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(うまくいくなんて思ってない)


 きっといつか侯爵家を出て行くことになる。けれど、旅慣れていてもたったひとりで生きていくにはまだ経験も年齢も足りないことを知っている。

 結局マリは、自分のためにロジェを利用しているのだ。ヴィヴィアンヌにどう言われても仕方がない。

 それでも少しはこたえていたのだろう。

 夏休みになってロジェが帰ってくる日は柄にもなくメイド長に髪を結ってもらった。髪の長さが足りないので簡単に結われただけなのに、なんだかむずがゆい。


 案の定、玄関ホールで出迎えたマリを見て、ロジェはおかしな顔をした。


「……どうしたのですか? 何かよくない物でも食べてしまいましたか?」


 マリがお淑やかに「おかえりなさいませ」と言っただけでどうしてこんな風に言われてしまうのか。馬鹿馬鹿しくなってマリは腰に手を当て息をついた。


「やめやめ。もう一回。おかえりー、ロジェ」

「ただいまもどりました」


 ロジェはなんだかホッとしたような顔で笑った。


「良かった。お変わりないようですね」

「うん。ロジェは……背が伸びたね!」


 春休みにはマリより辛うじて低かった背はもう通り越して、十二歳になったロジェはマリの視線と同じになっている。

 見るたびにすくすくと伸びていく体と手足はすっかり大きくなっていて、いつのまにか半ズボンではなく大人のようなスラックスになっていた。


「男の子ってすぐ大きくなるって聞いたことがあるけど、本当なんだねぇ」

「僕は中ぐらいですよ。でも、あまり太らないからひょろひょろのカカシみたいだってよくからかわれます」


 確かにロジェは痩身で、幼い頃からの整った顔立ちはそのままに成長しているので中性的な雰囲気がある。でも細いとばかり思っていた首回りなどはしっかりとした骨格が見て取れて、やっぱり彼はきれいな少年なのだと分かった。

 マリがよくロジェを観察していたように、ロジェもこちらを見ていて「どうしたの」と訊ねると、彼ははにかむように笑った。


「髪を結ったのですね」

「変かな?」

「いいえ」


 ロジェはマリの頭の後ろで房のようになっている髪に触れかけて、止める。その様子は恥じらいにも似ていじらしい。


「よくお似合いです、マリさん」


 この少年には年上をたぶらかす才能があるらしい。




 

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