本当に特別な時だけで十分。むしろ、なくてもいいくらい。やっぱり、慣れないんだよね。ナイフとかフォークとか並べられたりするレストランって。だってさ、私たちのいつものいた場所は、いつも家で。ジャージとか、パジャマで、だらっとして。そこから飛び出して、今ここにいる。それだけでも、十分な進歩でしょ?」
指摘されて、気付かされる。彩芽との関係が進んだことで、地に足がついていなかった。どこか力が入ってしまっている自分がいる。陽斗は、苦笑する。
「たしかに。考えてみたら、俺たちずっと家だったもんな」
「そうだよ。十年以上そうやってきてんだよ? 私の身体は、家に根っこが張って、馴染んじゃってるからね」
その通りだなと思う。自分たちはずっとそうやってきた。二人の距離は近づいたとしても、根本的には何一つ変わったことなどない。今更、格好つけたって仕方ないし、その方が自分たちらしい。
この前、彩芽は周りが見えていないと反省していたが、自分たちのことに関しては、ずっと客観的で冷静に、みえているのかもしれない。
「じゃあ、ねぎまと、なんこつ、しそ巻きもも。二本ずつ来るから、二人で食べようよ。あと、サラダにビールね」
速攻で選んでいく彩芽に続いて、陽斗が枝豆などのおつまみを追加して、オーダーする。
泡立つビールジョッキと一緒に枝豆が運ばれてきて、二人でお疲れと乾杯して一口飲む。ゴクゴクと気持ちよさそうに喉を鳴らす彩芽の横に置かれているものに、陽斗が指さす。
「その紙袋ずっと気になってたんだけど、まさかまた仕事持ち帰り?」
「今回は、違うよ。これは、今日の選定会の余りをもらってきただけ。三セットも貰っちゃった。結婚祝いだって。随分片手間なお祝いですねって、つい文句言っちゃったけど、ちょうどお母さんたちにもあげられるし、それで手を打ってみた」
「選定会に出した商品って、結局あのままフェルメールだっけ? それに落ち着いたのか?」
考えてみたら、その後どうなったか聞かされていない。ビールを飲みながら、
「違うんだなぁ。変更したんだよ。あっと、驚くものにね」
「へぇ。あんなに推してたのに?」
「お母さんたちの指摘を真摯に受け止めて、色んな角度から考えて練り直してみたの。中身は帰ってからのお楽しみ」
彩芽は上機嫌にそう言って、枝豆を食べながら、またビールに口をつけていく。
「家でも飲むつもりなら、ここで飲むペース考えろよ」
「はーい」
いい返事を返しながら、ビールを空にしていく彩芽。店員にハイボールをお代わりしていた。その間に、サラダと焼き鳥が運ばれてきた。ステーキにしか見えないくらい肉厚な焼き鳥を前に、彩芽は感嘆の声を上げる。
「見るからに、おいしそう! いただきます」
彩芽は叫んで、ももを頬張ると、本当に幸せそうな顔をしていた。
「ジューシー! ほっぺがとろける」
いちいち、感動しながら食べる彩芽をつまみに陽斗もお代わりしたビールを飲む。
しばらくして落ち着いた彩芽は、そういえばと、話題を変えていた。
「ずっと忙しくてすっかり頭からすっぽり抜けちゃってたけど、お母さんたちの引っ越しまで、あと一週間しかないね。あの二人、本当にちゃんと準備できてるのかな。明日ちょっと、様子見に行かない?」
彩芽が提案すると、陽斗が即刻却下した。彩芽は、冷たいというのが、陽斗がビールで流し込む。
「先週、日曜も彩芽は会社行ってただろ? その時に俺、実家行ってみたんだよ。この前のことも引っかかってたし」
「まだ、その話引きずってたの?」
何か隠してるという話と、焼き鳥をほおばりながら、ちょっと軽蔑するような視線をよこしてくる。そんな彩芽を無視して、陽斗は続ける。
「もう実家の鍵取り上げられてるから、エントランスでインターホン鳴らしてみたんだ。そしたら、開口一番虫けらが来たとばかりの冷たい口調で『何しに来たの?』だぜ?」
実家マンションのエントランスは、オートロック式。大きな自動ドアは鍵がないと開かないようになっていて、その横に小部屋があり、マンションの管理人が駐在している。エントランスは小さなホールのようになっていて、やけに声が響くようになっいるため、佐和の声はやけに響いていた。皺の多い白髪の管理人もその声で少し驚いていた風だった。
「まぁ、その返しは、普通じゃない?」
サラダを食べながら平然と言う彩芽の答えに、陽斗も頷く。
そう。それが、俺たちの母親だ。だから、驚くべきことでも、いちいち頭にくるようなことではない。だが、問題はそのあとだ。苦々しく思い出す。
「どうせろくに片付いてないんだろ? 引っ越しの片づけ、少しくらい手伝ってやるよ」
陽斗がそういうと、佐和が冷たく突っぱねた。
「この前言ったでしょ? 絶対来るなって」
「……そんなに、俺に隠したいものが、そこにあるのかよ?」
佐和の頑なに拒否する姿勢に、面倒くさくなって、一気に核心をついた。すると、インターホンの後ろが、ざわついていた。誰かいる気配がした。そして、次に発せられた声。予想はしていたが、やはり歩美だった。
「ハル君。実の親にそんなこと言うなんて、もう一人の親として、悲しいわ」
とんでもなく、芝居がかった下手な泣き真似をしてくる。だんだん、まともに相手をするのが馬鹿らしくなって、投げやりに言い放った。
「どうでもいいから、一旦ここ開けろよ。中を見せろ」
そう言った途端。
「管理人さーん!」
佐和の声で、思い切り叫ばれた。「助けてく」まで、聞こえたところで、慌ててインターホンを切った。インターホンで呼ばれた管理人が白髪の髪の毛を振り乱し、中から出てきて、陽斗を危険人物という目でじろじろ見てきてきた。
「つい最近まで、ここに住んでいたんですけど……ちょっと親と喧嘩してしまいまして」
笑いながらうまく言い訳して、何とか難を逃れた。が、むしゃくしゃは止まらなかった。
「そんなことあったの? 全然知らなかった。そういうことは、早く言ってよ」
彩芽が持っていたねぎ間串を頬張りながらいう。
「頭にきすぎて、思考から除外してた。すっかり忘れてたぜ」
「陽斗が疑りすぎて、佐和さん嫌になったんじゃないの? そういうことなら、私だけで行ってくるよ」
「それもやめとけ」
「なんで?」
陽斗は、その後に送り付けられてきたメッセージ画面を見せる。ネギを口に運ぼうとした手を止めて、彩芽がどれどれと、机の中央においた陽斗のスマホを覗き込んだ。
『引っ越しは、来週の土曜日。当日は、二人の手伝いを求ム。それまでは、二人とも絶対来ちゃダメ。彩芽にも言っといて。来たら、ハル君と同じ目に合うからねって』
「なんなの、それ」
彩芽に飛んできた火の粉がまともに当たって、発火する。彩芽が止めていた手を乱暴に口に運んでいた。口の中に入ったネギが、シャリシャリ音がする。それまで上機嫌だった彩芽の丸い目が据わっていた。そうなるのも仕方ない。
「何を隠してるのか知らないけど、放っておくのが得策だ。俺も、もう詮索するのは、諦めた。どうせ知ったところで、まともな事実が出てくる気がしない」
陽斗が、苦々しくいったところで「あれ? 西澤くん?」名前を呼ばれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます