第89話『財宝を暴く⑭』
―――――――――……
「おお、これは……」
「流石はメリル様……」
ランタンを掲げて迷宮を歩む聖騎士たちが、感服に唸りながら周囲を見回している。
感服の理由は単純明快だ。迷宮を我が物顔で闊歩していた蟻たちが、一匹残らずいなくなっているのである。どこの岩陰にも隙間にも、触覚一本すら見当たらない。
「さあ、聖騎士のみなさん。御覧の通り【迷宮の蟻】はいなくなりました」
私は胸を張って、堂々と手柄を自慢する。
あれから私とシャロと白狼は、迷宮を引き返して聖騎士たちと合流した。そして今、改めて彼らを引き連れて――【迷宮の蟻】が消えたのを確認してもらっているわけだ。
「もちろん隠れているということもありません。悪魔の気配も綺麗さっぱり消えていますから。ですよね、シャロさん?」
私がそう呼びかけると、シャロはこくこくと頷いた。ちらりと白狼のことを見下ろしてはいたが、空気を読んでそっちの気配は対象外にしてくれたらしい。
嘘はない。
仮に母が今この迷宮を調べてみても、【迷宮の蟻】の気配は感じ取れないだろう。
「悪魔が消えたということは……宝を発見されたのですか?」
「ええ。そうです」
途端に聖騎士たちが歓喜の声を上げそうになるが、すっと私は掌で制止した。
「ですが、残念ながら金銀財宝というわけではありませんでした。そうした財物であれば貧しい人々の救済に充てられたのですが――ご期待に応えられず申し訳ありません」
「いえ、それはメリル様の責任では…!」
私が良い子ぶった仕草で頭を下げると、隊長格の聖騎士が慌てて擁護してきた。
当然である。私の責任などではない。言ってみただけだ。
「しかしメリル様……それでは、迷宮の財宝とは何だったのです?」
「それをこれからご説明しましょう」
けろりと態度を平常モードに戻し、私は聖騎士たちに不敵な笑みを向ける。
最短ルートを通って辿り着いたのは、かつて金塊のあった宝物庫である。
「と、その前に少し確認を。レクシャムがかつて黄金の産出地として栄えたことはみなさんご存じですね?」
「はい。それはもちろん」
さすがに任務前に土地柄の説明は受けたのか、数名の聖騎士がまばらに頷いた。
「【迷宮の蟻】たちは自分たちのことを、領主に仕える存在だと言っていました。すなわちこの迷宮は、黄金都市レクシャムの莫大な富を護るためのものだったわけです――が、ご存じのとおりレクシャムの栄華は続きませんでした。金脈の枯渇とともに、その輝かしい歴史は終焉を迎えます」
本当はレクシャムの終焉の前に『領主が錬金術に傾倒した』という経緯が挟まるのだろう。ついでにいえば、おそらく存在したであろう『錬金術を実現する悪魔』のことも。
だが、私は意図的にそれらの情報を伏せた。
――なぜなら、関係ないからだ。
それらは『迷宮の財宝』を見つけ出す上で、余計なノイズでしかなかった。
わざわざ聖騎士たちに語る必要もないくらいに。
「この迷宮に満ちていた黄金も、きっとレクシャムの末期においてはスッカラカンに等しい状況だったことでしょう。さて、そんな状況で領主さんはどんなことを考えたと思いますか?」
「は。どんなこと、ですか……?」
隊長格の聖騎士は少しだけ考えて、ごく順当な答えを述べる。
「それはやはり……領地の没落を憂えたのではないでしょうか」
「ええ、そうでしょう。ですが、みなさんの想像する憂い方とはちょっとだけ方向性が違ったんです」
「と、いいますと……?」
「【迷宮の蟻】は財宝を失うと死に至ります。つまりレクシャムが破綻してこの宝物庫が空っぽになると、護るべき宝がなくなって自然と死んでしまうことになります。領主さんが憂慮したのは没落そのものではなく、宝がなくなることで『先祖代々の友を失うこと』だったんです」
私はぴんと指を立てた。
「もうお分かりですね? 領主さんにとって真に価値ある財宝は【迷宮の蟻】そのものだったわけです。だから黄金が底を突いても蟻たちは死ななかった。彼ら自身が宝としての性質を獲得していたからです。領主さんもさぞ喜んだことでしょう」
「……よろしいでしょうか」
そこで隊長格が控えめに挙手をする。
「宝の正体が悪魔そのものというのは、確かに宝の見つからない理由として腑に落ちるのですが……なぜメリル様はそこまでお見通しに?」
「簡単です」
神からの啓示、でゴリ押す手も考えた。
だが、それは最終手段に取っておきたい。あまり都合よく乱発しては、今後何かしらの問題に直面したとき「なぜ神に啓示を仰がないのです?」とか思われそうだ。
なので、シンプルにこう答える。
「他ならぬ【迷宮の蟻】たちがすべて自発的に教えてくれたんです」
私が言うと、聖騎士たちは一様に戸惑いの表情を浮かべた。
「なぜ悪魔がそのような情報を自ら……?」
「考えてみてください。【迷宮の蟻】は宝を護る存在です。今の彼らは『自分自身の命を護ること』こそが至上の存在意義なんです」
そこで私は親指で自分自身をくいっと示す。
「しかし――私や母ほどの力の持ち主であれば、宝を見つけずとも強引に【迷宮の蟻】を討伐することができます。【迷宮の蟻】は私のことを一目で致命的な脅威とみなし、なりふり構わず命乞いをしてきたんです。その命乞いの中で、今の経緯が語られたんです」
このあたりの説明は完璧に嘘だ。
母ならともかく、私にそんな芸当はできない。そもそも【迷宮の蟻】たちは自分たちが宝だなんて気づきもしていなかった。
「正直、悩みました。無害な悪魔であれば見逃すことも考えましたが【迷宮の蟻】は決して穏やかな存在ではありません。聖騎士のみなさんたちのことも、隙を見て背後から襲うつもりだったそうです。ですので……少しばかり哀れとは思ったのですが、私がこの手で討伐させていただきました」
私は少し陰のある表情を作ってみせる。
聖騎士たちは口々に「仕方のないことです!」「正しい判断かと!」とフォローしてくる。うん、いちいち言われなくても知っている。
「――というわけで悪魔の討伐は済みましたから、私はこれで聖都に帰らせていただきますね? 後の始末はよろしくお願いします」
―――――――――……
「あのう……本当にあの説明でよかったのですか?」
帰りの列車に乗り込むなり、シャロが躊躇いがちに尋ねてきた。
何の問題もないとばかりに私はえへんと頷く。
「ええ。無事に一件落着じゃないですか。何か問題ありますか?」
「だ、だって! 事実と全然違うじゃないですか!」
「大筋ではほとんど合ってませんか?」
「合ってませんよっ!」
私が迷宮に来て、宝の正体を暴いて、無事に【迷宮の蟻】はいなくなった。
事件の顛末だけ箇条書きにすれば、真相と大して変わらない。なんなら私が力を振るって討伐したことになった方が、聖女の娘として箔がつく。
「いろいろたくさん大事なことが抜けてましたし……何よりあの蟻さんたちは今も生きてるじゃないですか!」
そう、それが問題だ。
そんな最悪の事実は絶対に隠し通さねばならない。【迷宮の蟻】はあの場からいなくなっただけで、今もしっかり生存しているという事実だけは。
もしバレたら結構なレベルの不祥事である。なんせ、あの蟻どもが今頃どこでどうしているか私にもまったく分からないのだ。白狼のように管理下で見逃すのとは訳が違う。数百数千の個体数を誇る悪魔の大群を、うっかり世に解き放ってしまったといっていい。
「いいですか、シャロさん。【迷宮の蟻】たちは死にました。私が殺しました。異論は認めません」
私は軽く爪を噛みながら、そうなってしまった苦々しい顛末を思い出す――……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます