第50話『再生屋』

 カノアたちはフラッフィーに連れて来られてタラクサクムの街にある宿屋の一つを訪れると、その扉の前でフラッフィーへと確認を取る。


「ここにエルネストが居るのか?」


「クエッ!」


 言葉は通じていないはずだが、相変わらずフラッフィーは人の言葉を理解しているように自信満々に返事をした。

 フラッフィーは役目を終えたことを理解すると、宿屋に併設されていた使役獣用の小屋に自分から戻って行く。


「アイツ、あれだけ賢いならどうして俺のことを毎回吹っ飛ばすんだ……」


 もはや様式美と言っても過言ではないフラッフィーからの一連の扱いに、カノアは思わず愚痴を零す。


「とりあえず入ってみよ♪」


 ティアに促されるままカノアが少し古びた両開きの木製のドアを押すと、蝶番から軋むような音が鳴った。


「わぁ! 中は広くて綺麗だね!」


 扉が開かれると、キリエが中を覗き込んで嬉しそうに声を上げて騒ぎ出す。すると、その声に反応するようにロビーの端の方の席に陣取っていた集団がこちらに視線を向けたのが分かった。


「キリエ、少し静かに——」


 カノアがキリエに静かにするよう注意をしようとすると、ティアが何かを見つけてカノアに話掛ける。


「あ! 居たよ!」


 此方に目を向けていた集団の中にエルネストの姿を見つけると、ティアが嬉しそうに駆け寄っていく。


「皆、久しぶり!」


「おー、ティア! 無事だったか?」


 ティアがその輪の中に自然と加わると、そこに座って居た若い青年が再会を喜ぶ声を上げた。

 その場にはエルネストだけではなく、他にも複数人の姿が確認出来る。

 内訳としては、まずエルネスト。そしてエルネストを挟むように左右に座って居たのが、カノアより少しだけ年上に見える若い青年とアイリよりも少し幼く見える男の子。

 最後に、エルネストとテーブルを挟んで向かい合うように座って居たのが、此方もカノアより少し年上に見える若い女だ。


「よう、久しぶりだな」


「ああ」


 カノアたちもその集団の方へと歩み寄ると、エルネストの方から声を掛けて来た。


「皆を紹介するね♪」


 カノアたちが揃ったことを確認するとティアがそう告げる。そして、カノアはその場に居た人間達の顔を一瞥すると、ティアが十字架スタブロスという名前で再生屋として活動しているという話を思い出した。


大魔戦渦マギアシュトロームの被害を受けた国や街を復興して旅していたんだったな)


「お願いするよ」


「えっと、まず私たち十字架スタブロスのリーダーがエルネスト。それに横に座ってるのがアレックスとテオね」


「よろしく! 気軽にアレクって呼んでくれ!」


「よろしくお願いします」


 アレックスと紹介された少し筋肉質の若い青年が元気よく挨拶をすると、その反対に座って居た幼い男の子はかしこまるように挨拶をした。


「テオ。こいつらは仲間みてぇなもんだ。そんなにかしこまる必要はねぇぞ」


 他人行儀にかしこまるテオに対しエルネストがそう促すと、ティアはエルネストがカノアの事をすっかり仲間だと認めていることに「えへへ♪」と嬉しそうに笑う。


「そして最後の一人がダリア。ダリアは治癒魔法が得意なんだよ♪」


 ティアがそう紹介しながらアイラにアイコンタクトをすると、アイラもその意図を理解して軽く頷く。


「よろしくね~」


 ダリアと紹介された魔導師のローブを着た若い女がひらひらと手を振って挨拶をすると、十字架スタブロス側のメンバー紹介が終わった。


「じゃあ次はこっちのメンバーを紹介するよ。まず俺がカノア。ティアとエルネストとはメラトリス村で知り合ったんだ。よろしく」


「よろしく!」


 カノアが挨拶をすると、アレクが親指を立てながら元気よく挨拶を返す。


「それでこっちの金髪がアイラで、隣が妹のアイリだ」


「「よろしく」」


 アイラとアイリの声が重なると、アレクが「へへっ」と笑ってその場を和ませる。


「最後にこっちの帽子を被っているのがキリエだ。キリエとはこの街に来る途中で出会った。キリエについては話しておきたい事情もあるが、それはまた後で改めて話させてくれ」


 カノア側の紹介が終わると、エルネストが口を開く。


「しかし、随分と大所帯になっちまったな。この人数だと全員で動くって訳にもいかないから今後についてはしっかりと決める必要がありそうだ」


 エルネストがそう言うと、その場の全員が頷いた。

 人数だけで言えば全員で九人。確かにこの人数がまとまって街中を闊歩すれば何事かと周囲の目を引き付けかねない。

 この街、もといこのクサントス帝国に来た目的を考えれば、あまり目立つような行動は避けるべきだとカノアもエルネストの言葉に同意した。


「どうしたの~?」


 カノアが色々と考えていると、ダリアがそう言った。

 だがそれはカノアに向けられた言葉ではなく、アイラに向けて発せられた言葉であることがダリアの視線で理解出来た。


「さっき治癒魔法が得意ってティアが言ってたけど、そうなのか?」


「そうねぇ。中級くらいまでの治癒魔法は一通り扱えるわよ~。上級は少し使えるくらいかしら」


「すげぇ! あのさ、良かったらあたしに治癒魔法を教えてくれないか? 最初は回復薬の作り方からでも良いんだけど!」


 アイラが目を輝かせながらそう言うと、ダリアはクスッと笑ってそれを受け入れる。


「良いわよ~♪ 丁度この街で回復薬の材料を買う予定だったから、一緒に色々周りましょうか~」


「よっしゃ!」


 アイラが願ったり叶ったりだと拳を握って喜びを露わにすると、その心情を事前に聞いていたカノアたちはそのやりとりについ顔を綻ばせる。


「そいでカノアよ」


「ん?」


 カノアがアイラに気を取られているとエルネストが話し掛けて来た。


「さっき、そっちの……キリエって言ったか? 紹介してるときに話しておきたい事情があると言っていたが、それは何だ?」


 エルネストがそう問い掛けると、十字架スタブロスの一同もカノアの言葉を待つように耳を傾ける。


「大きな声で話せない事なんだ。もう少し寄って貰っても良いだろうか?」


 カノアが身を寄せ合うように皆に告げると、アイラたちも周囲に声が漏れないように出来るだけ体を近付ける。

 そしてカノアはキリエが亜人であることを各位に伝えると、エルネストがそれに憤慨して思わず机を叩いた。


「クソ! 魔物だけじゃなく、亜人だと!? いったい人間をどれだけ愚弄すりゃ気が済むんだ!!」


「エルネスト、少し落ち着いてくれ」


 カノアがなだめる様に促すと、エルネストは大きく息を吸って「フンッ」と鼻から勢いよく息を吐いた。


「皆が大魔戦渦マギアシュトロームの復興に関わっていることを見込んでのお願いだ。暫くの間、キリエのことが周りにバレないように協力してくれないか?」


 カノアがキリエの事を申し出ると、アレクが一つの疑問を示す。


「俺たちは良いけどよ、イデア教会に保護して貰うじゃダメなのか?」


「イデア教会は……。すまないが、俺はその教会とやらのことをあまり信用したくないんだ」


 カノアの歯切れの悪い言葉に、今度はエルネストがその真意を掘り下げる。


「何か含みのある言い方だが、何かあったのか?」


「ここに来る前にエリュトリアという町に滞在していたんだが、そこで出会ったアノスさんという人にイデア教会について調べろと言われたんだ」


「アノス? もしかしてアノス=アリスィアスの事か?」


「どうしてエルネストが知っているんだ?」


 エルネストの思わぬ言葉にカノアは驚いて聞き返した。


「いや、ちと昔の知り合いってだけだ。それで、アイツはどうして教会を調べろと言っていたんだ?」


「それは俺にも分からない。だが、アノスさんが死に際にそう言い残したんだ」


「アノスが死んだ!? まさか、そんな……」


 エルネストはカノアの言葉が受け入れ難いことだと眉間に皺を寄せる。


「誰にやられたんだ? アイツの実力なら魔獣相手でも死ぬようなことは……」


「例の研究所で会ったケセドという女と同じような黒いローブを着た男だ。名前はゲブラー。エリュトリアの町で戦って奴にも深手を負わせたんだが、最後の最後でもう一人黒いローブを着た奴が現れて、そいつに連れて逃げられてしまったんだ。そしてそいつは、去り際に俺たちをこのクサントス帝国で待っているとも言っていた」


「アポカリプス機関とか名乗った奴らか。アノスがイデア教会を調べろと言ったのなら、アポカリプス機関とやらは教会が関与している組織と睨んでおいた方が良いかもな……」


 少々込み入った話になって来たと、カノアたちは神妙な空気に包まれる。


「ん?」


 その時キリエが輪の中からぴょこんと顔を覗かせて、辺りをきょろきょろと見渡した。


「どうした?」


 カノアがキリエに問い掛けると、首をかしげながらまた輪の中に隠れるように頭を引っ込めた。


「んー? 誰かに見られてた気がしたけど、気のせいかも?」


「そろそろ場所を変えた方が良いかもしれないな。人の出入りの多いこの場所で話すには、ちと話が重たくなってきた」


 キリエの言葉を聞いたエルネストがそう言って全員に目配せをすると各人が頷いた。

 ひとまずキリエをイデア教会に保護して貰うと言う話は保留となり、この場は解散する流れとなったのだった。

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