第8話 手厚い歓迎
「ようこそ!――
扇状に広がる建物群。それに添うようにカーブを描いて川が流れている小規模の村。
質素な生活を想像するがおばさんの体格からして食に関しては十分なんだと思う。
「その背負ってるのはあんたが仕留めたのかい?」
おばさんの興味が俺の背負う鹿に向けられた。
顎に手を当てて目を細めながら、俺の顔と鹿を交互に見る。
それからまるで俺を品定めするように、じっくりと顔を近づけて。
何か怪しい事でもしたかな。すっごい詰め寄ってくる。
「はい。すぐそこで襲いかかってきたので仕留めました」
おばさんの圧に耐えながら、森の方を指して答える。
指先に誘導されておばさんの視線が森の方に移って少しの息苦しさから開放される。
それも一瞬の事ですぐに目が合う。
が、納得したのか圧は消えて顎から手が離れ、元あった腰の位置に戻る。
「ふぅん。頼りになりそうな男だねぇ。
大人しそうな子に見えて意外と肉食じゃんねぇ…このこの〜」
今度はドトナさんが背中をバシンと叩かれ、たたらを踏む。
「疲れてるだろ。良かったらウチ寄ってくかい?宿泊所なんてここには無いからさ」
「それなら、お邪魔させていただきます」
俺とドトナさんは軽くお辞儀をする。
「いいねぇ…久々の客人だ。
腕がなるよ!」
その太い腕を見せつけるように叩く。太陽のような屈託のない笑顔を添えて。
おばさんに着いていって一番手前にある家に入っていく。
赤い屋根の木造の家で玄関の前には小さな階段があり、道と玄関を区切っている。
「さあ、あがってあがって」
言われるがままに家の中に入る。二人は靴を脱がずにそのままあがる。
良かった。俺裸足だから靴脱ぐってなったらどうしようかと思ってた。
「ここで手を洗って、綺麗にしたらリビングの椅子に座ってな。
お菓子用意しとくから」
手洗い場に通されて、ドトナさんが手を洗う。
待ってる間はつい、装飾なんかを見ちゃう。
外観で想像してたよりも結構しっかりしてる。細かい物も揃えられてて充実してる。
場所が場所だからかな、自然との調和を考えるならあの外観がピッタリでむしろ最適。
下手に外観に装飾なんかを懲って手を加えすぎるとバランスが崩れる。
なんて考えてるとドトナさんが手を洗い終わってた。
や、やべー。蛇口に取っ手が付いねてぇぞ。
これはあれか?手を添えるだけでセンサーが反応して出てくるやつとか。
あれぇ…出ねぇ。
叩いてみても。捻っても。出ない。
ドトナさんが使ってるとこちゃんと見ておけば。
「あ、ドトナさん。」
リビングに向かおうとしてる所を呼び止めて、素直に聞く。
というか疑問無く使えたんだ。
「どうしたんですか?」
「ここの水の出し方がわからないんですけど」
「え?」
ドトナさんは首を横に傾げながらもすっと、蛇口の付け根に埋め込まれてる謎の紫の球体に触れる。
(シャーっ)
勢いよく適度な水が流れ出す。
こんなことが出来ないの?と言わんばかりの不思議顔で見られる。
(あっれぇ?俺もやったんだけどな。もちろん触ったし若干叩きもした)
「こうすれば出ますよ?」
言われて俺ももう一回確かめるように球体に手を乗せる。
何も流れてこない。何度乗せても、少し押し込んだりしても水は流れない。
「おかしいです…あ、キュロウさん魔力が無いから」
そっと呟くように漏れたその一言が俺の耳に触れ、脳みそを絶望に染め上げる。
「基本的に身の回りのものは魔力に反応して動くようになってて…。
私のところでもそれが当たり前だったので」
(カポーーーン)
この衝撃はいったい。世界から否定される俺。
魔力で水道から水を出すって?俺はこの世界に馴染まずに大人しく原始的な生活をしろってことですか。
なんか、この先降りかかるであろう苦労が予想出来て一気に不安がのしかかったってきた。
思わず膝から崩れ落ちる。
とりあえずドトナさんに水を出してもらってちゃちゃっと手を洗う。きっと不憫だなと思われてるに違いない。顔を直視できない。
それからリビングで出されたクッキーを食べながら三人でなんでもない話をする。
意外とっていうのは失礼だけど、お菓子作りが趣味で村のみんなにも配る程なんだとか。
確かに美味しい。甘いのとしょっぱいのがあるから正直無限にいける。
俺だけ二人よりも手が忙しい。
思いのほか女子トークが盛り上がり、いつの間にか俺は蚊帳の外へ。口を挟む余地もなく、外の様子も気になってたから家を出ることに。
「夕暮れ時には戻ってくるんだよ」
もうすっかり打ち解けた。
外に出て村の中を歩いてると。
「おう、兄ちゃん。
ちょいと面貸しな?」
筋骨隆々で黒いタンクトップを着たおじさんが話しかけてきた。
そんな事を言われておじさんに着いていくと森の中へと入っていく。
あんまり話す雰囲気じゃないし声を掛けづらい。
あれから一度も振り向かずに進んでいく。なんでわざわざ森の中に。
「お前さん。魔力無いんだってな?」
歩く足を止めて振り返りながらおじさんは言った。
もう俺の事知ってるのか。いつの間に知られたのやら。
「そうですけど」
「隠したりしてる訳じゃないんだな。
ブランスディアを倒したってのは本当か?」
「はい」
重苦しい雰囲気が流れながら質問が続く。こんなところで質問攻めにしてなにを。
「連れの嬢ちゃんに手伝ってもらったんじゃなくて一人でか?」
「はい。魔物を狩るのは俺の役割なんで」
「そうか」
聞くことが無くなったのか、再び歩き出してさらに森の奥へと入っていく。
無言の時間が続くと気まづい。知り合いならいざ知らず、会ったばっかの人との無言の時間は謎の重圧を感じる。
「その腕、本物かどうか試させてもらう」
立ち止まったおじさんが俺に見えるように体をどかすと目の前には筋骨隆々のおじさん達が待ち構えていた。
それぞれが威圧するようなポーズで俺を見てくる。
まさかこの人達と戦うのか。確かにいい体してるな。これならアレを試してみたいところだが。
気づかないうちにおじさん達を見てうずうずしている自分がいた。
舌なめずりまでしてやる気満々の自分に少し引いたのは言うまでもない。
「おいおい、そいつ俺達を見てニヤけてるぜ?」
「勘弁してくれ。俺はそっちじゃないぜ?」
「俺はありだぜ。好き嫌いはしない派だ」
「なかなか見込みありそうだぜ。楽しみだ」
「いい度胸してんじゃねぇか」
おじさん達が俺を見てなにやらワイワイと騒ぎ出す。思ったよりも険悪なムードではなく、歓迎されてるのは間違いない。善し悪しは別として。
確実に品定めされてる。
「魔力の無いやつがどれだけやれるか気になってんだ。
俺達に見せてくれや」
「いいですよ。誰からやりますか?」
ニヤけが止まらない。この世界はこんなにも野蛮に拳を交えることができるのか。
それにやっぱりみんな杖を持ってる。これならたんまり魔法を堪能出来る予感。
ドトナさんは魔法苦手って言っておきながらあれだけの威力の魔法を撃てるんだ。
これだけ好戦的な人達の魔法がどれほどか期待せずにはいられない。
「おいおい。血気盛んなのはいいがお前さんの相手は俺達じゃねぇよ」
「大したタマだせ。こいつ、こんだけ囲まれてるってのに一切怯んでねぇぞ。こりゃ大物の予感」
「お前の予感は当たんねぇだろ」
「んだとぉ?」
な、なんだ?てっきり誰も見てないところでボコボコにされて身ぐるみ剥がされるのかと思った。
少し肩透かしを食らったが、それなら俺は何と戦うんだ。
「って訳で、魔物を狩れる所を見せてくれ」
なんだ魔物か。それならいくらでも見せてあげれる。森を歩いてても対戦機会が少ないから退屈してたんだ。
やらせてもらえるならいくらでもやるさ。
それが男ってもんだろ?
「魔物を一人で狩れたら成人つーのが仕来りでよ。魔力も無しにどーやったのか気になってな。
まさか嬢ちゃんに狩らせたのを自分の手柄って言ってるんじゃないかって疑ってたんだ。
もしそんなヘタレだったら俺達は心からお前を歓迎出来ねぇ。
てことで、俺達に一人前の男だって事を証明してくれや」
「それくらいなら朝飯前ですよ」
「いいねぇ。その気概、俺はもう疑っちゃいねぇ」
「で、魔物を探してここで仕留めればいいんですか?」
「いや、もうそろそろ奴が連れてくる」
奴?誰かが魔物を連れてきてくれるのか。なら苦労はしないな。
問題はなんの魔物が来るかだが、一番やりたいのは狼。あの時のリベンジをしたい。
今度は正面からぶっ殺してやるよ。
それから数十秒。森の奥がなにやら騒がしくなってきた。
「来たぞ」
おじさんのその言葉と同時に、それが姿を現した。
狼!!
いや、その後ろに猪だ。狼を追いかけるように猪が迫ってきてる。
って、狼はまだ子供か?前に会ったやつとは違って断然小さい。
普通の狼サイズだ。ほとんどが黒い毛に覆われていて手足の先だけが白い。
ただ、子供でもその目の鋭さは変わんないか。
しっかりと捕食者の目をしている。
「ワオォォン!!」
一つ吠えると狼は木の幹を蹴って枝に飛び移る。
直進する猪は一瞬、目の前の獲物を取り逃して慌てるもすぐに新たなターゲットを見つける。
(パチィン!!)
一際大きく手を鳴らして猪の注目を集める。
お前の相手はこの俺だ。全霊で突っ込んで来い。
その自慢の牙へし折ってやるよ。
「来いや!」
既におじさん達は観戦モードに入ってて、そばで俺を静かに見守る。見かけによらずマナーがいいな。
それなら飛びっきり盛り上がるように真正面から叩き潰す。いつもやってるのと同じだけども。
「グモォォォオ!!」
地面を揺らしながら唸り声を上げてさらにスピードを上げる。
俺は静かに軽く跳びながら拳を上げて構える。
ついに衝突する。
突き出した左拳が反り返った自慢の右牙をへし折る。さらに間を置かずに右拳が左牙を穿つ。
閃光。
猪が突進するよりも速く、拳を戻しながら背中を向けて腰を落とす。
(スンっ)
猪の下に潜り込んだ背中に猪の体が乗り上げる。
そこにすかさず、いつもと同じように鼻に拳を突っ込む。
乗り上げた体は少し浮き上がり、その慣性を勢いづけるように突っ込んだ拳を振り下ろす。
(ズドォォォン!!)
お約束の天拝投げ落とし。
顔を横から殴りつけて首の骨を外した。
(ゴキィ)
「「「「「うぉぉお!!」」」」」
観戦してたおじさん達が盛り上がる。
そしてみんながはしゃいだ様子で駆け寄ってくる。
「なんつー戦い方しやがる」
「すっげーな!」
「いい体幹してるじゃねぇか」
昂っているおじさん達は俺を揉みくしゃにする。
「ちょっ、やめてくださいよぉ!」
抵抗するも俺の声は届かない。押され埋もれ、ついには押し倒された。
そうしてやっとみんなの落ち着きが戻った。
「悪ぃな。気を悪くさせちまってたらよ。
お前は立派な男だった。名前はなんて言うんだ?」
「俺の名前はキュロウです」
「ほう、もしかして九番目に生まれたからか?」
「いえ、そんなんじゃないですよ。俺一人っ子なんで」
「じゃあなんで」
「さあ?聞いた事ないですね」
「なんだ疑問に思わなかったのか?」
「特に気にしてませんでした」
「そんな話はいい!今夜は酒を飲み明かそうぜ!!
久々の客人だァ!!」
「いや、俺酒飲んだことないですよ」
「なんだってぇ!?それなら俺のおすすめを教えてやるからよ」
「ああ?飲めればなんでも良いよなぁ!!」
「馬鹿野郎!コクと旨みだろ!」
「いいや、辛さだ」
「度数が高けりゃいいんだよ!」
「全く下品な奴らだ。お酒は目と鼻で楽しむことこそ至高」
「飲めねぇ奴は黙ってろ!」
「よっしゃあ!誰が一番好みの酒を出せるか勝負だあ!」
「「「「乗ったァ!」」」」
いや、飲んだこと無いから程々にして欲しいんだけど。ってこれはもう、覚悟を決めるしかないか。
急展開過ぎてついていけない。二分くらい前までのあの険悪なムードなんて一片の影も無い。
大騒ぎで村に戻る。
「この猪は今日のツマミだ!」
「それなら鹿も使いましょう。俺上手く捌けないので」
「なんだってぇ!?そりゃもったいねぇぜ。捌き方なら俺が教えてやるよ!」
そういえばおばさんが夜ご飯の準備するって言ってたな。伝えておかないと。
おばさんの家に戻ってみると未だ話で盛り上がってた。
「今日の飲みに行くことになりました」
「そうかい?なら晩飯はいらないねぇ」
「はい。せっかく用意してもらえるのにすみません」
「そんなん気にしなくていいよ」
「ありがとうございます」
「私たちは私たちで楽しんでるから、気にせずあんたも楽しんで来な」
「はい」
この優しさは正しく親だ。会ってそんなに時間も経ってないのになんていう包容力。
いや、それはこの村全体に言えることだな。みんないかついけど優しい人達ばかりだ。
「はぁ、初日からこれかい。こりゃ荒れるな」
「え、キュロウさん大丈夫なんですか?」
「さあね。なるようになるさ」
そんな言葉を背中で拾ったが俺は聞こえないふりをして、家の前で待ってたおじさんに声をかけた。
まあ、なるようになるさ。未来の俺に預けた。
後悔なんて言葉は、未来にしかないんだぜ。
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翌朝の酒場。
(でろ〜〜〜〜〜ん)
死屍累々。部屋全体にただれた匂いが充満する。
誰一人として起きている者はいない。
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