映画と変装
朝食の後は映画を見た。二人掛けのソファに座って手を繋ぎポップコーンを脇に抱えながら2時間半。
「この映画、覚えています?」
「覚えているも何も、私と和咲が出演した映画じゃないか」
「ええ。このときのキスシーン。本当に胸が高まりましたの。このときにはもうあなたをお慕いしていて」
「その話はもう何回も聞いたよ。このあとすぐに、どちらかということもなく付き合い始めたんだ」
「大変でしたわね。お互い注目されていましたから、恋人同士とわかると大変と、私達は毎回変装して逢瀬を重ねました。そうだわ。あのときの変装してくださらない? ほら、薄いブラウンのハットに小さな丸いサングラスにブラウンのコートを着て。茶色の手袋もしていたわね。ヒゲもお忘れなく」
「え?」
「どうされました?」
上目遣いでこちらを見てくる。そんな変装したことあったかと頭の中を巡らせるが、恋人の記憶の中には出てこなかった。
まさか──罠か。いや、そんなわけがない。和咲の記憶が間違っている可能性もある。人間の記憶なんて曖昧なものだ。
「ねぇ、やってくださらないの?」
和咲は上目遣いで私を見つめると、柔らかく細長い手で腕を揺らしてお願いしてくる。
どうする。どうやって切り抜ける。ああ、そうだ。
「……そ、そんな変装だったかなぁ~」
和咲はきょとんとした顔をすると、すぐに抱きついてきた。和咲の体は暖かい。私はいつもならすぐに優しく抱き締めてその温もりを体感するのだが──今は体の冷たさが伝わらないか焦っていた。
「冗談ですわ。そんな目立つ格好してたら逆に浮いてしまいます。変装と言っても帽子や眼鏡、マスクをするくらいでした」
「なんだ冗談か。私は内心ドキドキしたよ。別の誰かと間違えてるんじゃないかなってね」
「そんなことないですわ。もう〜」
演技だ。本当の内心はヒヤヒヤだった。
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