逃亡 その2

雪女から逃げるために潜ったはいいが、これからどうしようか。

陸に戻ったらまた同じ目に遭うだろうが、深海に行ったって何かに追われるだろう。

クロは火の出し過ぎで疲れたのか中で眠っている。

これからどうするべきか、陸と深海の狭間で漂いながら考える。

陸の方を見ると、先ほど入った所は無くなっており深海にも似た出口を見つけられない。

前回は池と池が繋がっていたが、今回は無理やり水溜りから入った感じだから新しい出口を見つけなければならないのだろう。


『陸だとまだアレがいるかもしれないし、深海に行くか。』


暗い方に向かって泳ぎ始める。

少し泳ぐと、大きな川のような形をした出口があったのでそこから出る。

顔を出して辺りを見渡すと、岸にはテトラポッドや野球ができるフィールド、ダンボールなどで出来た家のような物もある。


「…ここ、多摩川か。」


川の名前が書いてあるだろう看板は読めないが、見慣れた景色なためすぐに分かった。

周りに何もいないことを確認して川から出る。

川なら河童の一匹でもいるのかと思ったが、そんなことはないようだ。


「どんなのがいるか分かんないし、隠れておくか。」


俺は妖怪への知識はあまりないし、また朱の盆や雪女のように殺しにくる奴らにあったら洒落にならない。

橋下にある背に高い草むらに潜む。

クロが回復するまではここで休もう。


「水辺にいる妖怪って言ったら…河童しか思いつかないな。」


河童は確か、キュウリと相撲が好きなんだっけ?

アイツらは人を殺す類の存在なのだろうか。

そんなことを考えていると足音が聞こえた。

息を潜めながら音がする方向を見ると、何か白い布の塊を抱いている女がいた。

女はずぶ濡れで、耳を澄ますと赤ん坊の鳴き声も聞こえる。

あの布は赤ん坊を包んでいるようだ。

俺は声をかけようとしたがすぐに辞めた。

こんなところに女が1人、それも赤ん坊を抱えてるなんておかしい。

妖怪の類で確定だろう。


「クロなら分かるか?」


俺はスマホのホーム画面をスライドしてカメラを起動し、動画を撮り始める。

濡れている女はゆっくりと川に入っていく。

恐らく陸に行く気だろう。

女が完全に川の中に消える。

これ以上は意味がないと思い、録画停止のボタンを押そうとすると何か呻き声のような何かが聞こえる。

声の方向を向くと、とても不気味な何かがいた。

六本足で虫のような体をしているが、顔は牛のようではっきり言って気持ち悪い。


「…ザ・妖怪って感じだな。」


あの妖怪も女を追って川に沈んでいく。


「こんなとこにいたら、いつ死んでもおかしくないな。」


少し上流に行ってから川の中に入る。

それなりに時間もたった為、あの雪女も遠くに行っただろう。

鈴に意識を集中させ、深海と陸を繋げる。

体に沈む感覚と浮かぶ感覚が同時に感じれたのを確認して目を開ける。

すると、目の前にはさっき見た妖怪が俺のことを見ていた。


『さっきの化け物?!まだ陸に行ってなかったのか!』


急いで引き返そうと深海側に足をバタつかせる。

妖怪はそんな俺を逃すまいと、泳いでるとは思えない速度で迫ってくる。

そのまま追いつかれ、出口から遠いところに叩き飛ばされる。

飛ばされたせいで口や肺に溜めた空気を吐き出す。

このままだと息がもたない。

近くにある陸か深海かも分からない出口を目指してまた泳ぎ始める。

妖怪もさっきと同じ速度で迫ってくる。

また俺を叩き飛ばそうと腕を上に上げるが、俺から火が出て妨害をする。


『アキラ!早く逃げろ!』


クロが目覚めたようだ。

俺は最後の力を振り絞って出口に手をかける。

そのまま身を投げるように飛び出すと、陽の光が目に差し込む。

太陽が出てるということは陸だろう。


「はぁ、はぁ、はぁ…なんだよアイツ。」

『まだだ、牛鬼はまだ諦めてないぞ!』

「陸にまでくるのかよ!」


走り出すと同時に、同じ場所から妖怪牛鬼が飛び出してくる。


「クロ、アイツなに?!」

『牛鬼!妖怪の中でも特に危険度が高い!毒とか呪い撒いてくるから気を付けろ!』

「呪い?!」


呪いがどんな物なのかは知らないが、貰わない方が良いことはすぐに理解した。

兎に角走って逃げる。

しかし、牛鬼もそれなりに速くなかなか敗けない。


『アキラ、深海に行くのはダメなのか?』

「泳ぎはあっちの方が速い。渡ってる間にお陀仏だ。」


クロと案を出し合いながら逃げていると、見覚えのある奴がいた。

俺はそいつを捕まえて脇に抱える。


「え、ちょっ、いきなり何ですか?!」

「さっきぶりだな雪女!」

「あっ、猫又の!」


そう、さっきまで俺らを氷漬けにしようとしていた女、フブキだ。


「離して下さい!未成年誘拐で訴えますよ!」

「離したらあれがお前のこと食うぞ!」


フブキは後ろにいる牛鬼を見て固まる。

やはり、こいつはそこら辺に詳しいらしい。


「なんで牛鬼が…貴方の仕業ですか?」

「んな訳あるか、陸に戻った時に偶然鉢合わせたんだよ。お前、あれ何とか出来ないのか?」

「…冠位が違うので、私じゃ足止めくらいしか出来ないと思います。」


冠位が何かは知らないが、追い払ったりするのは難しいらしい。


「ただ、先輩なら何とかなるかもしれません。このまま逃げて下さい。連絡するので。」

「了解!」


助けが来るとなれば気持ちは楽になる。

さっきよりも速度を上げて飛ばす。


「…連絡し終わりました。因みに、まだ貴方のこと許してないですし、その猫又を早く引き渡して下さい。」

「人んちの玄関壊した奴が何言ってんだ。」

「うっ、」


文句を垂れると、後ろから何かが飛んできた。

俺に当たりはしなかったが、目の前の壁には深々と突き刺さっている。


「で、電柱?」

『牛鬼の奴がこっちに弾き飛ばしてんだ!』

「器用だなおい!」


電柱以外にもゴミ箱や空き瓶、室外機などが飛んでくる。

掴める手も無いのに、良いところに飛ばしてくる。


「おいフブキだっけ?足止め出来るんならやってくれ!」

「この体勢でですか?まぁ、分かりました。」


すると辺り一面の温度が下がる。

フブキを見れば髪は白く、着物を羽織っている。

雪女のセツに変わったのだろう。


「牛鬼とは、恐ろしいなぁ。」


セツは扇子を一振りして、俺たちと牛鬼の間に氷壁を作り出す。


「助かった!」

「ええよ、うちはアキラさんのこと気に入ったからねぇ。」


セツはクスクスと笑っている。

牛鬼が氷壁を壊している間に遠くへ逃げようとするが氷壁にはすぐに小さい穴が開き、目玉がギョロリとこちらを覗き込む。


「こっわ!」

『さっさと逃げろ!』


ビビった俺は急いで走り出す。

クロは牛鬼の動向を、セツは妨害をしているが距離はたいして変わらない。


「おい雪女、フブキの先輩っていつくるんだ?」

「そんな時間は掛らんって言ってたけどねぇ…あ、丁度来た。」


どこにおるのか辺りを見回すと雨が降ってくる。

霧雨とか言う次元ではなく、台風級の大雨だ。


「アキラさん、本気で牛鬼から離れた方がええよ。巻き込まれるかもしれんからねぇ。」


その言葉を聞き終わると同時に、雨雲から強い光が溢れて牛鬼に降り注いだ。

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