(4)チハル

(絶対に堕とさないんだから……!)


「ぬい活」――。

 それは、推しを模したぬいぐるみを好みに合わせてカスタマイズしたり、写真を撮ったりして愛でる活動のこと。


 私、佐々木千春は、ぬい活に命を懸けていた日本の高校生だったが、現在進行形でロンドル王国にてマジもんの命を懸けさせられている。

 せっかくの異世界映えロケーション満載なのだから、粛々と衣装と小物作りを進めさせてほしいというのに。


 けれど、そんな私が魔王討伐の旅に出たのは、アレクサンダー・フォン・ゴルドレッドに嫌われるためだった。

 私は彼をラスボスにしたくなかったから。


 アレクサンダー・フォン・ゴルドレッドは、私の大好きな乙女ゲーム【ロンドルの愛に狂って】の攻略対象キャラではない。ラスボスだ。

 彼はヒロイン聖女の護衛でありながら、ストーリー中盤でヒロインに恋をして、玉砕。ヒロインと攻略対象の誰かが結ばれることが許せずに闇堕ちし、魔王の力を奪って大暴走してしまうという、初恋拗らせ二代目魔王なのである。


 当時、恋が実らず落ち込んでいた私が、最も感情移入したのがアレクサンダーだった。癒しを求めてプレイした乙女ゲームだったのに、傷口に塩を塗られたようなクリア感だったことはさておいて、私はアレクサンダーが幸せになることを強く願わずにはいられなかった。


(まさか、私がヒロインとして召喚されるとは思ってなかったけど……)


 そう。だから私は、ストーリーに沿ってアレクサンダーが闇堕ちするフラグを徹底的に折り続けている。

 魔王討伐の旅で出会う攻略対象たちに会わなければ、彼が嫉妬に狂うことはない。

 魔王討伐に行かなければ、彼が魔王の力を奪ってしまうことはない。

 そしてそもそも、ヒロインに恋をしなければ、彼が失恋することはない。


 だから私は、アレクサンダーに嫌われようと、日々ぬい活に精を出している。

 ぬい活は私を私たらしめるハッピーな活動なのだが、興味がない人にとっては「キモチワルイ」ものらしいから。その辺は、私の過去の失恋とトラウマで証明できるかなと思う。

 きっとアレクサンダーも私を頭のオカシイ聖女認定するに違いないし、そんな女に惚れることはないはず――だったのだが。



「次は、雪の町スノウタウンに行きたいです。アレクぬいサイズの雪だるまを作りたいです」と、私は無茶を承知で希望を口にした。


 スノウタウンは魔王城の方角から真反対。しかも、アレクサンダーは寒いのが大嫌いな温室育ちなのだ。

 けれど、予想に反して彼は笑顔だった。


「聖女のお前の護衛をするのが、俺の仕事だ。どこへでも行ってやる」


 不意打ちのキラースマイルに、私は思わず目が泳ぐ。一瞬喜びそうになってしまうが、あり得ないことだとブレーキを強く踏んだ。


(私のバカ。アレクサンダー・フォン・ゴルドレッドがぬい活を受け入れてくれるわけないじゃん。リップサービスに決まってるじゃん)


 テーブルにちょこんと座っているアレクぬいと目が合い、「チハルも拗らせてるな」と言われているような気がしてしまう。


(いいんだよ。推しが闇堕ちしなかったら)


 私はアレクぬいの写真を、追加で一枚ぱしゃりと撮った。

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堕としたい騎士と堕としたくない聖女は、今日も魔王そっちのけで【ぬい活】に精を出す。 ゆちば @piyonosuke

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