第49話『癒し、癒され』

 街の中心街を歩いていると大きな広場に出た。

 広場の中央には大きな噴水が鎮座しており、その周囲も多くの人で賑わっている。

 様々な出店に並ぶ人々や楽器を手に旋律を奏でる者。中には大道芸などで人々の注目を集めている者も。


「すまないが、少し休憩しても良いだろうか?」


「さ、賛成!!」


 カノアはティアたちの方を一瞥すると、何かに気が付いたように休憩を提案した。

 そして、カノアの提案にいち早く賛同の意を示したのがキリエだった。


「じゃあ、少ししたらまたここの噴水に集合しよう」


 カノアは皆の同意を確認すると、再度集合する場所を伝えてその場から居なくなった。


「じゃ、じゃあまた後で!」


 カノアが居なくなったのを確認すると、キリエも駆け足でその場を離れる。

 それを見たアイラは「やれやれ」と保護者のような気持ちでキリエの去った方に目を向けた。


「あたしらも、ちと行ってくるよ。ティアはどうする?」


「ん-、私はここで待ってる。キリエのこと、お願いね」


「あいよ」


 ティアはアイラとアイリを見送ると、空いていた噴水の端に腰を掛けたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「あ、危なかった~!」


 キリエは水洗式ソフィアから流れる水で手を洗いながらそう言って安堵の表情を見せた。


「そんなに行きたかったのかよ……」


 キリエが思った以上にギリギリだったことに、アイラは隣で手を洗いながら溜息を零す。


「なかなか言い出せなくて困ってたの! カノアがたまたま休憩しようって言い出してくれて良かったよ♪」


「たまたま、ねぇ」


 キリエの言葉に何か引っ掛かったのか、アイラがキリエの言葉を繰り返した。


「ん? どうしたの?」


「いや、気が利くのはありがたいが、アイツはちとあたしらに気を遣い過ぎだと思ってな」


 アイラは手を洗い終えると、ハンカチで手を拭きながらキュアノス王国で出会ってからの事を思い返す。


「よくよく考えてみれば、あたしらはお互いの事もまだちゃんと話してないのに、奇妙な関係になったもんだぜ」


「何の話?」


「さぁな」


 アイラの言葉の意味を捕えきれないとキリエが聞き返したが、アイラは何かを思い出しているように薄っすらと笑みを浮かべていたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「あ、おかえり♪ 早かったね」


「ああ。ティアこそ一人か?」


 アイラたちがお手洗いに向かった後、カノアは数分も経たずに元の集合場所へと戻って来た。


「私はカノアがすぐに戻ってくると思ったから、ここで待ってたの」


「そうなのか?」


 ティアはカノアの行動が自分の予想通りだったと嬉しそうに笑顔を見せる。

 そして、ティアは自分の横のスペースが空いていることをアイコンタクトで伝えると、カノアもそれを理解してティアの横に腰を下ろした。


「カノア。いつも気を遣ってくれてありがとね」


「何の話だ?」


 カノアが腰を下ろすとティアがそう告げる。

 だが、何に対しての感謝なのかピンと来ていないという素振りを見せながら、カノアはティアにその真意を聞き返した。


「キリエ、お手洗いに行きたがってたの気付いてくれたんでしょ? それに昨日の夜も。見張りするって言い出したのも、一人だけ荷台の外で寝ることを私たちに気を遣わせないためだったんでしょ?」


 一度は気付かないフリをしたものの、自身の考えを見事に見透かされたとカノアは両手を挙げて降参の意を示しながら白状する。


「一緒に荷台で寝る訳にもいかなかったからな」


「えへへ♪ 魔物の気配は無いって言ったのに見張りするとか言い出すから、きっとそうなんだろうなって♪」


 カノアがこの世界に来てからというもの、ティアはずっと味方として寄り添ってくれている。それが打算的なものではなく、ティアの優しさ故の行動だと理解しているカノアは、改めてこの世界に来て出会ったのがティアで良かったと思った。


(メラトリス村の噴水広場でもこうやってティアと並んで会話したことがあったな。結局、あの周回は無くなってしまったが——)


 カノアはいつかの記憶を呼び起こす。互いの生まれや育ちについて語り合ったあの日。その後、牛頭人身の魔獣に殺されてしまったためその周回はやり直すことになったが、カノアの心には確かにあの時芽生えた気持ちが残っている。


(俺はまだまだティアの事をちゃんと知らない。また、お互いのことについてゆっくりと時間を取って話せると良いな——)


 カノアは自身の中に芽生えていたティアへ信頼を感じると、自然とその想いを口にした。


「ありがとう、ティア」


「え!? どうしたの急に?」


 ティアの驚いた顔を見て、カノアは自分の口から零れるように転がり出た言葉にふっと笑う。


(これも癒しの街の影響なのかもな——)


 ティアの顔を見ると驚きに交じりながら少し頬が紅潮していたことに気が付いたが、カノアは自身の告げた言葉の真意を話すことはなく誤魔化すように首を横に振った。


「いや、何でもないよ」


「そ、そう……?」


 カノアはふいに訪れたティアとのひとときに密やかな喜びを感じると、別の話題へと切り替える。


「そう言えば、聞きたいことがあったんだ」


「何の話?」


 何か進展を期待していたのか、少し残念そうにしながらティアは聞き返した。


「治癒魔法についてなんだが、具体的にどういった魔法なんだ?」


 カノアの口から出て来たのが思いのほか真面目な質問だったので、ティアは改まってその疑問に答え始める。


「治癒魔法は空属性の魔法で、主に怪我を治したり体の悪い状態を治したりするのに使われてるかな。仕組みとしては、人の体内に少しだけ魔素を取り入れて細胞を部分的に活性化させるの。怪我した箇所とかの細胞と魔素を一時的に結び付けて、治癒能力を飛躍的に上昇させるって感じかな」


「空属性はそんな事も出来るのか?」


「空属性の魔法って言うのは、他の属性と結びついていない無属性状態の魔素を直接操作する魔法だからね」


「魔素を直接、か——」


 カノアはその言葉に思考を巡らせた。


「以前聞いた魔物の製造の仕方と似ている気がするが、気のせいか?」


「仕組みは似ているかも。ただ、魔物の製造は人や動物が許容できる量を超えた魔素を、何かしらの方法で無理矢理体の中に入れちゃうらしいから魔法とは別のものかな」


「つまり、魔法を使って魔物を作り出すのは不可能と言うことか」


「そもそも無属性状態の魔素を操作することも凄く難しいことだし、人を魔物に変えちゃうほどの魔素を操るなんて人間には無理だと思う。それに操れたとしても、人間自身の持つ治癒能力以上のことは出来ないから」


 多少の類似点はあったものの、やはり魔物や魔獣の製造には人為的な研究が行われているという確証が強まっただけだった。

 そしてそれは、アウァリと名乗った少女やルビーが呼ばれていたという存在が、やはり偶発的に生まれた存在ではなく、人の手によって生み出されていることとも同義となる。


「人間自身の持つ治癒能力、か」


「死んだ人を生き返らせたり、致命傷を治したりとかは無理ってことね」


(あの日街道で襲われた時、俺は致命傷を負った気がするが、ママの魔法が凄かったということか?)


 カノアは自身が夜の街道で襲われた時のことを思い出し、ティアの言っている言葉と自身の経験に僅かに乖離があることに疑問を浮かべる。

 カノア自身の持っている生命力が優れていたのか、或いはあの日カノアを治療したママの使った治癒魔法が優れていたのか。カノアはいくら考えても答えに辿り着くことは無かった。


「ただいま~」


「あ、おかえり♪」


 カノアがティアから聞いた情報を頭の中でまとめていると、アイラたちも用を済ませて集合場所へと戻って来た。


「色々と教えてくれてありがとう。それじゃあ、改めてエルネストを探しに行くか」


「うん!」


 カノアたちは腰を下ろしていた噴水から立ち上がると、この街に来た目的であるエルネストを探して再び街の中を歩き始めたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 街中を歩いていると、ふとカノアがティアに質問をした。


「そう言えば、これは何処に向かっているんだ?」


「え?」


「え? 何処かで待ち合わせしているんじゃないのか?」


「カノアが先頭に立ってくれてるから、何処かエルネストが居そうな場所を探してくれてるのかと思っちゃった……」


 ティアのその言葉に、カノアは複雑な思いを胸に抱く。だが、自身にも最初に確認をしなかった落ち度があると、その思いを口に出すことは無く胸にしまったままにする。


「何か連絡する手段とかは無いのか?」


「んー。フラッフィーに渡したお手紙に、待ち合わせ場所についても書いておけば良かったなぁ」


 ティアがそう言うと、後ろを歩いていたアイラが何かをひらめいたと手をポンっと叩いた。


「なんだ。見つける方法あるじゃないか」


「え?」


 アイラの言葉にカノアとティアが振り返る。


「ティア、ちょっと——」


 アイラはティアを手招くと、何やら耳打ちを始めた。そして、何を言われたのかティアは嬉しそうに笑い始めた。


「あー、そっか! 皆はここで待ってて♪」


 ティアはそう言うと再びカノアの元へと駆け寄り、今度はカノアの袖を掴んで少し開けた人気の無い場所に連れて行き、何かが入っている小さな袋を渡す。


「何だこれは? ——ん、ティア?」


 カノアが手渡された袋に視線を落としていると、ティアが足早にその場を離れた。そして、ティアがアイラたちの居る場所まで戻って来るとキリエがティアに問い掛ける。


「くんくん——何か良い匂いがしたけど、何を渡したの?」


「えへへ♪ すぐに分かるよ!」


 ティアはキリエにそう伝えると、カノアに向かって大きな声で指示を出す。


「カノアー! 良いよー! その袋開けてー!」


 ティアが少し離れた場所からカノアに向かって叫ぶと、カノアが袋の紐を緩めて中を開ける。すると、少し香ばしい匂いが漂ってきた。中には見覚えのある、スノーラリアの餌であるバトスの実がたくさん入っていた。


「これは、フラッフィーの……!? ティア!! まさか——」


 カノアが何を手渡されたのか気が付いたときには既にその声は聞こえていた。


「クエーーーッ!!」


「うがっ!?」


 遠くの方から白いふわふわした塊が突っ込んできたのが見えた次の瞬間には、カノアの体は宙を舞っていた。

 近くにあった物置小屋までカノアが吹っ飛ばされたのを無事に見届けると、ティアたちはフラッフィーへと駆け寄る。


「よう!」


「クエッ!」


 アイラが声を掛けると、フラッフィーは元気良く返事をした。


「これでエルネストたちの所に行けるね♪」


「クエッ♪」


 ティアは迎えに来てくれたフラッフィーを撫でながら、これで当初の目的であるエルネストと会うことが出来ると嬉しそうに笑う。

 カノアは吹っ飛ばされた先の物置小屋からティアの笑顔を見つつ、自身の体を守るためにも治癒魔法を真剣に覚えてみようかと考えたのだった。

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