思春期と青春と年の差と

14歳になった君と初めてのわたし

17

 その年の春、ロジェはサロト領へ帰って来なかった。

 上級生になって学校の方が忙しいのだと手紙だけが届いた。

 今年こそはロジェの誕生日を祝おうと思っていただけにマリは少しがっかりしたものの、次の休暇には会おうと返事を出した。

 実を言えば冬休みの頃からロジェが急によそよそしくなったので、予感はあったのだ。

 思えば、マリが初めてお酒を飲んで醜態をさらしたときからだ。

 残念ながらアルコールに弱かったのだと気付いたときには、いつのまにか自分の部屋のベッドで寝ていた。マリを運んでくれたのだろうロジェが怯えるように去っていったので、きっととんでもないことをしでかしてしまったに違いない。

 これは一度謝らなければとフェルナンに訊いてみたが、酔っぱらったマリを背負って部屋に送ってくれたこと以外は知らないという。食堂でのマリはロジェに絡んで始終上機嫌だったらしい。

 結局、ロジェを怯えさせるほど何があったのかはわからないままだ。

 

 季節はすでに夏に差し掛かり、ブドウ畑では実が順調に育っている。畑作業も好調に忙しさを増していた。実が色づけば収穫になるからだ。マリがブドウ畑に出入りして早四年目。すでに管理人のバルからはひとりで作業しても良いとお墨付きをもらっている。

 マリは収穫に向けて畑の草刈りをしながら考え込んでいた。


(思春期はむずかしい)


 少し前までマリも思春期があったはずだが、聖女や巡礼で吹っ飛んでしまったので思い出せなくなって久しい。

 きっとマリではわからない、複雑な事情がロジェに出来たのだ。


(女の子に告白されたらしいし)


 酔っぱらう前に聞き出せなかったのが惜しまれてならない。

 優しい性格のロジェなら女の子に無体を働くことはないと思うが、どんな女の子と話すのかぜひ訊いてみたい。

 気分はすっかり親戚のオバサンだ。


(ロジェってモテると思うんだよね)


 もしもあんな美少年が学校にいたとしたらそれだけでアイドルだ。同い年ならウワサを聞いただけで憧れていたかもしれない。


(ああ見えてしっかりしてるから、好きな子ができたらすぐ告白しちゃいそう)


 ロジェは優しい少年だが、幼い頃から領主として執務を行ってきた侯爵さまだ。味方も多いとはいえ、海千山千の親族たちとも渡り合ってきた経験値は他の子息たちとは一段も二段も違うだろう。

 十歳の頃はどこか迷子のような雰囲気もあったが、今ではマリの心配さえしてくれる素敵な少年だ。


(やっぱり一度謝らないと)


 酔っていたとはいえ、あのロジェがあれほど狼狽する出来事があったのだとしたら一度話して謝りたい。


(そして女の子とのことを聞こう)


 ロジェの恋バナはさぞ楽しい肴となるだろう。

 訊かれる方は迷惑この上ないことを企みながら草刈りに精を出していたマリだったが、畦道から呼ばれていることに気付いた。


「おーい、マリー! おまえさんに客が来てるってよ」


 一緒に畑を管理しているおじさんがこちらに手を振っている。しかし今日マリに客など予定はないはずだ。


「何だろう?」

「マリに客とは……私も聞いておりません」


 マリの近くで作業をしていた護衛のマルクス(今ではすっかり農作業が板に付いてしまった)と一緒に畦道へと向かう。

 石を積み重ねた低い塀の向こうでおじさんと共に待っていたのは、滅多にブドウ畑にはやってこないメイド長だ。


「どうしたんですか?」

「私にもどういうお客様かわからないのですが…家令のジョセフさんからは、あなたをお迎えにいってお召し替えしていただけとしか」


 困り顔のメイド長と不思議そうな護衛と三人で顔を合わせてみるが、ここにいても答えは出ないからと城館へ戻ることにする。


「お客さんって、どんな方だったかわかりますか?」


 道すがらでも客人のことを少しでも聞いておこうと質問すると、熟練のメイド長は的確に答えてくれた。


「若い男の方おひとりでしたよ。立ち居振る舞いからして王都の騎士の方でしょう」


 王都から離れて四年も経つ。王都での知り合いはほとんどいなかったし、親しいといえば護衛ついてくれていた騎士たちだけだ。それに彼らは王都での仕事が忙しいだろう。

 しかし、今は城館にフェルナンもロジェもいない。この城館の一切を取り仕切る家令がマリをわざわざ呼ぶということは、彼だけでは応対できない身分の客なのだ。お飾りとはいえ侯爵の婚約者で聖女だったマリが、客人をどうするかを決めなければならないのだろう。

 マリは久しぶりの正念場に腹をくくった。



 

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