19:二人の誓いと繋がり



 店を開ける僅かな時間にアキラは春人にじっと真剣な眼差しで問い質された。


「本当に浅木さんと付き合ってるの?」


 もう嘘は付けないと思った春人は正直に告白した。


「はい、付き合っています」


 そう言うとアキラは深い溜息を吐いた。


「そう」


 短く言葉がそれ以上アキラは出て来なかった。


「ごめんなさい。アキラさんの忠告を無視してしまって……」

「………いいえ、いいのよ。私はあくまでもアドバイスとして言っただけだし」

「でも……」


 そう続けようとする春人にアキラは素早く遮った。


「私の言葉を聞かず、浅木さんと付き合うってことは、それ相応の覚悟で決めたのよね?」


 鋭い視線でアキラは春人とを見て尋ねた。


「勿論です。覚悟の上です」


 即答する春人の返事にアキラは少し諦めたような表情になった。


「わかったわ、あなたがそう決めたのなら。後悔のないよう彼と寄り添ってあげなさい」

「……すみません」

「いいのよ、それだけあなたの中で浅木さんに惹かれる何かを感じたってことなのよ」

「アキラさん」

「祥君も別れて欲しいって言われても諦めきれないってことだって、そういうことだろうし」


 先ほど起きていた出来事をアキラは脳裏に掠める。

 あれだけの美貌を持ち、敢えて浅木じゃなくてももっと良い男はいると思うが、それでも祥にとっては浅木が一番なのだ。

 アキラが何より驚いたのはなぜノンケの春人が浅木に惹かれたってことだった。


「彼、男だけど大丈夫なの?」

「はい、それは大丈夫です」

「……彼と寝ることはできるの?」

「あ……」


 一瞬顔を赤らめ戸惑う表情になったが、静かに頷いた。


「どうして寝れるって思うの?」

「浅木だからです」

「どういう意味?」

「彼の体なら大丈夫ってことです」

「………」


 春人の返事にアキラは少し冷めた目をした。


「みんなそう言うのよ」

「え?」


 急に冷たく言い放ち、春人は驚いた。

 今までとは比べられないほど冷たい言い様だ。


「私ね、昔ノンケの人と付き合ったことがあるの。付き合いたいって言ってきたのは向こうで」

「………」


 春人は黙って話しを聞いた。


「嬉しかった。抱きしめ合ったりキスもしたのに、いざ肉体関係になろうとした時、彼が言ったの。“ごめん、抱くのは無理だって”」


 思い出しながら話しているせいか、言葉尻が少し苦しそうだった。


「だからハルちゃんが浅木さんなら大丈夫って言葉が本当なのか、実際現実に起きてみないとどうしても疑ってしまうの。ごめんね」

「……いいえ。そんなことがあったんですね。俺、何も知らず」

「いいのよ、だって話してないし話したくなかったことなの。私もその彼が本当に好きだったから、それ以来、ノンケの人には恋心を抱かないようにしてるわ」


 ウィンクしながら笑むアキラに春人は堪らなく申し訳なさを感じた。

 笑顔で誤魔化して言うアキラは、本当に辛かったんだろうなと。

 春人はまだその現実に直面していない。

 今は大丈夫って思っていても、実際浅木の裸体を見たらどう感じるのだろうか?

 それはまだ全然想像もできない。


「さ!開店準備しましょう」


 アキラは笑顔でそう話を変え、くるりと春人に背を向ける

 その姿を見ながら、春人はアキラの背に向かって頭を下げた。


(ごめんなさい、どんなことがあっても、今の俺は浅木が好きなんです)






 今夜は9時頃に浅木は訪れると、二人は各々仕事をし、店じまいを手伝いながら浅木は春人から祥との出来事を話した。

 大きく溜息を吐き浅木は言った。


「そうだったのか。お前に八つ当たりにしに来てたんだな」

「うん、ちょっと驚いたし怒れたけど」

「怒る?ハルが?」


 あまり怒りを表さない春人に浅木は驚く。


「まぁ……ちょっとね」


 理由は少し言いづらく誤魔化すが、浅木はそれが少し気になり問い質そうとした時だった。


「浅木さん、ちょっと話があるの」


 アキラが全て作業を終え、浅木たちに向かって声をかけた。

 いつもとは違う真剣な表情に浅木は怪訝に思った。


「浅木さんってハルちゃんと付き合っているんでしょ?」

「え……」


 驚き思わず春人を見ると、すっと顔を下に向けていた。


「あ……はい」


 黙っているつもりだったが春人が喋ったのだろうかと思わず彼の顔を見る。


「ハルちゃんから言ったんじゃないの。祥君が言ってたのを聞いたのよ。で、後でハルちゃんに正式に教えてもらったわ」

「……そうなんですか」


 浅木はどうしてよいものかと逡巡していると、再びアキラから尋ねられた。

「ハルちゃんとの付き合いは真剣なのよね?利用とか、そんなんじゃないわね?」


 アキラの問いかけに浅木は真剣な表情に変わり、きっぱりと言い切った。


「当たり前です!俺はそんな理由でハルを好きになったんじゃないし、真剣に付き合っています!」

「その言葉に偽りはないわね?」

「ありません!」


 普段見られない、真面目で熱い視線で返答する浅木にアキラは静かに頷いた。


「わかったわ。あなたが言った言葉を信じましょう。ハルちゃんも真面目にあなたと付き合ってるって言ってくれたし、想いは本気みたいだから……」

「え?」 


 少し頬が赤くなりながら浅木は春人の顔を再び見た。

 春人も同じく浅木の顔を見て、赤面しながら頷いた。


「本当だよ、アキラさんに浅木への気持ちを言ったよ」

「……ハル」


 嬉しさと恥ずかしさが一気に込み上げ、浅木の顔は更に赤みを帯びる。

 本人直接から言われるのも嬉しいが、第三者の人から聞くのもまた嬉しいものだ。

 それはまるで、想いの誓いを立ててくれているように感じるからだ。

 二人の様子を見ながらアキラは再び口を開く。


「私は昔、ノンケの人との苦すぎる思い出のせいで、あなたたちがどうなるか不安なところがあったけど、それを私がとやかく言うことじゃないわよね」

「アキラさん……」

「それと浅木さんの職業も……ね」


 アキラに伺うようにじっと見られ、浅木は気持ちが少し引き締まるような気分になった。


「……わかってます。アキラさんが言わんとすること。でも俺はそんな気持ちはありません。俺はただ、ハルが好きなんです。大事にしたいって思ってます」

「……浅木」


 春人は今にも泣き出しそうな顔で浅木の顔を見つめた。

 そして浅木は横に一緒に立っている春人の手を、ぎゅっと握った。


「言葉にすると本当に簡単で真実味がないかもしれないですけど、でも、信じて下さい」


 見据える浅木の目の奥に、力強い想いと懇願の気持ちがアキラの心を刺した。


(浅木さんの気持ちは本気だ。嘘はない)


 客商売をしている以上、色んな人間を見てきたからこそ理解したのだ。

 浅木の言う言葉に嘘はないのだと。

 緩くアキラは笑むと、


「わかったわ。あなたたちを信じます。これからも仲良くね」

「ありがとうございます」

「ありがとう!アキラさん!」


 涙を流している春人の顔をアキラが呆れながら優しく拭う。

 そんな姿に浅木は少し安堵の気持ちに包まれた。

 





 二人は帰り道、珍しく黙って歩いていた。

 いつもは楽しく、夜中なので声は小さめにしているが、話しながら帰っているのが、先ほどアキラに伝えた会話のことを、二人はしみじみ噛みしめていたのだ。

 お互いの本音を聞けたことで、どこか気持ちが改まったような、そんな感じだった。

 やがて春人が自分のアパートに近づいてくるのが目に入ると、ゆっくりと話し始めた。


「あのね、俺が祥君に怒った理由ね」

「え?あ、ああ」


 浅木自身が尋ねようとした質問だったが、春人から言ってくれるとは思わなかったので、少し驚いた。


「……言われたんだ。愛しているならすぐ寝たいって思うって。浅木からの俺の価値は大したことないって」

「はあ?なんだよそれ!価値って言うのも腹立つなぁ~」

「そうじゃなくて!俺が怒れたのはそこじゃないんだよ!」


 顔を伏せながら春人は必死に浅木に何かを伝えようとしていたが、浅木は戸惑うばかりだ。


「え?違うのか?」

「だから……」


 言いかけ、再び赤面しながら春人が口を開いた。


「愛しているならすぐ寝たいってこと!」

「ちょっ!なんだよそれ!だいたい祥とは寝ることで繋がってた関係なんだから、お前とは全然違うだろう?」

「だけど!俺、なんか悔しくて……」

「悔しいって……」


 浅木は少し呆れた顔をする。


「わからないけど、浅木のことをまだ知らない部分があるんだってわかったら、なんか、悔しくて……」

「ハル……」


 浅木は嬉しくなり思わず春人を抱きしめた。


「ヤキモチ焼いてくれんの嬉しいけど、それ、あいつの挑発だぞ?」

「わかってるよ……」


 浅木の胸元に顔を埋めながら小さな声で春人は返答する。


「でも、もっと浅木のことを知りたいって思って……だから……」


 顔は赤面し目を潤ませ浅木を見上げるように言う。


「俺を……その、抱いて欲しいです」

「………え?」


 思わぬ言葉に浅木の思考が停止した。

 今春人はなんて言った?

 抱いて欲しいと言ったか?

 自分の空耳じゃないのか?

 浅木から何も返答がなく春人は少し焦った表情をした。


「……したくない?」

「え……したい…いや、けど」


 頭が混乱し、伝えたい事を浅木は、どう返答してよいものかと更に思考する。


「早すぎないか?いくらなんでも……正式に付き合い始めてまだ1か月経ったか経たないかだろ?何より俺は……」


 一瞬口籠り、次の言葉を躊躇いながら言う。


「お前の心の準備がまだなのが嫌なんだよ」

「そんなことないよ!俺はもう……準備はできてるよ!」

「それは、祥に煽られたから感情に任せてそう思い込んでるんだって」


 浅木は春人を落ち着かせようと、抱きしめていた腕を離し彼の肩に手を置いた。


「そ、そんなこと……」

「それに、祥に言われるまで早く俺と関係を持ちたいなんて思ったか?」


 問われて春人は一瞬ハッとした表情になった。

 その様子を見た浅木は溜息を吐いた。


「だろ?だから感情に任せてやるのは止めた方がいい。俺もお前も後悔しかなくなりそうだ」

「浅木……」


 落ち込んだ表情で俯く春人に浅木は優しく頭を撫でた。


「焦ることはねぇよ。俺はゆっくりお前との関係を進めたいんだ。お前の心の準備が出来たらそうなればいいし」

「……でも」


 春人は泣きそうな目で浅木を見つめる。


「俺はお前を抱くことはいつでもできるけど、お前は俺の体をちゃんと受け入れられるかどうかってとこが大事なんだよ。気持ちも定まらない状態で無理やり受け入れろなんてお前が俺を嫌になるのが、そっちの方がもっと辛いわ」

「……でも俺は、どこかで浅木なら大丈夫な気はしてるんだよ?」

「え?」


 突然の発言に浅木は戸惑う。


「だって浅木の体だもの。さっきも抱きしめられて、嫌ってほど浅木が男の体だって理解してる。でも、浅木の体に触れてるとなんていうか安心するし嬉しいし、もっとずっと触れ合っていたいって思うんだよ?」

「……ハル」


 春人の自分に触れたことで感じた気持ちを初めて知り、心が高揚するのを感じた。

 触れあうことをそんなふうに感じていてくれてたことが、かなり浅木は嬉しかった。


「だから抱き合うのも大丈夫なんじゃないかって思ったんだ。簡単に考えすぎてる?」

 伺うような視線で見られる浅木は動揺する。

「わ、わからねぇけど、簡単にも感じるし、そうじゃないって思わなくもない……」


 あまりにも曖昧な言い方に浅木自身も歯切れの悪さに嫌気が差した。

 これは本当に賭けだ。

 今すぐ行動に起こしたことで春人に嫌われるか、もっと良い関係になるか。

 浅木は何より春人を手放したくない。離れたくないのだ。

 自分の勝手な気持ちで失うくらいなら、待つことを選択したいのが本音なのだが。

 浅木が躊躇している姿を見た春人は、意を決したような表情で口を開く。


「一度、裸で触れ合ってみない?」

「え?」

「そこから進めるか止めるか、その時考えればいいって思ったんだけど……どうかな?」

「………」


 しばらく浅木は黙って考えた。

 でもどうしても浅木から結論を出すことができない。

 春人は迷っている浅木に思わず、自分から彼を抱きしめた。

 肩を抱き込むように春人は浅木を包む。

 驚きの動作にしばらく浅木は言葉をなくす。


「……なんでそこまでお前は俺との体の関係を望むんだよ?」


 浅木は思わず尋ねた。

 祥の煽りに負けたくないと思っているだけじゃないだろうかと、浅木は懸念していた。

 しかし春人は冷静に返した。


「今日、アキラさんにも同じ事を聞かれた。それで同じことを返したんだ。再度浅木本人から尋ねられたけど、確かに祥君からつつかれた感じもあるけど、それが逆に気づいたんだ。一度浅木と、肌で触れ合ってみたいって」


 はっきりと言われ、浅木は再び黙った。

 迷っているが、答えを出さなければならない。


「わかった。やってみるか?」

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