第59話 そうきたか……

 年明けのタイミングは、王都での社交が一段落するところだ。


 親貴族に挨拶をすませた貴族達は続々と領地へと戻っているし、親貴族が領地にいるなら、なおのこといち早く戻る必要があった。


「領地に帰る前に、申し出ていけば良いのになぁ」


 城の窓から、王都を見下ろしながら頬杖を突きながら、つぶやいてしまった。


 当初の目論見が完全に外れてしまった。


 何をって、そりゃ「支援食糧」の件だ。


 去年の収穫は、一部にジャガイモを渡したし、いろいろと工夫してもらったから、予測の「最悪」だけは回避できたと思う。だけど、例年に比べれば記録的なピンチなのは間違いないわけだ。


 各地の領主達は、食糧貯蔵庫の中身を見てはため息を吐いて、計算をやり直しているのはわかってる。ひょっとしたら計算上はギリギリ間に合うと見ているのかもしれない。


 けれども、貴族が見るのと、庶民から見るのとでは「ギリギリ」の意味が違う。


 庶民は、ギリギリを一歩でも超えてしまえば、すぐに命の問題に直結しちゃうからね。


 それを見越して、小領主地帯の当主をはじめとして、中小の領主向けに「必要な場合は全領民の10日分単位での応援(防災用備蓄パン)も用意する」と、言っておいたんだ。


 去年からセッセとストックしてきた分は、今や数百万食を超えている。これなら、万が一の飢饉でも最悪は防げるってつもりだった。


 それなのに……


「希望するお家は案外少ないんだね」


 って言うか、いまだに申し込みがゼロに近い。素直に申し出てくれたのはウチの子貴族の系列ばかり。ようするに「コネ」枠に近い。


 ウチの子貴族は、かなり早い段階から対策をさせてきたから、むしろ必要性は低い方なんだよね。

 

「必要な家が、もっともっとあるはずなのに、何で言ってこないんだろう」

「それは、自分の領地経営が上手くいってないと告白するようなモノですから、ギリギリになるまで要請はしたがらないでしょう。プライドが邪魔するのです」


 すっかり、オレの懐刀的ポジションを確保したブラスが解説してくれた。


「なるほど。でも、それで領民に被害が出ちゃうと不味いんだけどなぁ」


 飢饉になると、必ず起きるのが口減らしってやつだ。日本の古典でも「姨捨」なんて話がけっこう残ってる。


 せっかく、こっちは準備してきたんだ。なのに、領主のミエのために「姨捨」が起きたら超腹が立つよね。しかも、小領主ほど必要性が高いはずなのに、そこからの問合せすら全然無い。打診どころの話も無い。


「あんましギリになってウワサが流れ始めたら、思った以上にヤバくなるのは分かってるんだよね?」


 今は市場に出回っているイモも「食糧不足」のウワサが出た瞬間から出し惜しみ、買いだめが進むのは前世のいろいろな場面で痛いほど分かってる。


 この世界にはテンバイヤーはいないけど、今までその日の分の食糧を買っていた人達が「念のために、明日の分も」ってなった瞬間から物不足が始まるんだから。


 一度始まったパニックを収拾するには、その十数倍の物資を見せつけて「ほら、こんなにあるよ」をやらなきゃいけないっていうのを、分かって無いんだよなぁ。


「ってことで、この事態を防ぐ方法を考えてね」

「え? あっ、は、はい」

「はい!」


 いきなり話を振られたビリーとケンが目を白黒。あ、この二人は親が王都でも堅実な商売をすることで知られているから「見習いスタッフ」の扱いで雇ったんだ。前世で言う「インターンシップ」扱いだね。もちろん、卒業と同時にスタッフにすることは「親」と約束済みだ。


 ゴールズとのつながりができるって、二人の親は大喜びをしたし、二人とも喜んでくれた。


 オレとしては、本人の知恵や行動力を期待しつつ、その実家の力も含めての丸投げをしたつもりなわけで、商人らしい解決法を期待してみよう。


「はぁ~ 考えなきゃいけないことが多すぎるよ」


 問題山積。


 かろうじてラッキーはふたつ。


 クラ城が落ち着いたこと。タックルダックルからの報告も、テノールからの知らせにも敵の攻撃が散発的になって、危機的状況は遠のいたとある。ただし、そろそろ新しい司令官が赴任する頃だ。そっちの様子も見ていなくちゃ。


 そして、もう一つのラッキーは飛び地の方の侵略が最大到達点まで敵の攻撃が伸びきったらしいこと。


 ここからじっくりと反転攻勢に移るとマイセン伯からの報告にあった。予想通り、アンスバッハ伯が周辺の戦力を束ねて大活躍中らしい。


 とりあえず、それは良しとしよう。


 しかし、ロウヒー家の領地の接収を任せられる人材の選定と戦力の派遣もしなくちゃだし、アマンダ王国のことも、それと北方遊牧民族の対策もエルメス様がどうしているかも関係してくるし。


 かと言って西に注力した場合、間もなく食糧問題での危機が訪れるはずのガバイヤ王国、シーランダー王国への対応もしなくちゃ行けない。


 あぁ! 本来なら、この二国への対応は、このタイミングが一番やりやすかったのに。


 その時、窓の下で動きがあったのが目に入った。


「あれは、急使? どこからだ?」


 しかも、相当にボロボロな姿だ。この時期に、あんな姿の急使が来るとしたら、どっちみち良くないことしか思いつかないよ。


「ブラス、会議室に行くよ。ノーブルとバッカス、それにアーサーを。あ、それにドーンも呼び出してあげて」

「承りました」


 最近、ドーン君が伸び盛りなんだ。まだまだインターンシップっぽいけど、オレよりもよっぽど押し出しも良いし、貴族的な迫力もあるから、いろいろな意味で楽しみなんだよね。


 彼はゴールズへの加入を強く望んだけど却下したのは政略面で使いたかったからだ。ああ見えても、侯爵家嫡男としての英才教育も受けているし、貴族としての責務も叩き込まれてる。


 頭も悪くないから、オレの側で学んでもらってる最中なんだよ。


 そして、急使をそのまま会議室にダイレクトで迎え入れた時には、呼び集めたメンバーのうち、ドーン君とバッカスだけしか間に合わなかった。


 しかし、揃うのを待っている余裕なんてないよ。


 もちろん、何段階にもチェックして、武装解除済み。急使のフリをした暗殺者っていうのは珍しくないからね。


 まあ、よほどの使い手でも、アテナがピタリと張り付いたオレには無効だと思うけど。

 

「大儀であった」

「ありがたく」


 持ってきた手紙を読む間にも、使者は、心底美味そうにスポドリを一気飲みしていた。


 でも、最後まで読む前に、オレは悲鳴を上げてたんだ。


「ひぇえええええ!」


 ドーン君は「どうなさいましたか」とは聞かない。ただ、テーブルに置いてある紅茶をさりげなく近づけてくれる。


 このあたりは、本当に貴族的な振る舞いをするって思うよ。


 でも、ドーン君を褒める余裕なんてなかった。手が震える。


 ブラスが、もの問いたげな目をしている。


「アマンダ王国のイルデブランド3世が崩御した」

「おぉ。ついに。して、王太子はどうなるのでしょう? 場合によっては、選定をやり直さねば」

「王太子は作らないらしい。新法をギリで立てたそうだ」

「それは、どのような?」


 ん? ブラス、君、ひょっとして、知ってた?


 だって、明らかにワクワクと期待する目なんだもん。


 あ~ これは完全にやられたわ。おそらくリンデロン様案件ってことだろうね。一気に力が抜けた。


「はぁ~ どうせおまえのことだから、この後についても考えてあるのだろ?」


 右の口角がわずかばかり上がった。珍しくブラスが笑った…… えっと、これ笑顔だよね?


 ともかく、ドーン君とバッカスには何のことだか分からないので、大きくため息を吐いてから、中身を教えたんだ。


「アマンダ王国は国王代理を立てることにした。初代国王代理は「「おめでとうございます!」」あ、いや、う~ん、これってめでたいかなぁ」


 バッカスは恭しく礼をしながら言った。


「はい。まちがいなく。サスティナブル王国の歴史上でも、特筆すべき吉事かと」


 ドーン君は「さすがでございますな」と落ち着き払って貴族式の礼を改めて示してくれた。


「あ~ ブラス」

「はい」

「じゃ、とりあえず、みなさんが集まったら、全部、喋ってもらうぞ」


 どうせ、もっと前から、今後のことを全部計画をしてあるに違いないからね。


 ブラスは、改めて「承知いたしました」と答えた顔には、自信がみなぎっているように見えた。


 えっと、ため息を吐いていいかなぁ?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ショウ君からしたら、最大級の厄介ごとが降りかかってきた感じに近いです。

「貴族は丸投げしてナンボ」でいきたいのに、丸投げされてしまうのは厳しいですね 笑 

 次話は、ちょっとだけ時間が戻ります。起きた出来事で言えば60話→59話です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

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