第54話『繋がる情報』

 カノアに覆いかぶさっていた体を避けると、ネムはベッドの端に腰を下ろした。

 カノアも上体を起こしてそのままベッドの端に座ると、二人は人一人分の間隔を離して話を始める。


「十年くらい前かな。私がまだ小さい頃に皇族や貴族を集めた大きなパーティがあったの。当時のアノスは皇帝陛下の近衛騎士団長をやっていて、大魔戦渦マギアシュトロームも起きていない平和な世界だったわ」


 ネムが語るその思い出には何処か哀愁が漂っており、それは今の世界が平和とは程遠い状況の上に成り立っていることを感じさせられた。


「だけどそんなある日、私はアノスから魔物を作っている人間たちがこの世界に居るという話を聞いたの。その過程で亜人っていう人間と魔物の中間の存在が生まれていることも」


(確かアノスさんは全てを知っていたと言っていた。つまり、大魔戦渦マギアシュトロームが起きることも、その原因となる魔物が大戦以前に既に作られていたことも知っていたということか)


 カノアはネムの話を聞きながら時系列を頭の中で整理する。


「何処かで人や動物を魔物にする研究が行われている。そして、それがいずれこの世界に大きな災いを生むってアノスは言っていたわ」


「その災いこそが、のち大魔戦渦マギアシュトロームだったというわけか」


「そう。私がアノスからその話を聞いた二年くらい後に、大魔戦渦マギアシュトロームが世界を襲ったわ」


 ネムは沈痛な面持ちで当時を振り返った。


「アノスは、その後数年くらいは近衛騎士団長としての責務を全うしたけど、その後この国を離れることになった。だけど、私はどうしても世界に降り注いだ災いが偶然だとは思えなくて、一人で魔物や大魔戦渦マギアシュトロームの原因を探り続けたの」


 ネムもティアたちと同様に、自分なりのやり方でこの世界の平和を取り戻そうとしているような印象をカノアは受ける。


「そんな中、亜人が裏で取引に使われているって話とか、未だに人や動物を使って魔物が生み出されているって話を耳にするようになったの。アノスがエリュトリアに居ることを知っていた私は、急いでアノスに話を持ち掛けた。そしてそれからずっと、アノスと秘密裏に魔物や亜人について情報交換をしていたの」


「なるほどな。亜人についての見識があったから、キリエの存在にも気付けたと言う訳か」


「亜人の見分け方にはちょっとしたコツがあるのよ。そんなことに詳しくなんかなりたくなかったけどね」


 ネムはカノアの言葉に自虐とも取れるような言い回しをしたが、世界がずっと平和なままだったら亜人について知る必要も無かったのだろう、とカノアは少し胸の中で同情を抱く。


「だけど少し前くらいからアノスからの連絡が減っていって、先日になってついに返信が途絶えたの。私はエリュトリアまで行くことは出来ないし、不安な気持ちを抱えたまま毎日を過ごしたわ。そうしたら、そこにテウルギアを持っている君がこの街に現れたものだから、真偽を確かめたくてずっと後を付けていたってわけ」


 ネムの話を聞いて、カノアは一連の流れをようやく把握できた。確かに連絡相手からの通信が途絶え、そこにその連絡相手の持ち物を持った人間が現れたら、少なからず無関係ではないことは明白だ。

 ネムが涙ぐんでいたのも、テウルギアが本物だったことが分かり不安な気持ちを押さえられなくなったのだろう。


「そんな事情があったなら、普通に聞いてくれたら良かっただろ?」


「確かに、すこーーーしだけ強引なやり方で連れて来たのは謝るわ」


「……少し?」


「けど、君は何も分かってない! そのネックレスはこの国では英雄の証。それを見ず知らずの人間が持っているなんて周りに知られたら、下手すると捕まって牢屋に入れられちゃうよ?」


「これはそんなに大層なものなのか?」


「君は本当に何も知らないんだね……。周りが気付く前に私が気付けて本当に良かったわ」


 ネムは何やら頭を抱えて、事の重大さに気付けていないカノアに呆れた素振りを見せる。


「で、話は戻るけど、どうして君がそれを持っているの?」


「アノスさんとの連絡が途絶えたという件についてだが——アノスさんは、先日戦いの中で亡くなった」


「嘘……! そんな話信じられないわよ!!」


 ネムはカノアの言葉を受け入れ難い話だと否定する。


「本当なんだ、アノスさんを殺したのはゲブラーという男だ」


「ゲブラーですって!?」


「知っているのか?」


 一度は否定したものの、カノアの口から出てきたその名前に、ネムは自身の考えを改め始める。


「……ええ知っているわ。ゲブラーはエリュトロン王国に置かれていたイデア教会の大司教だもの」


「やつがイデア教会の大司教だと!?」


 確かにゲブラーは神に仕える身だと言っていたり、大聖堂で戦うのを躊躇っていたりした。

 ゲブラーが教会の大司教の一人だと言うのであれば、様々な言動にも納得がいく部分は多い。


「そもそもイデア教会とはいったい何なんだ?」


「え、君それ本気で言ってる? イデア教会を知らないとか、どこの国の出身なの?」


 またしてもカノアの無知っぷりに、ネムは懐疑的な顔でカノアに視線を注ぐ。

 カノアからしてみれば、この世界の常識的な部分ですら未知となることが多いのは当然なのだが、違う世界から来たからそんなことは知らない、と言う訳にもいかない。

 カノアは世間知らずとして見られる視線にはもう慣れたと、黙ってネムの言葉の続きを待った。


「イデア教会は何処の国にも属さない中立機関。どんなに争っている国同士でもイデア教会はその争いに介入しない。完全中立だからこそ、イデア教会は各国に支部が置かれている程の世界最大の宗教派閥よ」


「つまり、裏を返せばイデア教会だけは各国の全ての情報を網羅することも可能だということか」


「そう言うことになるわね」


(少しずつだが、教会の裏側が見えて来たな)


 ゲブラーはイデア教会の大司教としてエリュトロン王国にその身を置き、大魔戦渦が起きるように魔物たちをあの国に手招いた。元々内部情報を握っていたと考えれば、魔物たちを使って一国を制圧することは訳ない。


(そしてこれが、大魔戦渦発生の原因となるように各国で同時に行われたと考えると……。アノスさんが教会を調べろと言っていた意味はこれだったのか)


 アノスの言葉、ネムからの情報。そしてカノア自身がここまで経験してきた流れを振り返るとイデア教会の姿が見えて来る。

 大魔戦渦マギアシュトロームですら、その先にある目的のために人為的に引き起こされた戦争であり、そして人体実験を経てアウァリやルビーといった神に愛された者アマデウスという存在を作り、この世界を陥れようとしている。

 イデア教会は何の目的があってそのようなことをしているのか。

 この時のカノアは、未だ知る由も無かった。

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