第52話『孤立無援のセレナード』

「ぶはぁ! 生き返るぜ!」

 

 何杯目かは覚えていないが、エルネストは新しく運ばれてきた酒の一口目にはそう言った。

 酒を呑んでいるのは、エルネスト、ダリア、アレクの三人。どうやらこの場で酒を呑んで良い年齢なのは三人だけのようだ。

 それ以外は、全員ノンアルコールの果実のジュースを口にしていた。


「大人は良いよなぁ。堂々と酒が呑めてよぉ」


 アイラがジュースをちびちびと飲みながら愚痴を零すと、エルネストが上機嫌に笑って返事をする。


「がはは! 大人の特権ってやつだな!」


 楽しい雰囲気ではあったものの、このままではただの飲み会になってしまうと、ある程度場も落ち着いてきたところでカノアは本題である情報収集について話を切り出すことにした。


「それで、アイラたちは何か良い情報はあったのか?」


「近々エウゲン侯爵って貴族がガーデンパーティを開くって話を聞いたな。平民も貴族もそれなりに参加するらしいから、色んな話が聞けると思うぜ」


「その話なら俺たちも聞いたな」


 どうやらアイラもカノアと同じ情報を仕入れていたらしく、二人して同じ課題に対して頭を悩ませる。


「帝国騎士であるルイーザさんが居てくれたら招待状も楽に手に入ったかもしれないんだが——」


 カノアがポツリとルイーザの名を口にすると、それに反応するようにアイラも口を開く。



「エリュトリアで貰った通行証は使えないか? ルイーザさんの騎士団の刻印付きな訳だし」


であればそれでも許可が下りたかもしれないが、貴族の集まりとなれば胡散臭い連中も少なくないはずだ。そうなると、騎士団のように清廉潔白を掲げている組織と繋がりのあるような人間は入れて貰えない可能性が高い」


 カノアはアイラの提案に理解を示しつつも、いくつかの懸念点を羅列していく。


「仮に許可が下りたとしても、通行証を見せてガーデンパーティに入った場合、その後何か起きたときに責任がルイーザさんたちに行きかねない。俺たちが集めたい情報を考えると、出来るだけ自分たちだけに納まる手段を取るのが良いだろう」


 カノアが抜け漏れの無いように計画を練っていると、それに気付いたエルネストが酒を呑みながら絡んでくる。


「子供のくせに色々と頭が回る奴だな、お前は。……ひっく」


「そういう性格なんだ。ひとまず情報収集について一つ目途が付いたのは前進と言えるがろう。後はその場への参加方法な訳だが、何か良い方法は——」


 カノアが更に考えを煮詰めていると、一人の綺麗なローブを着た人間がカノアたちの方へと近付いてきた。


「君たち、ガーデンパーティに参加したいの?」


「なんだお前は?」


 少し深めにフードを被っていたこともあり、顔が見えないその人物に対してエルネストが警戒心を見せる。

 するとその雰囲気を感じ取ったのか、その人物は自らフードを脱いでその下に会った顔を見せてカノアに手を振った。


「やぁやぁ♪」


「君は昼間の……」


 フードの下から現れた顔を見て昼間ぶつかって来た女だったことが分かり、カノアは僅かに警戒心を解く。だが、初顔合わせであるエルネストは怪訝そうな表情を浮かべてカノアに問い掛ける。


「知り合いか?」


「知り合いと言うか、昼に街中で——」


 カノアがエルネストに事情を説明しようとすると、その女はカノアにこっそりと耳打ちするように顔を近付けた。


「——君たちが連れている子、亜人でしょ?」


「な!?」


 思いもよらなかった言葉にカノアに緊張が走った。

 女はキリエの方に視線だけを配って、その言葉の向き先が確信的であることをカノアに悟らせる。


「どうしたカノア?」


 カノア以外には女の言葉は聞こえていないようだったが、それ故に女への対応は強制的にカノア一人に委ねられることになってしまった。


「いや……」


 カノアは一度キリエの状態を確かめる。

 キリエは帽子を被って耳を隠し、尻尾も服の中に隠していたので、傍目から見れば亜人であることが分かる特徴はきっちりと隠れていた。


(どうしてバレているんだ……? 日中に俺たちと離れた後に何かあったのか? それともまさかキリエの取引自体に関与していて、発見したから回収しに来た? いずれにしろ、これでは……)


 本格的な情報収集を始める前に先手を打たれたと思い、カノアは静かに焦りを見せる。


「……何が望みだ?」


 カノアが女の出方を伺うように問いかけると、女は「クスッ」と笑いながら勿体ぶる様にカノアを誘う。


「ここだと話しにくいなぁ。君、ちょっと一緒に来てくれるかな?」


 迂闊なことは言えないと、カノアは女の言葉に従うように席を立った。


「おい、カノア」


 エルネストがカノアを止めようとするが、相手にキリエの情報を握られている以上騒ぎ立てることは出来ない。


「すまないが、暫く経っても俺が戻って来なかったら、キリエを連れて逃げてくれ」


 カノアはこっそりエルネストだけに耳打ちをすると、女の後を歩くように店の外へと出て行った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアが店の外に出ると、先ほどの女が入り口の横で待っていた。


「とりあえず、人目に付くとアレだから、手短に済ませよっか」


 女はカノアが店から出て来たことを確認すると、淡々と話を進めようとする。

 その手際の良さに、カノアが警戒心を隠すことなく一定の距離を取りつつ訝しんだ顔を向けると、「話を始める前に」と女は軽く笑ってカノアの警戒心に触れた。


「安心して。私は君たちの敵じゃないから」


「敵じゃない?」


 あからさまに怪しい雰囲気をまといつつ、自分だけを店の外に連れ出しておいて敵じゃないとはよく言えたものだ。カノアはそんな事を思いながら女の出方を伺う。


「私は君と取引がしたいの」


「取引だと?」


「そ。君の事を見込んでのお願い」


 女が何かを企んでいるのは明白だったが、その内容に見当が付かない。

 店の中での再開にしても、偶然にしてはタイミングが良過ぎると、ここまでの経緯を振り返り、昼間ぶつかって来たのも恐らくは何かを確かめるためにわざと行った可能性が高いとカノアは考える。


「内容は?」


「君の連れていた女の子。亜人関係のことって言えば伝わるかな?」


 女は大方の予想通りキリエの事を持ち出した。

 先ほどの視線といい、最早隠し立てすることは叶わないことを改めて突き付けて来る。


「どうしてキリエのことを——」


 カノアが少しでも情報を引き出そうと質問をしようとすると、女はそれを制止するように遮った。


「あまりこの場で長話をするつもりは無いの。取引の話だけで済ませるつもりだったけど、ゆっくり話をしたいなら私のタウンハウスに招待するよ?」


「タウンハウス?」


 タウンハウスとは貴族や裕福な家系の者の別荘を指す言葉。普段は自身の領地にある本邸住んでいる貴族たちが、ある特定の地域に滞在するために設けた家のことだ。

 そんな家を所有していると言うことは——。


「私こう見えてものお嬢様なんだよ♪」


「……胡散臭いな」


 昼間の破天荒な行動や、こうして今も周囲から隠れるように怪しい取引を持ち掛けようとしている辺り、世間知らずの清廉潔白なお嬢様とは言い難い。

 そんな女の言動が頭をチラつき、カノアはつい本音をポロっと零してしまった。


「ひっどーい! 私たち、歳もそんなに変わらないだろうし、お友達ってことで良いでしょ? ね? ね??」


 僅かながらにもカノアの本音が垣間見えたと、女はその隙を見逃さないように一気に距離を詰めて馴れ馴れしく接して来る。


「あのな……」


 女の見た目はカノアより若干年上に見えるが、確かに大人とも言い切れない頃合いに見えた。

 しかし、女の言うのお嬢様と言うのをそのまま受け取るなら、何処かの貴族と言うことになるだろう。

 亜人の事を知っていて、そして貴族。これは一歩間違えると、敵の懐に潜り込むのと同義となってしまう。

 カノアが女の勢いに圧倒されていると、見計らったように一台の馬車がカノアたちの目の前に到着した。


「あ、来た来た」


 馬車が到着した途端、女はサッと態度を切り替えて馬車の方へと歩み寄る。

 女が近付いて来たのを確認すると、馬車を操縦していた男が運転席から降りて馬車の扉を開いて頭を下げる。


「お待たせいたしました。ネム様」


「うんうん。時間通りだね」


 ネムと呼ばれたその女は男の出迎えに満足であることを示すように何度か頷いた。

 そしてカノアの方を振り返ると、カノアに向けて手を伸ばし、開かれていた馬車の中へと誘うような仕草を見せる。


「さぁ、乗って貰うよ」


 昼間の衝突。そして店内での再会。そしてここに来てタイミングを見計らった出迎え。

 この一連の流れが全て目の前の女の予定通りに進んでいたことを理解した時、カノアに選択肢は残されていなかった。


「……なるほど。考える時間すら与えてくれないと言うことか」


「そういうこと♪」


 カノアは誘われるように馬車の中に乗り込むと、その場から連れ去られたのだった。

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