第154話 その為にいる

「なぁ、アスト……お前に頼みたい事がある」


「……ニ十階層か三十階層、もしくは十階層辺りに、階層に似合わないモンスターでも出現したか?」


地上の世界にも、イレギュラーとも思える出来事が起こる。


だが、それは地下の……ダンジョンの世界に起こる現象であり、時折ダンジョンが意思を持って発動したかのように、イレギュラーが起こる。


「そういうのじゃねぇ。まぁ、またお前とダンジョン探索してみてぇとは思ってるけどよ」


「それなら、予定の空いている時に誘ってくれ。俺としても、数日間潜るならパーティーを組んで行動した」


傲慢とも思える過剰な自信は持っていない。

だが、アストは自身の実力や探索力は、間違いなく平均以上だと思っている。


「それで、そういうのじゃなかったら、何を俺に頼むつもりだ?」


「……お前に、うちの若い連中を指導してほしいと思ってな」


「………………変ったな」


勿論、良い意味である。

良い意味で、目の前の知人は変ったと感じるアスト。


ただ……頼まれた依頼は、正直なところ……アストにとって面倒と感じる頼み事であった。


「そうか」


「あぁ、変わったよ。ただな……一言で言うなら、面倒だ」


「ふっ、ふっふっふ……お前って、意外とそういうところあるよな」


「面倒なことは、面倒だって口にしないと伝わらないだろ」


そう言いながら、アストは注文を受けていたオムそばをヴァーニの前に置いた。


「良い匂いしやがるぜ」


「どうも。それで、一応訊くけどなんで俺にそんな依頼を? 外部の人間にそういう依頼を頼むにしても、俺以外にも適任者はいるだろ」


「指導者という面では、いるかもしれないな。けどな……俺は、あいつらにお前みたいな、普通じゃない存在を……その存在の強さを知っておいてほしいんだよ」


普通じゃない存在。


その言葉に対して、アストはもう今更過ぎるため、特にツッコまなかった。


「お前みたいな、普通じゃない……天才とはまた違うぶっとんだ奴がいるってのを知ってるか知らないかで、色々と変わるはずだ」


「……良い意味で変わったと思った。けど、本当にどうしたんだ、ヴァーニ。なんて言うか、一気にこう……大人になり過ぎてないか?」


良い変化であり、ヴァーニの考えに対し、賛同できるところは確かにある。


それでも、アストの記憶の中に残っていたヴァーニは、そこまで考えられる男では……大人ではなかった。


「そうか? アストに言われると、そうかもしれないって思えるな」


「俺じゃなくても、同じ事を言う筈だ」


「……お前と出会えたから、俺は変った。そう、明確に思えてな。これに関しちゃあ、別に俺だけの考えってわけじゃない。あの時俺と一緒にいた奴らも、同じことを言ってたよ」


ヴァーニたちクラン、煉獄の当時ルーキーだったメンバーにとって、アストとの出会いは間違いなく大きな衝撃であり、特別出会いでもあった。


「だから、可能なら今俺が時々面倒を見てる奴らにも、同じ体験をさせてやりてぇんだ。なんせ、お前みたいな奴はそうそういねぇからな」


「それはどうなのか知らないが……仮に俺がお前の後輩たちに出会って、そいつらが折れたり変な方向に行かないって保証はないんじゃないか」


面倒だとは感じる。

それでも、ヴァーニの考えや提案には理解を示せる。


ただ……過去、アストが親身になってアドバイスをした訳ではないが、流れで助言を送った相手が闇討ちをしてきた例があった。


(ヴァーニも、他の奴らも話を聞く限り前を向いてるみたいだが、その後輩君たちには会ったことがないからな)


アストとしては、そういう面倒を生み出したくない。


「そういう方向に向かわせないために、前を向けるように先輩ってのがいるんだろ」


「…………俺と別れてからの間、割と過酷なダンジョン探索でも経験してきたのか?」


「それはそうだな。ただ、お前に出会う前までと比べて……よく学べるようになったとは思う」


「良い事だな……ふぅーーーーーーー。因みになんだけど、あの人はそれを知ってるのか」


「あぁ、勿論マスターは知ってる。俺が提案した時……爆笑しながら了承してくれたよ」


当時の状況を思い出し、少し恥ずかし気な表情を浮かべるヴァーニ。


それを見て、嘘はついてないと判断し……小さくため息を吐きつつも、アストは知人の……友人の意を汲むことにした。


「解った」


「っ! い、良いのか……本当に、良いのか」


「なんだよ、お前から頼んだんだろ」


「それはそうなんだが……最後の方まで、俺は……あれだっただろ」


アストに対して、嫌な態度を、不快にさせる態度を取ってしまったという自覚があるヴァーニ。

だからこそ、自分の考えを全て吐露したとしても……受けてくれる確率は、よくて二割程度だと思っていた。


「そうだな。でも、今のはお前はそんな事もあったなって笑い飛ばせるぐらい、良い奴だよ」


そう言って笑みを浮かべるアストを見て、ヴァーニは顔を伏せながら、同じく笑みを浮かべた。

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