第36話
「でもわかるわ。
私も長く歩く日だとつま先がひどく痛いもの。
座ってる時に靴を脱いだり、じっと立ってる時は爪先立ちしてみたりしてなんとかつま先の圧迫を減らそうとするのはあるあるよね。
何度か夜会でそういう人を見たことがあるわ」
「そうなのですね。
やはり皆様困ってらっしゃったのですね。」
「そうね」
…
…
「お母様…ちょっと思いついたのですが。」
「奇遇ね。テルミス。私もよ。」
「では!来週か再来週にでも私の靴を届けにくるはずなので、その時に話をしてみましょう。」
***********
あっという間に1週間経ち、靴職人のルカ様が私の靴を納品してくれる日になった。
今日はお母様も一緒だ。
「コレ…いえ、こちらがダンスシューズになります。」
「履いてみても?」
履いてみる。
今回のダンスシューズの木型は既存のもの。
だからやっぱり私には大きい。
「お母様。
今回は木型から用意すると制作に時間がかかってしまい、私が履ける期間が短くなってしまうので、既存の木型を使っています。
すると、見てください。
先日話したここの幅が私の方が5ミリほど狭いのです。
そのために私の足は前に滑り、つま先圧迫、踵はパカパカということになっていました。」
「なるほど。
それでこのサンダルなの?」
「えぇ。この親指の付け根から小指の付け根までの部分をホールドするようにストラップベルトを通しました。
これで多少調整できます。
踵も脱げないようアンクルストラップ付きです。
ルカ様、ベルトは1本ではなく、2本でクロスベルトにしたんですね。」
「あ、えぇ。
こないだ話してた時みたいに。幅の広いベルトだとしっかり足が固定できねぇ…できなかったんです。
お嬢様の話だとこの部分がしっかり固定されていることが大事なんだろ…あ、大事なのだと思いましたので、試行錯誤してこの形に落ち着きました。
こちらのベルトが親指側をこちらのベルトが小指側を固定する形になります。」
「いいですね。
もう1つ内側にベルトのホール増やしてもらえますか?」
「それなら今すぐにでも」
ベルトをもう1段内側に締める。
若干きついのでは?と思うくらいがちょうどいい。
少し歩いてみる。
うん。ちゃんと踵がついてくる。
ターンする。
うん。問題なし!
「ルカ様。ありがとうございます。
希望通りですわ。」
「よかった。
いえ、こちらも最後に良い靴が作れて嬉しいです。
お嬢様の19センチの木型も今並行して作っていますから、楽しみにしていてください。」
「え…最後というのは?」
「たいしたことじゃないんすけど…
俺は次男なんですよ。
だから工房は継げない。
兄の元で一職人として働くか、別の靴工房に行くかですが、そこでは言われたものを言われた通りに作るしかありません。
俺はもっと靴の種類があってもいいと思っていて、底を厚くしてみたり、いろいろ既存の靴作りとは外れることを、合間にやってるんです。
周りからは変だとか、何に使うんだとか、誰も欲しがらないもの作って何になるんだなんて言われるんですけどね。
それを許されているのは俺が今"親方の息子"であり、親方がまだ俺を子供だと思っているからです。
子供のうちは合間に好きなことやってもいいだろうと。
だからいづれは出ていく予定だったんす。
一人前になっても作り続ければ工房のお荷物になるし、衝突するでしょうから。
なのでスッパリ諦めて全く別の道を歩もうかと…」
「そうですか。
実はルカ様にオファーがあります。
私の専属靴士になりませんか?
もちろん別の道の方が良ければお断りしていただいて構いません。
ですが、まだ靴を作りたい気持ちがあるのなら…私を手伝っていただけませんか」
「専属…靴士?」
「名称は利便上こういう形ですが、ゆくゆくは幅狭、幅太とワイズ展開した靴工房になればいいなと思っています。
ワイズ展開のある靴。
派手さはありませんが、全く新しい靴です。
それにワイズ毎の木型を揃えたらパンプスだけでなく、サンダル、ブーツにシューズ…いろんなタイプを作りましょう。
ヒールもピンヒールだけでなく、太めで安定感のあるタイプや先ほどルカ様のおっしゃった全体的に底の厚いタイプとか色々作ってみましょう。
あとこんな風にかかとに固定するタイプや小指をカバーするタイプなど色々な部分別ソールを作って欲しいですし、今ルカ様の話を聞いて欲しくなったのですが、厚底で足長が短く、ソールは舟形にカーブして、踵がない靴を作って欲しいです。」
「待て待て…待ってください。
情報量が多すぎます。
ワイズ毎の木型となるとすごい量ですよ。
しかも木型はパンプス、サンダル、ブーツと靴の形が変われば木型も変わります。
木型を作成するだけで数年、木型を保管するだけで結構な広さの工房が必要なのですが…
あと、踵用のソール?と足長が短く踵がない靴?っていうのはなんだ?」
「ふふふ。
ちょっと興味出てきましたか?」
「ズルいっすよ。
俺が作ってる変な靴より想像つかない靴じゃないっす…じゃないですか。
そんなの聞いたら…辞められませんよ。」
ルカの声は弱々しく、最後の方はあんまり聞こえなかった。
けれど「俺でいいのでしょうか」とポツリと呟いた。
「正直靴作りは好きだが、まだカウンター部分は親父に認められてない。
言葉遣いもなってない。
あとまだお嬢様の言ってる踵用のソールなんてどう作ったらいいかわからない。
やりたい気持ちはあるんだ。
でも、俺でいいのか?」
それに答えたのは、今まで静観していたお母様。
「ルカさん。
今はそれでいいわ。
でもゆくゆくは言葉遣いも靴作りも完璧にできるようになってもらわなきゃならない。
さっきあなたが言ったように、木型作るだけでもすごい量よ。
その上靴作りの修行もあるし、言葉遣い、立ち振る舞いも直していかなきゃならない。
新しいことだから先達はいないし、私たちは売れると思っているけれどうまく行く保証もない。
テルミスが求めてるのは結構大変よ。
貴方…本当にいいの?」
「たとえうまく行かなくても、俺を必要としてくれるなら頑張りたい。
今回このダンスシューズの依頼をもらって、初めて依頼されたものづくりが楽しいと思えたよ。
お嬢様についていけば、何か楽しい風景が見えるんじゃないかって楽しみなんだ。
一生懸命頑張るよ。
だから、こちらこそ是非専属にして下さい!」
「ルカ様、あ、頭あげてください!!」
話が長くなってきたので、メリンダに紅茶を入れてもらう。
サリー様もプリンを持ってきてくれた。
とてもびっくりしていたし、一瞬でなくなった。
せっかくなので専属二人を紹介したら、二人から専属になったのだから様はつけないでくれと言われた。
確かに…変かな?
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